あれから


干からびた死骸に、掘った土をかけて埋葬し

朋樹は、おっさん達に祠を建てて祀るよう指示していた。


「祠が建ちましたら、また呼んでください」


そう言って、霊璽れいじという 仏教で言えば位牌にあたるものを、所長おっさんに渡している。祠が建つまで事務所で保管してもらうようだ。


霊璽には「白尾比売命」と書いてあった。


ハクビヒメノミコト

白い尾 って、そのままじゃねぇか...

四つ眼じゃないだけ マシかもしれないが

見た目で 簡単に名前をつけたらしい。


「ハクビ様は幽世かくりよにおられます。

このキャンプ場を守護されることでしょう」


おっさん達は青ざめたままコクコク頷き、オレらは 謝礼を受け取って事務所を出た。

とりあえず、この仕事は終了だ。



キャンプ場の駐車場で、朋樹から車の鍵を受け取って 運転席に乗り込む。

ここには 初日からオレの車で来ていて

昨日 朋樹が呼び出された時に、この車で山から降りていたので、そのまま また乗って来てもらっていた。


「思ったより 早く終わったよなー」


車で山道を下りながら、あくび混じりにオレが言うと、朋樹は「そうだな」と答え

「それで、あれは何だったんだろうな」と

さっきの獣女のことを気にしている。


まあ、オレも気にはなる。

人型の獣。見たことがないヤツだ。

やけにあっさりと片付いたのも引っ掛かるとこだった。

まさか 陀羅尼で死ぬとは思ってなかったし。


けど 今は疲れて、早く帰って寝たかった。

寝てないこともあるが、でかい墓穴掘ったりしたし。疲れた、本当に。


「さあなぁ...

朋樹、おまえの方は? 何の仕事だった?」


また ふああ と、あくびしながら聞くと

朋樹は「人捜しなんだよな」と

肩にかかる長さの黒髪を軽くかきあげた。


朋樹は 端正な顔をしている。


形の良い眉の下には

二重瞼の長い睫毛に、黒眼の色が深い眼。

整った鼻に、キリッとした唇。

一言で言えばシャープな印象だ。

背はオレよりちょっと低いが、足が長く均整が取れており、ガキの頃から遠巻きにキャーキャー言われ よくモテていた。


「16歳の女の子なんだけどさ。

夏の初めくらいから行方不明らしい」


あ、なんかそんなニュースがあったな。

顔写真とかも出て、かなり騒がれていた。

でも夏の初め って...

じゃあ、もう三ヵ月くらいになるのか。


朋樹は昨日 山を下りると

仕事を取り次いでくれる沙耶ちゃんの店へ行き、その依頼の話を聞いた。


「霊視の依頼か?」


もしそうなら、沙耶ちゃんへの依頼じゃないのか?

沙耶ちゃんはカードや石などの道具を使った占いもするが、たいていは霊視で視る。


「ああ、最初は沙耶ちゃんが受けたんだ。

店で相談されて、遠隔で視たらしい。

結果は残念なことだったが、まだ依頼者の家族には 伝えてない」


「そうか...

まあ、いきなり言えねぇよな。そんなこと」


「それでな、亡くなってるのはわかるのに、遺体がある場所が沙耶ちゃんに視えないらしいんだ。何かに隠されているように、ってな」


おっ、話がオレら向きになってきたな。

オレは運転しながら、黙ったまま話の先を促す。


「でさ、オレも昨日の夜、依頼者のお宅にお邪魔したんだよ。詳しい話を聞きにな。そしたらさ

まあ、依頼したご家族も戸惑ってたんだけど

周囲から、警察やご家族にその子の目撃情報が寄せられるらしい。今も」


えっ、どういうことだ?


ドッペルゲンガーとかなのか?

でも、その子はもう...


しかもな、と、朋樹が説明を続ける。


「その子を目撃した人達の中には、小学校や中学からの同級生とか、その子を小さい頃から知ってる近所の人も含まれているらしい」


つまり、人間違いの可能性は低いってことか...


