encientia～神の聖戦～

第12話 聖域へ

「な、なんだって！？」

　ガタンッ、と激しく椅子を鳴らして、エスティは立ち上がった。

　継いで、アルフェスも立ち上がる。

「まさか、『神竜の聖域』へ!?」

　動きこそなかったが、エレフォの表情もアルフェスと似たようなものだ。ミルディンひとりが冷静であり、予断を許さぬ口調で続ける。

「もう決めたことです」

　明らかに、アルフェスとエレフォが青ざめる。

　こういうときのミルディンには何を言っても無駄だと、二人には今までの経験で身に染みているからだ。

「アルフェス、エレフォ、留守は頼みましたよ」

「……馬鹿なことを仰らないで下さい」

　だが、その一言にはアルフェスの表情がまともに変わった。

「この私に、留守番をしろと言うのですか!？」

「アルフェス」

　激昂するアルフェスを、泣く子も黙るような鋭い声音でエレフォが遮る。

「少し落ち着け、馬鹿はお前だ。戦争中なのを忘れたのか？　城下からは撤退したかもしれないが、ヴァールにはまだセルティ軍が駐屯している。他の列強諸国とて味方ではないのだぞ」

「わかってるさ！」

　声こそ荒げていないがエレフォの口調は厳しい。それだけで威圧されそうな彼女の態度にもアルフェスは怯まなかった。

「だが、僕達の任務は姫を護ることだ！　姫にもしものことがあれば、戦に勝っても何の意味もない」

　彼の言葉に、エレフォも押し黙る。確かに今のアルフェスは冷静を欠いてはいたが、言っていることは道理でもあった。

「――ご同行をお許し下さい」

　ミルディンに向けて、悲痛とも言える声でアルフェスが懇願する。

「アルフェス……でも」

　決めかねているミルディンに、だが助け舟を出したのは意外にもエレフォだった。相変わらず表情は厳しいが、ふう、と息をついて立ち上がる。

「……姫、アルフェスの同行をお許しください。彼はこの国最強の騎士――如何な危険があろうとも、彼なら姫を守れるでしょう」

　紡がれた声は穏やかだった。

「留守は私と、近衛副隊長とで努めます。聖域までそれほどの距離はないし、次の攻勢まではなんとかなるでしょう。……お気をつけて、姫」

「エレフォ……ありがとう！」

　嬉しそうに笑うミルディンの隣で、だがようやく平静を取り戻したアルフェスはすまなそうに彼女を見た。

「すまない、エレン」

「元老院にはわたしから言っておく。秘宝を持ち出すことについても誤魔化しておくから、余計な心配はせず行って来い。お前は姫を守ることに集中しろ」

　二人が小声で会話を交わすのを聞いて、エスティは目つきを鋭くした。

「あのさ――」

「それでは早速、明日にでも出立しましょう。幸い、聖域へのルートはセルティに押さえられていませんから、日没には到着するでしょう」

　エスティが声を上げかけるが、それを遮るようにミルディンが声を上げた。そして椅子から立ち上がる。

「明日まで、城内でお寛ぎください。ランドエバー城は市民や旅人にも開放しておりますからどうぞお気兼ねなく」

　優雅に会釈して、エレフォを伴いミルディンが退室していく。

　扉が閉められると同時に、アルフェスが大きな溜め息をついて頭を抱え込んだ。

「……すまない、アルフェス。王女を巻き込むつもりじゃ無かったんだ」

　エスティの声には不器用ながらも申し訳なさが多分に含まれており、慌ててアルフェスは頭を上げた。

「いや、君のせいじゃない。姫はああ見えてかなりじゃじゃ馬だから、下手をすれば外に出られる良い機会くらいに考えているよ」

　エスティが責任を感じないようにか、アルフェスが努めて明るく言う。

「でも、こういうときって王女親衛隊（プリンセスガード）が同行するものじゃないんですか？」

　間を縫って、シレアが素朴な疑問を口にすると、アルフェスは額を押さえて複雑な表情をした。

「そのあたり、色々面倒でね……。親衛隊は元老院の管轄なんだ。こんな案件元老院は許可しないし親衛は動けない。僕は王家直属だから姫の命で動けるけどね」

「げんろういん？」

「貴族による執政機関だよ。彼らと王家が協力してランドエバーの政治をしているんだ」

　オウム返しに問いかけるシレアに、アルフェスがそう説明する。それでもよく解らなかったのだろう、シレアが表情に疑問符を浮かべたままアルフェスを見ていると、唐突にエスティがその頭を押さえつけた。

「いくら姫の意向で動けるといっても、それじゃゆくゆくあんたが責めを負うことにならないか？」

「まぁ……慣れてるさ。エレン――エレフォがうまくやってくれるそうだし」

「……色々めんどくさいんだな。王族とか騎士ってやつは」

「エス!!　すぐ頭押さえるのやめてよね！　背、伸びなくなったらどうしてくれるのよ!!」

　頭を押さえつけられてもがいていたシレアが、二人の会話を割って不満を叫ぶ。それを見下ろしながら、アルフェスは少し寂しそうに笑った。