第4話 夢
仏壇の前に布団を敷き、
吊り下げ式の蛍光灯の紐に手をかける。
カチカチ。
オレンジ色の常夜灯が
暗闇を優しく照らす。
布団の上、
仰向けに寝転び、天井を見た。
昔は、
あの天井の木目が顔に見えるのが怖くて、
電気を消される前に布団に入って、
とにかく見ないように
頭まで布団を被って寝てたっけ。
今じゃ、全然怖くない。
大人になったってことかな。
奥の部屋から
ボーン、ボーン、と
ネジ巻き式の柱時計の音がする。
ここは、
人が忙しく歩く音も、
車が行き交う音もしない。
聞こえるのは、
虫の鳴き声だけ。
「静かだなー…」
オレンジ色の光の中、
祖父と暮らしていた時のことを
思い出していた。
私が覚えている祖父は、
庭に作った菜園で
黙々と作業をしているような人だった。
口にする事といえば、
行儀の事で
幼いころは、
やれ箸の持ち方だ、お辞儀の仕方だ、と
注意されっぱなしだった。
中学二年の夏に
祖母が亡くなってからは、
顔を合わせる度に、
「学校はどうだ?」
「友達はどうだ?」
「勉強は難しいか?」
「成績はどうだ?」と
横から突かれるように聞かれるが多くなって、
お酒を飲んだ日は、
同じことを繰り返し、繰り返し聞いてきて、
「悩みはないか?」と問われた時は、
言葉を「1」返せば、「10」返ってくる感じで。
段々、一緒にいる事が窮屈に感じるようになって、
家に居たくなくて、バイトを始めた。
朝、家を出て、学校に行って、
そのままバイトに出る。
夜遅くに帰ってきて、寝て、起きて、
学校に行く。
そんな生活を続けるうちに、
同じ家に居ながら、
挨拶も交わさなくなっていった。
たぶん、
あの頃の私は、
自分のことしか考えていなくて、
毎日、
無言で家を出ていく孫娘を
黙って見送っていた祖父のことなど
気にもしていなかった。
ある日、
バイト終わり、
友達とそのままカラオケに行くことになって、
初めて朝帰りをした日。
今でも忘れない。
帰宅したのは、明け方だった。
寝ているのを起こさないように、
そっと玄関を開けると、
そのすぐ前に、腕組みをした祖父が立っていた。
こんなこと、今まで一度もなかった。
だからか、
言われるであろうことは、
すぐに想像できた。
帰ってくるはずの時間になっても
連絡一つよこさず、
明け方まで帰ってこなかったんだから。
流石に怒られるだろうな…と、思った。
でも、祖父は、
目の前に立つ私を見て、
「連絡ぐらいしろ」と怒鳴るわけでも、
「早く帰ってこい」と手をあげるわけでもなく、
真顔で、ただひと言
「おかえり」
そう言っただけだった。
そのまま私に背を向けると、
自分の部屋の襖をピシャリと閉めて
それ以上の言葉を口にすることはなかった。
何を言われるより、
胸の奥が痛かったことを覚えている。
それが、祖父なりの教え方だったのか。
今となっては、わからないけれど、
男兄弟の中で育って、
男の子しか育てた事がない祖父にしてみたら、
突然一緒に暮らすことになった孫の私を、
どう扱っていいか、わからなかったに違いない。
祖母が亡くなってからは、
お父さん役も、
お母さん役も、
おじいちゃん役も、
一気に引き受けて。
そんな祖父に、
私は何もしてあげていない。
もう少し、大人だったら…
今更になって、
一緒に暮らしていた時を後悔した。
目を閉じて、
ゆっくりと息をはく。
そして、深く息を吸う。
それを繰り返していると、
段々眠くなって、
懐かしい夢の中にいた。
『沙良、そんなに泣いて、
一体どうした?』
祖父が心配そうに、私の方へやってくる。
泣いている私の前にしゃがみ、
私の服についた砂を払いながら祖父は言う。
『こりゃあ…、
脹脛を盛大に擦りむいたな。
そうか、そうか。
ブロック塀の上で、じゃんけんして遊んでたのか。
そりゃあ、痛かったな』
大きな手。
私の頭に優しく乗せて、祖父は続ける。
『これも勉強だぞ。
こうやって転んで初めて、
痛さがわかる。
次は気をつけようって思う。
もう、血が出るのは嫌だろう?』
頷く私を見て、祖父が笑う。
『よしよし、大丈夫だ。
じいちゃんが、薬を塗ってやる』
軽々と私を抱き上げ、
収まる祖父の腕の中。
優しい温もり。
柔軟剤の香り。
いつの間にか、傷の痛さも消えて、
笑顔になる。
不思議。
本当に、不思議な、
大好きだった、
一番、大好きな場所…。
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