第21話 始まりの雨

 雨が降る人里にて、了と菫は診療所にいた。前の戦いの負傷を癒すためである。二人は病室のベットに横たわっていた。菫が了に話しかける。


「なあ了…」 


「なんだ…」


「前に話しただろ。アサキシを貶めて倒すって」


「ああそれがどうかしたか…」


「…もうそんな、まどろっこしい真似はせず、奴を倒す」


 菫の言葉に了は黙って聞き、しばらくの沈黙ののちに口を開いた。


「私も<エンド>のエルカードを使い、あとじとアサキシを何とかする」


 その言葉を聞き驚く菫、了は淡々と話す。


「<エンド>を使い、暴走するのは何とかする。…私は私を甘やかしてたのかもしれない…」


淡々と述べる了の言葉に一抹の不安を感じる菫。


「…<エンド>の力を使えば人間性、人間の心を失ってしまうぞ」


「…もういいさ、人の心は誰かが持っていてくれたら」


「…」


 了の答えに菫は何も言えなかった。 … 外から雨が聞こえる。最近の夢幻のまちは雨ばかりだ。


「そういや葉月の奴はここに連れてこなかったな?」


「ああ、そこまでの傷じゃなかった。それにな奴は…」


 菫の言葉にはどこか葉月に対してのとげがあった。了は葉月の行動を話す。


「…あいつは最後に赤子を殺すのを止めた」


「責めてはならないと?」


「そう言うことじゃなくて…」


 菫の言葉に口ごもる了。菫はため息を吐いた。


「…分かっている。葉月は悪じゃない。奴は家族を生き返らしたいだけだ。そして生き返らせるにはアサキシのどんな命令を聞かなくてはならない。人質を取られてるもんだ」


「命令に従わなかったら、家族は蘇らない。つまりは家族を見捨てたとも、とれるしなあ」


「置いてったのはまずかったか…葉月の雰囲気がヤバそうだったんで一応、自殺はするなとは言っておいたが」


「家にも居ない、らしいし」


 了と菫は診療所の者に葉月の家を尋ねてもらったが、家には誰も居なかったとの事。


「…なにしてるんだろなあ?」


「さあな…生きてりゃ会える」


「そうか…そうだよな」


 了は不安な自分の気持ちをそれで鎮める。菫は大丈夫と思っている。


「…しかしまあアサキシがあんな奴だったとは」


 了は思い返す、管理所での日々を、分からないことがあればアサキシが教えてくれた。了にとっては恩人だった。冷たい人間だとは思っていたが本当は優しい人間だと信じていた。


「納得できんか」


 菫の言葉に了は俯いた。


「納得は出来たかは分からんが…アサキシがやった行いは許される事では無い…それは分かった」


「なら良い…アサキシの奴どこに居るやら…」


 現在、アサキシは管理所及び自宅を離れて居る。管理所の運営は代わりに副所長が取り仕切っている。副所長に手紙が届き、当面の間はよろしく頼む、と書かれていたそうだ。


「別荘に行くと言っていたな…どこにあるやら」


「だけどもう少しで分かる」


 二人は病室を抜け出し、アサキシの居場所を探っていた。


「ああ、居そうな場所はあらかた調べた。残る場所は少ない…」


「見つけ出して倒す。それだけだ。今は怪我を治そう」


 二人は寝た。雨の音が外から病室に聞こえる。


―――


「じめじめしてますねえ」


「悪いなこんな場所で」


 アサキシとあとじは別荘にいた。別荘は人里から妖怪の里へと通じる道にある田畑の地下に存在した。内装はこじんまりとしており、地上に出られる出入り口意外には、小さな本棚と管理所から持ち出した道具に、この夢幻のまちでは貴重な電球が備えられて居る。電力はエルカードだ。地上に問題が無いようある程度の結界が張られており、誰かがこの場所に気付いたら、即座に対応出来る様になっている。


「ま、いいんですけど、器となる肉体はどうするんです?<スピリット>のカード、魂だけでは完全復活とは言えませんよ」


「それは大丈夫、これを見ろ」


 アサキシは本棚から一冊の本を取り出しあとじに見せた。それは魔導書と呼ばれる本であった。あとじは不思議そうに見つめる。


「こんなのあるんですねえ」


「この世界は不可思議な物で満ち溢れている。魔導書の一冊や二冊あるものさ」


「で何が書かれているんです?」


「肉体と魂について書かれている」


「ふーん、それで」


「この本に肉体を作り出す術が載っていた。ちと面倒だが、まあ問題ない」


「ほうほうそれは一体?」


「それは多くの者を殺し、贄にする事。それで肉体が作れる」


 アサキシの話を聞きあとじは笑う。


「へえまた「大災害」でもおこすんですか」


 あとじの言葉に首を振り否定する。


「さすがに二度目はな、簡単なのにする」


 アサキシはエルカードを取り出し見せる。カードには<テンペスト>と書かれていた。


「このカードは…あとじなら知っているか」


「ええそれは、嵐を操るカードです」


「これを使い、水害を起こし、多くの死者を出す」


「なるほどね、しかし人間が死にすぎると妖怪が助けに来ません?」


「水害を起こすのは人里だけで無い、夢幻のまち全体だ。それで妖怪も自分らの事で手一杯になる。水害による被害からの復興には再び妖怪の手を借りるかもしれんが、傷つくのはお互い様だ」


「そうですか」


「止めんのか」


「止める分けありませんよ。こんな面白そうなの。それに悲しい出来事があれば、エルカード、力を求める者も現れます」


「そうか、何より。…一応、生活困難まではいかない様にはするよ」


「生活って誰のです?」


「もちろん私さ。…人を減らすことで、妖怪の力も今より下がれば良いが、それは望み過ぎか」


 アサキシの心はもうすぐしたら両親が生き返ると喜んでいた。


 雨は降る。夢幻のまちに願いをのせて …


第一部 了編、完

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