「目撃された時間はバラバラなんだけどさ、

その子に声を掛けても 立ち止まらないんだと。

それで後を追うと、角を曲がった所でいなくなるんだってよ」


それはまた...


「すげぇ ハッキリ見える霊なのか?」

オレが聞くと、朋樹は「いや」と首を横に振った。じゃあ何なんだ?


またあくびしたオレに、朋樹が「運転を代わる」というので、車を歩道に寄せて停める。

もう山道は抜け、今は住宅街に入るところだった。


平らになった道の林を抜けると、すぐに白い教会がある。

この先は交通量も増えてくるので、寝不足なオレは素直に車を降りて助手席に回り、朋樹に運転をまかせることにした。


「けどさ、沙耶ちゃんの間違えで

実は その子が生きてる ってことも考えられるよな。行方不明っていうけど、家出とかでさ」


オレの言葉に、朋樹は また首を横に振り

車を出しながら 短く呪を唱えた。


「えっ? ぅわっ!」


車内ミラーに 女の子が映る。


顎のラインのおかっぱの髪。

長い睫毛の大きな眼とミラー越しに視線が合った。


振り返って見ても、その子はやっぱり後部座席にいる。

白に紺のマリンボーダーの半袖シャツに、赤いミニスカート。夏の格好をして。


「ユズハちゃんて言うんだ。

本人はもう ご家族の元に帰っていたが、ご家族は誰も気づいてなかった」


「おまえ、連れて来たなら先に言えよ... 」


みえない というのは

こういう仕事をする上では厄介だ。

朋樹が呪を唱えないと、オレは だいたいいつも

こんな感じだ。


しかし、ついビビった声出しちまったじゃねぇかよ。本人を前に失礼だった気がする。

しかも、ずっと本人の前でこんな話ししてたのか...

オレは もう一度その子に振り返り

「ども」と、一応会釈した。

ユズハちゃんもオレに会釈を返すが、彼女は霊らしく ぼんやりと半透明で、後部座席の背もたれが薄く透けて見える。


じゃあ、目撃された子は違うな。

見掛けた人が 普通に声をかけるくらいだ。

実際の身体を伴っている。

もし、後ろに座ってるこの子を見たなら、霊だと思うはずだしな。

この子の姿をした別の何かが居るってことか...


オレらは、主にそっちの調査らしい。


「ユズハちゃんは 亡くなったショックで話したくないみたいなんだ。どうやら、殺られてるしな。

昨日 話してみたけど、無理だった」


「朋樹! おまえ、そういう言葉遣うなよ」


「ん? 何が?

オレも一応霊視したんだけどさ、相手の顔までは視えなかったんだよな。暗闇だった」


朋樹はこれから、沙耶ちゃんの店にユズハちゃんを連れて行くという。

沙耶ちゃんに 直接ユズハちゃんを視てもらって

何があったのかとか、遺体の場所の特定だとか

情報を得るために。


しかし...

オレはもう一度、車内ミラーでユズハちゃんを見た。ごく普通の女の子だ。

たぶん、笑えば かわいいんだろうな。

まだ16歳なのに...


「あんまり長く迷っても良くないしな。

はっきりさせないと。ご家族のためにも、な」


朋樹が言うと、ユズハちゃんは微かに俯いた。


調査は夜からってことで、オレは 一度仮眠を取ることにして、自宅マンションの前で車を降りた。

一晩寝てないこともあり、もう なんか疲れで

頭の中だけじゃなく 身体までふわふわするし。

夜、朋樹がまた迎えに来るというので

車は そのまま貸しておいた。


家に何か食いもんあったっけ? とか考えながら、外の扉のオートロックを解除していると

背後を何かの動物が走っていく。

走り去った足音の方向を見ると、太くて先の白い尾の後ろ姿が見えた。


狐だ。


昨夜遊歩道から見た、向かいの山の赤オレンジの灯りの行列をふと思い出す。

やっぱりこの辺りにもいるんだなぁ。

ここら辺じゃ初めて見たけど...


もう何度目かのあくびをしながらエレベーターに乗って、四日ぶりに自分の部屋へ帰った。

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