第10話 戦い明けて
光が、瞼を通して入ってくる。
(朝……なのかな)
早いな、と思った。だが、寝すぎたような感じもする。頭の中はまだぼうっとしていたが、朝なら起きねばなるまい。
(……でも、面倒だな)
寝ようと思えば、すぐに寝なおせる自信はある。
(いやに疲れた。仕方ないと思うぞ。何せ……)
考えかけてやめる。いや、考え事が出来る程、頭はまだはっきりしない。再びまどろみの渦へ堕ちかけたエスティを、だが銀の輝きが引き戻した。
(長い……銀の髪?)
紫水晶の瞳に、射抜かれる。
「……カオスロード!」
気がついたら、飛び起きていた。自分自身の声で、目も覚めている。
「彼女の夢でも見ていたの?」
聞き慣れた声に、エスティはそちらを向いた。
「なかなか目を覚まさないから、様子を見にきたんだよ」
フラックスの髪を夕日の光に染めて、リューンが浅く微笑んでいる。
(――夕日?)
ふと、エスティは窓の外を見た。丁度、城下の街並みの向こうへと陽が沈んでゆくところだった。
「朝じゃねぇのか」
「もう夕方だよ。起きれそう?」
「ああ……丸一日、寝ちまった」
ベッドから起き上がる。戦のまっただ中でも掃除は行き届いており、洗練された調度品が並ぶランドエバー城の一室は、城特有の華美で落ち着かない雰囲気がなく居心地が良い。顔や体にまとわりつく鬱陶しいことこの上ない長い髪を無造作に束ねながら、エスティは寝起きで力の入らない体を椅子に預けた。
「まあ、仕方ないよ。何せあのカオスロードと戦ったんだしさ。生きてるだけで凄いことだよ」
「……そうだな」
彼女と対峙したときの凄まじい威圧を、まだ体が覚えている。疲労の抜けない体に苛々したがリューンの言う通り、命があるだけよかったのだろう。
「オレが寝てる間、何か変わったことはあったか?」
長すぎて上手く束ねられない髪とまだ格闘を続けながら、エスティ。リューンが、かいがいしくそれを手伝ってやる。
「特に何もないよ。セルティ軍も撤退したし、今んとこは静かだけど」
「そうか……ならいいんだが」
呟いたエスティに、髪を束ね終えたリューンがベッドに腰掛けながら尋ねる。
「何か気になることでもあるの?」
「別に、単なる願望。気になんのは、お前の妙な態度ぐらいさ」
鋭く切り返され、リューンは言葉を失った。笑みが消え、その表情が固くなる。
「なんであのとき、躊躇したんだ?」
「あのとき?」
とぼけたように聞き返すが、エスティが何を指してそう言うのか気付いていない筈はなかった。
リューンという男は、精神魔法を操り人の心に鋭い癖に、自分は嘘をついたり白を切るのが下手だ。
「……カオスロードと顔を合わせた、あのときだよ」
エスティは追及をやめなかった。丁寧に応えてやる。だが、リューンは応えてはこなかった。溜息をつき、エスティがさらに何か言いかけたそのとき、室内に軽やかにノックの音が響いた。リューンが少しほっとした顔で扉へ向かうのを見、エスティが再び溜息をつく。しかし何を言うこともなく、肩をすくめて彼もまた扉の方に歩み寄った。
「はい」
返事をしてリューンが扉を開けると、紅い軍服の女騎士が彼を出迎えた。ウェーブのかかった長い金髪を頭の高い位置で束ねた彼女は、鋭い瞳が厳しそうな印象を与えてはいるが、美人だ。金髪碧眼を主とするこの地方の人間にしては異色で、瞳は鮮やかなライラックなのが印象的であった。
「失礼。私は
「別に、礼を言われる程のことはしてないよ」
丁寧に挨拶し、頭を下げた彼女に、エスティがいつもの調子で軽く答える。
「それより王女と話がしたいんだが。やっぱ、謁見の手続きとかがいるのか?」
「それには及びませんよ。姫がお呼びです、ご案内致しましょう」
温和な笑みを浮かべ、女騎士エレフォはついてくるよう二人を促した。
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