純情サイコパス
OOP(場違い)
第一次・字幕家大恐慌
お嬢様、凶器を下ろして下さいますか
皆様はご存知でしょうか。
テレビ番組などを見ていると、だいたいの番組の最初に出てくる、白い四角で囲まれた『字幕』の文字。
そう。画面の右上とか隅っこに出てくるアレで御座います。『字幕放送』とかで出てくる場合もありますね。
皆様はご存知でしょうか。
あの『字幕』の表示が表すのは、実は、「この番組は字幕表示に対応している」という意味ではないのだということを。
あの『字幕』の表示が表すのは、実は、「この番組は字幕財閥の協力のもと作られている」という意味なのだということを。
1960年、日本においてもカラーテレビが普及、カラー対応放送がスタート。余談ですが、カラーテレビが普及するまでは、人間の見る夢というのは白黒だったそうで、私たちが色のある夢を見るのは、カラーテレビの影響らしいですよ。
話を戻しまして、同年2月、カラー対応放送開始は9月10日ですからその半年ちょっと前。現在の字幕財閥の前身である『字幕映像社』を立ち上げたのが、創設者
1951年ベルリン国際映画祭の始動にも立ち会い、海外から様々な技術を持ち帰り日本映画の技術革新に大きく貢献してきた映之佑様は、カラーテレビの発明にいち早く着目され、その柔軟性と行動力で、普及に多大な影響を与えました。
2代目社長の
日進月歩年を追うごとにその規模を拡大していった字幕映像社は、現在字幕財閥となり、テレビ・ネット・映画館媒体問わず、日本のどこかで流れている全映像作品の実に80%には字幕財閥が何らかの協力をしているという状態で御座います。
その7代目社長・
お葬式は、本人の希望により、親戚30名ほどによって静かに営まれました。後日、社員関係者芸能界の大御所まとめて2000人近く集めた大規模なお別れ会が開かれる予定では御座いますが。
当然、私のような使用人風情、葬儀に参列できるはずもなく。当日は、主人であるお嬢様を式場まで送り、式が終わればお迎えして屋敷までお送りする、というだけが仕事らしい仕事で御座いました。
そんなお葬式から一日経って。
字幕財閥の一人娘、まさに深窓の令嬢である我が主人。
「一目惚れしました。お葬式で」
……とりあえず、沈黙を以て先を促すことに致しましょう。
私が相槌も打たないことをどう思われたか、或いはどうも思われていないのか。9割近くの確率で後者であるお嬢様は、椅子からぶら下げた脚を組み直されました。
「名前も私との関係も知らないのだけれど、素敵な殿方でした」
「それは良いことで御座います。ですがお嬢様……葬儀にご出席なされたのは、蓮願様のご親戚のみ。その殿方も、お嬢様と親戚関係にあるのでは?」
「ええ。でも問題ではありません。日本の法律では、いとこは結婚できる対象ですもの。あの殿方は昨日初めてお見かけしましたし、親戚といってもいとこ以上の遠い関係のはず。でしたら、結婚できる関係である可能性は大いにあるとは思いませんこと?」
ドン引きでございます。
一目惚れとはいえ、昨日今日会ったばかりの相手にそんなリアルな法律を持ち出した結婚の見通しをされているとは。重いとかいうレベルでは御座いません。
とりあえず、私は顔にできるだけ品の良い微笑みを貼り付けつつ、失礼しますとお嬢様の首元に手を回し、シルクのエプロンを付けさせて頂きます。ダイニングの照明を一段階上げ、食器にお飲み物、手早くお食事の準備を整えてゆきます。
メイドの
「本日の主菜は、メバルの塩焼きで御座います」
「まぁ……私、お魚の中でもメバルは大好きです。ちょうど今の時期が旬だったかしら?」
「うろ覚えで申し訳御座いませんが、春の早いうちからお盆を超えたあたりが最も旬だったように思います」
「ありがとう。いただきます」
お嬢様は和食がお好みです。
お茶碗1杯の白米と、メバルの塩焼き、添え物のお野菜、味噌汁。今日のこの献立こそ、お嬢様が一番幸せそうにお食事なさる鉄板献立なので御座います。
一流講師にマナーを教わっただけはあるお上手な箸使いで、メバルを一口ぶんに切り取り、お口に運ばれたお嬢様のお顔から笑みが溢れます。
「……美味しゅう御座います」
「シェフにお伝えしておきます。きっと喜ばれることでしょう」
しばらく、静かな食事の時間が流れます。お嬢様は本当にほとんど音を立てずお食事されます。
白米の残りが半分ほどになった時、お嬢様は、思い出したように先ほどの話を呼び戻されます。
「挨拶の機会がなかったのが悔やまれます。お名前くらいお聞きしておけばよかった」
「遠くともご親戚なのですから、またお会いすることもあります。そう気を落とさずに……」
「そうだ!」
お嬢様は、ぱあっ、とお顔を輝かせると、らしくもなくお箸を持たれたまま、2時間ぶりに私の方へ顔を向けて提案されました。
「今度は叔父様あたりが死ねば、また葬儀でお会い出来るのではないかしら!」
「お嬢様、凶器を下ろして下さいますか」
「凶器? 何を言っているの?」
いえ、あんまりな発言のせいか、お嬢様の持っているお箸が一瞬ナイフに見えたものですから。……などと言えるわけもなく、私はまた微笑みを顔に貼り付けました。
お嬢様は、使用人はあくまで使用人として扱うように、とご両親から強く言われており、滅多に私と顔を合わせて話そうとすることは御座いません。つまり、ここまで目を輝かせて私の顔を見ながらお話しになられるということは、かなり興奮なさっているのだと思われます。
「そうだわ。叔父様が死ねば、そのお葬式でまた会えると思うの!」
「お嬢様」
「そうしたら、お名前をお聞きして」
「お嬢様」
「婚姻届も書いてもらって」
「お嬢様。ブッチギリすぎで御座います」
名前を聞いた次の段階が籍入れとは。決して口には出せませんがもう私ドン引きまくりで御座います。
私がいくら言葉を挟もうとも、お嬢様のご妄想はとどまる所を知りません。結婚生活の妄想が熟年離婚の危機を回避する対策に差し掛かったところで、お嬢様はやっと、ハッとなにかに気が付かれたようです。
「いけない! こんな遠い将来じゃなく、もっと他に考えるべきことがあったわ」
「ええお嬢様、まずは……」
「どうやれば叔父様を事故に見せかけて殺」
「全力を挙げてその殿方を捜索しますのでどうか早まらないでください」
執事人生で初めて、お嬢様の言葉を遮って早口でまくし立ててしまいました。
しかし寛大なお嬢様は、私の不自然なソレとは全く違う、美しくお上品な微笑みをその整ったお顔に浮かべて、こう仰ったので御座います。
「ありがとう。お願いね、
「かしこまりました。お任せ下さい」
申し遅れました。
私、桜子お嬢様専属の執事であり、名を
皆様はご存知でしょうか。
目的が決まれば、倫理観や常識を度外視した最短距離でそれを成し遂げようとする。そういった思考回路を持つ人間を、『サイコパス』と呼びます。
これは、そんな『ちょっぴり』サイコパスな桜子お嬢様が危険行為に至らないよう、お嬢様と殿方の恋愛を影でサポートする使命を課せられた私の、胃痛とストレスの物語で御座います。
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