39話 槍

 黒色の牙が地面を抉りながら強襲するのを、帝は右腕で受け止める。

 押し込まれる、それを何とか踏みとどまって、左手に溜めた焔の弾を放つ。手の平よりも更に小さいそれは、パンドラの足元で炸裂、閃光を撒き散らしながら瘴気ごとパンドラを飲み込んだ。

 それはさながら紅蓮地獄。戦闘のさ中に溢れる焔を収斂し、収束させる。膨大な熱量を一点に集め、爆発させる技。

 抑え込まれた焔は大気すら焦がすほどの熱気を放って天高くまで燃え上がった。並みの妖精なら、これだけで消滅してしまいそうなものだが、帝の表情は晴れない。むしろ曇天の空のように曇った面持ちで焔の中を睨む。


 焔の鎧、魔装に送られる霊力を増して、全身を焼く痛みに絶えながら防御を高める。

 それは瞬きをする合間に、物理的に表したとしてもほんの僅かの時に帝の体は跳ねあげられていた。

 魔装に込めた力があと少しでも少なければ肋骨はへし折られていただろう。地下を貫いて足下から放たれた瘴気の槍は回避することもできず、帝を吹き飛ばした。

 重力に引かれて落ちて行く。ナマズのような姿に変貌したパンドラは大口を開けてそれを待つ。

 食う、或いは喰う。その様はまさに捕食者。帝の腹部を抉った槍はその口元から伸びるヒゲのような部位であった。


 とはいえ、腹に風穴を空けられるなどという最悪の失態は回避できた。血がなくて戦えるほど妖精師は無敵ではない。


「上に飛ばしたのは失敗だったな・・・・・・」


 呟きは戦いの喧騒に飲まれて誰にも届くことなく消えていく。足裏に力を入れ、空間を蹴る。そこには見えないが結界が足場となって形成されていた。


 自由落下は加速度を得て、弾丸の如く無防備なパンドラを蹴り抜いた。しかし、パンドラの核を捉えた感触は最初だけ。ダメージにはなっていない。

 それでも予想はできていた。この学園に仕掛けられたこうしたギミックは一通りではない。これは幾つもある策のひとつに過ぎないのだ。

 

 だがその策をその度に潰されていたのなら話にならない。畳み掛ける。

 地面に放射状に隠された導火線。それは地面に立って横から見ていては判別しずらいが、対妖精術の術式、それを現していた。導火線もまた、霊力の通りがいい。そう時間をおかずに焔は全体に燃え広がるようになっている。


「爆ぜろ・・・・・・《業火ノ穹》!」


 指先に灯した焔を導火線に燃え移らせ、自身もまたそこから走って逃げる。

 帝が限界突破を使って以降遠巻きに援助するしかなかった伊草たちもこればっかりは全力で距離をとった。

 その直後に燃え広がった焔は術式を完成させ、白い輝きを、眩いばかりの光の奔流を以てパンドラを飲み込んだ。

 爆風が後から追ってくる。背中からそれを受けたものだから、帝は無様に転んだ。しかしそれによって死角からの攻撃をどうにか凌ぐことができ、一概にデメリットばかりでもなかった。 

 それでも、痛いものは痛い。


「いてて・・・・・・ちったあ効いてくれたかな」

「ギギャァァァァァァ!!」


 その叫び声は苦痛から来ているようには思えなかった。怒りだ。彼女の言う邪魔への、己に歯向かう帝への長年蓄積してきた怒りが解き放たれる。

 焔が強制的に掻き消され、煙を上げながらパンドラは飛び出て来る。


「効いちゃいないか」


 帝のそれも、諦観とは程遠い。時間稼ぎのためと割り切っていなくとも、仲間たちのその心強いサポートに、全身全霊をかけて自分のやるべきことを全うする覚悟はるがない。

 瘴気は乱気流のように、濃いところがあれば薄いところがある。どんなものでも弱点が存在するように、そこを突けばいいことだ。


 両手のひらの先に焔の弾を無数に形成し、地面を泳ぐように這い進みながら近づいてくるパンドラへと間髪をいれず撃ち込んだ。

 焔による弾幕。それを掻い潜って、というよりは強引に切り抜けて今度こそ帝を飲み込もうと大口を開けた。引きずり込まれれば二度と脱出はできないであろう、無限大の闇を思わせるその口内。

 しかしそこに、パンドラの核がある。


 あわや飲まれる、そして核に最も接近する瞬間を見計らって、もし臆して一瞬でも躊躇えば命はなかったであろう絶妙の刹那に。

 帝は魔装を構成していた焔を解き放った。 

 先の爆発する炎弾とは桁が違う。物質に限りなく近い密度まで凝縮された霊力による焔が、その圧迫から逃げ場を求めて四方八方に飛ぶ。

 自爆特攻とも取れる迎撃、それはパンドラも予想ができていなかったのか、モロにくらう。


 体の殆どを覆われていたが故に、爆発はパンドラの瘴気をも吹き飛ばし、パンドラを丸裸にした。


 その核、は不気味な人形をしており、どことなく吹雪の面影を持っている。しかし、それが吹雪の肉体が中心にある、と同義でないことは一目瞭然であった。超高密度の妖精残滓の塊。それが帝の反撃によって顕になり、ヒビを入れる。


 爆発の衝撃を受け、帝もまた膝を折る。全身を痛めつける火傷、裂傷、鈍痛。それでも下唇を噛んで見上げ、尚も立ち上がろうとする。

 声を発する余裕もない。

 それでいい、自分の役目はパンドラを引きつけることだ。


「頼むぜ・・・・・・」


 チャンスは瘴気が晴れ、核が剥き出しになったこの間しかない。打ち合わせずとも、連合や師団の妖精師にはこの好機くらい、分かっている。

 学園を挟むようにして、距離にしておよそ百メートル。巨大な方陣が天に煌めいた。


『天ノ槍』。


 膨大な光の柱が空を切り裂いた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る