魔法使いと忌み仔 ーThe magus and detest pupsー
坂本Alice@竜馬
Magus of ash and blaze.
第1話 As of lights to illuminate the night #1
差し出されたその手を、私は掴んだ。自らの意思で、その手をとったのだ。
「生きていれば失うことばかりだ。けれど、死んで得るものがある訳じゃない」
彼は静かな声で、私を諭すようにそう言った。
手のひらから伝わる熱は人間のそれによく似ていて、どこか違って思えた。
知らない感覚のなかでひとつ分かったのは、その暖かさに、私が不思議と安心感を感じたことだった。
◆
日が昇れば、陰ができる。
明かりを灯せば、夜は深くなる。
光と闇は常に密接な関係にあり、それは森羅万象なにごとにも当てはまる。
私が人間であるように、また
只人に姿は見えず、人の世の陰に埋もれて生きる、人ならざる者たち。
私はまだ彼らをなんと呼ぶのかは知らないが、あえて今は彼らと呼ぼう。
私は幼い頃より、彼らが見えていた。
右目を塞ぐと見える彼らは、皆それぞれ違う姿をしている。
獣のようなやつ、不格好な人の形、不定形、異形。
彼らは様々なものを運んでくる。
それは幸福であり、不幸でもある。
誰かの幸せは誰かの不幸せだ、とは誰が言ったのか。
ギィ、と扉が開く音がした。
瞼を持ち上げるが、視界はいまだに暗く閉ざされたまま。
私の頭を少しだけ締め上げる、不思議な模様の描かれた絹の目隠しは、薄布にも関わらず光をまったくもって通さない。
「申し訳ありませんヒナ様、直接目にするのは少々刺激が強すぎるので。
開いた扉の方向から、まだ若いであろう男性の声が室内に響いた。
今腰を掛けている椅子から立ち上がり、彼の方へ向き直る。
見えなくとも、
「……いえ。もう、始まるんですか」
「ええ、もうじきに。――――そろそろ開始時刻です、お手をどうぞ」
「………はい」
視界には映らないその手をとる。
私は商品だ。
今日ここで催されるオークションで出品され、誰かに高く、或いは安く買い取られる。
この人―――ネビルさんはここの、
今朝見たときの姿は、黒髪で青い目をした白人のひとだったけれど、今はその顔を薄い黒のベールで隠しているらしい。
かくいう私も頭には目隠しと同じく絹のベールが被せられていて、その上からヒイラギの葉を輪にした頭冠をのせている。
服は清潔な白のワンピース。全身を白く統一させた、まるで
ネビルさんにそっととられた手は軽く引かれ、打ち合わせ通りに、不似合いで無骨な鉄の手枷をガチリと嵌める。
見えはしないが、手首から伝わるずっしりとした重量感はそれだけで、鉄の重厚さが解った。
「手荒なことにはご容赦を。商品という立場の上、野放しというわけにもいきませんから」
「………」
長い長い廊下を、ネビルさんに手を引かれ歩いていく。
しばらくすれば痛いような静寂が、途端に息遣いや小声の喧騒に成り変わっていた。
ネビルさんの手は離れ、ゆっくりと、おそらく壇上であろう場所を歩く。
誰かが私の肩に触れて、そこで止まれと促す。
ひたり、と立ち止まると、喧騒がより激しくなったように感じた。
「…おお、あれが」
「なるほど…… 目は隠されておるが」
「絹の眼帯とは、それほどまでにか……」
近い声は、聞こえてくる。
耳に入る声音は、おおよそ人間のそれに近いが、やはりどこか違う。
たしかにこれは、視ないほうがいいかもしれない。
と、そのとき。
マイクで増幅された張りのある声が、高々とこの空間に響き渡った。
『では続きまして、耳の早い皆様なら既にご存知かもしれませんが、本日の目玉ッ!!』
ザワリ、と気配が大きく揺れる。
『
プロビデンス………?
はじめて聞いたけれど、私の左目のことかもしれない。
「120!」
「150だッ!!」
「いいや、155!」
「200ッ!!」
―――――薪を焚べ 火種を灯せ
「………っ?」
何かが、誰かの声が、聞こえた。
―――――陽は陰り 夜闇に潜む 燃ゆる青きは
「………え?」
耳元で囁かれた詩のようなそれは、響くように耳に残り、私のなかへ染み込んでいく。
カンッ、と壇上が打ち鳴らされたときには。
「―――――"揺らめき立つ、影の灯火"。……君、良い目をしている」
すでに目隠しは外されていて。
私の頬に手のひらを添える
◆
「………それではこちら、500ポンドのお支払ですね。確かに」
500ポンド―――――だいたい7億円………。
「いやしかし、驚きました。壇上へいきなり現れるとは…… 以降は止めていただきたいのですがね、アシュフォード様」
「安心してくれ。僕は多分もうここには来ないだろうから」
そう静かに、そして冷ややかにネビルさんへ言い放つのは、銀色の毛並みをした狼の頭を持つ、コートを着こんだ黒ずくめのひと。
男性なのか女性なのか分からないが、なんとなく体格や雰囲気は男性である。
黄金色の瞳は鋭く細められていて、凶悪な顔だ。
じっとその横顔を眺めていると、不意に彼がこちらを振り向いた。
「さっきは驚かせてしまったね。僕はスタフティ・アシュフォード、しがない田舎の魔法使いさ。人をかうのは初めてだけど、あまり怯えなくても良い」
その
「……
「そうか。じゃあヒナ、手を出してごらん。――――それじゃあ僕は帰るよ」
「承知しました。それでは、お気を付けて」
「え、えと…… あのっ…」
何のことか分からずに戸惑う私の手を握って、彼は私を抱き寄せた。
大きなコートに、顔が埋まる。
「怯えなくてもいいと言っただろう? 怖ければ少し目を閉じているといい」
彼は優しくそう言うと、ゆっくりと口を開いた。
「―――――"薪を焚べ、火種を灯せ"」
すると、その声に呼応するように床が光りだし、海のような透き通った青い炎の渦が、彼を中心に巻き起こった。
「―――――"陽は陰り、夜闇に潜む、燃ゆる青きは"」
青い炎はさらに激しさを増し、その澄んだ色彩は、徐々に黒く濁っていく。
やがて夜空のごとき深い黒に染まった炎は、私と彼を包み込み………。
「―――――"揺らめき立つ、影の灯火"」
眼前に広がる景色は、思わず目を見開くほどに美しかった。
仄暗い灯りの点されていた先程の室内とは打って変わり、見上げるほどの快晴と、風に凪ぐ緑原に花々。
ふと目の前を、白い蝶が羽ばたいていった。
さながら絵本の世界といったそのなかに佇む、古いレンガ造りの立派なカントリー・ハウスを見て、彼は言った。
「ようこそ我が家へ、僕は君を歓迎するよ」
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