第3話 滅びし国への旅立ちと、再生
「俺はあんまし気が進まねえなあ~」
「あたしもぉ~」
乗合馬車の待合所で、ルオとシレアは並んで不平の声を上げた。
「気が進まねーんなら、お前らここにいろよ……」
「そうですわ。その方がセララも喜びますし」
腕を組み、半眼でエスティが唸る。そのとなりに座るセレシアもまた、彼に口添えした。
「ねえ、シレアお姉ちゃん。もう少しここにいようよ?」
セララまでもに名残惜しそうに手を引かれる。
セララが、ちゃんと父の死を理解しているのかどうかはわからない。だが、あの事件からは数日泣いてばかりいた彼女も、今では笑顔を見せるまでには立ち直っていた。そんなセララを見下ろし、シレアが困ったような、複雑な表情をする。
「あたしもこの町にいたいと思うよ。セララちゃんもセレシアさんも大好きだし。でも……」
「馬車、来たよ」
外で馬車を待っていたリューンが声を上げたので、シレアは一旦言葉を止めた。ほどなくして、砂煙をあげながら、待合所の前に乗合馬車が停車する。
(でも、あたし、決めたの。何があっても、お兄ちゃんや、エスと一緒に行くって)
エスティが、リューンが、そしてルオが順に馬車に乗り込む。
「……あたし、やっぱり皆と行くね」
涙ぐむセララの頭をそっと撫でると、シレアもその後に続いた。それを見て、セレシアも諦めたようにふっと息をつく。
「皆さん、本当にお世話になりました。またいつでもいらしてくださいね」
乗合馬車の扉が御者によって閉められる。馬のいななきが聞こえ、シレアは慌てて窓を開けた。
「ぜったい、ぜったいまた来るね!」
シレアの言葉が終わらないうちに馬車が動き出す。大きく手を振るシレアの横から、ひょいとリューンも顔を出した。
「二人とも、元気でね」
姉妹の姿が遠ざかっていく中、セレシアが微笑んで頷くのが最後に見えた。
「あーあ。俺、スティンから来たってーのに、また逆戻りかよ」
「だから、文句言うなって。オレは来て下さいって頼んだわけじゃねーんだぞ」
感傷をぶち壊すようなルオとエスティの会話が聞こえ、シレアは窓を閉めた。もう既に、セレシア達の姿は見えなくなっている。
真向かいに座り、まだ何か言い合っている彼らに、シレアは口を挟んだ。
「おじさんって、スティンの人なの?」
「んあ?」
唐突なシレアの闖入に、ルオは言葉を止めた。
「だって、スティンから来たって」
「ああ……まあな。だが、スティンを出たのはもう二年以上前になるが」
ぴく、とリューンが顔を上げる。
「セルティに占領された頃だね」
彼の指摘に、ルオは苦笑した。そして、遠い目で窓の外の景色を見る。丁度街の中を通り過ぎたところだ。あと自治都市群を二つ越え、草原を横切って、広大な川が見えてくれば、それがランドエバーとスティンとの国境だ。
――つまりそこから先はセルティ領ということになる。
「……とっとと降伏しちまった、腰抜けの国に嫌気が差したもんでな……」
穏やかな声に、静かな怒りが込められていることは、シレアですら感じられた。並ならぬ彼の威圧に少したじろぎながらも、エスティが呟く。
「だが、民を守るための選択としてはあながち間違いとも言いきれないだろ。そのために己の命をかけたなら立派な王じゃないか?」
「……スティン王は、生きてるさ」
ルオが低く呻き、エスティは表情に驚きの色を見せた。セルティに降伏した国の王は、これまでみな処刑されてきたからだ。
「王が生きているだと?」
「ああ。だが他の王族や王家の血を引く貴族、騎士団はみな処刑された。いまやスティン王はセルティの傀儡さ。きっとセルティの犬に成り下がってでも生き延びたかったんだろうよ」
珍しく感情的に語るルオに、場が沈黙する。いつもこういった重い空気を明るく振り払ってくれるシレアまでもが沈鬱な表情になり、しばらく馬車が動く音だけがやけにうるさく四人の間に響いた。
「おう、悪ぃな。辛気臭い話になって」
結局、沈黙はルオ本人によって破られた。がらりと口調を変え、明るく喋り出す。そして、黙ったままのシレアの頭をぽんぽんと叩いた。
「まあ、そんなわけだ。とっとと情報仕入れて次の街へいこうぜ。エイなんたらって古代秘宝を探すんだろ?」
「……そうだね」
シレアが微笑む。だが、その笑みにはいつもの様な元気は見られなかった。
* * *
スティン王都への旅路は順調に進んだ。しかし、王都へと近づく程に人の姿は消え、街の様子はひどく閑散としていった。
「……えらくさびれたもんだな」
王都に入ってもその様子は変わらなかった。違いと言えば、人は増えたが、いずれも同じ黒軍服を来ている――セルティ兵だろう。相変わらず町人らしき姿は見えず、エスティの声は皮肉めいている。
「目を付けられる前に宿にひっこんだほうが得策だね。今スティンに来る旅人なんて目立って仕方ないよ」
彼らを警戒しながらリューン。その提案に、一同が頷く。
「潰れてなけりゃ、オレの行きつけだった宿がすぐ先にあるぜ。値段も安いし飯も美味ぇ」
この後に及んで呑気なことを言うルオに閉口しつつも、他にあてもなく、エスティが案内を求める。
なるべく人目につかない裏路地を選んで案内してくれるルオは、王都の地理にかなり明るいようだった。素性の知れない男だが、スティンの出身か、或いは長くスティンに居たということは間違いないようだ。いくらもしないうちに、彼らはルオの言う宿に怪しまれることなく辿りついた。
扉を引くと、からんと鐘が哀しい音で鳴く。その音が物寂しく聞こえるのは、単に宿に人気がないからかだろうか。入ってすぐに広い食堂があったが、夕食時だというのにがらんとしている。セルティに占領されてからはスティンの王都を訪れる旅人もいなくなっただろうから、無理もないのだろうが――
だが、その鐘の音に、弾かれたようにこちらを見た者がいた。
「――誰だ」
宿に来る者にその台詞はないだろうが、それはもうスティンに旅人など来ないことを裏付けてくれた。
建物の中は暗く、その人物の顔はよく見えない。だが、エスティにはその声に聞き覚えがあった。いや、彼だけではなく、リューンやシレアにも。
「エスティ!?」
こちらが何か言う前に、向こうも気付いたらしかった。駆け寄ってくる彼に、エスティが目を丸くする。もう建物の暗さにも目が慣れて、彼の金髪もアイスグリーンの双眸も、驚いたような表情も、はっきりと見て取れる。
こんなところで再会するなど、思いもよらぬ人物だった。
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