第28話 親友と恋人と幽霊と

 本屋の前で少し待っていると、沙苗と島野君が仲良さそうに話しながら出てきた。そして、有悟君の姿に気付くと、沙苗は特に顔色を変えないが、島野君は少し顔をゆがめる。沙苗は有悟君に対して特に変な感情は持っていないのかもしれない。

 二人はそのまま何もなかったことにして、通り過ぎようとする。

「有悟君、ほら……」

 私が有悟君にしか聞こえない声で背中を押す。

「あ、あのさ。吉川さん。安居さんのことで聞きたいことがあるんだけど……」

 有悟君の声に沙苗が足を止める。しかし、島野君はさらに表情を険しくするだけで、「そんなやつほっといて行こうぜ」と、沙苗を促す。

「ごめん、島野。ちょっと待って……」

 それを沙苗は制して、有悟君の正面に立つ。

「ねえ、戎谷君。何であなたが朱香……安居さんのことを聞きたいのかしら? それにあんなことがあった後で何を聞こうというの?」

 沙苗の声は不機嫌さをはらんでいた。有悟君は私をちらっと見て、意を決するように一つ息を吐いた。

「それは……僕と朱香さんは付き合っていたんだ」

「「……えっ!?」」

 まさかの回答に私と沙苗の声は重なる。沙苗は突然のカミングアウトで状況が掴めないからこそ出たであろう驚きの声で、私のは有悟君が直球でそう言うとは思わず、驚いたから出た声だった。

「ごめん。ちょっと待って……確認なんだけど、戎谷君と朱香が恋人同士だったってこと?」

「そう言ったつもりだけど?」

「いやいや、絶対に嘘でしょ。そんなの信じられるわけがないというか、付き合ってるなら朱香の親友の私が気付かないわけがないでしょ」

 沙苗の言うことはもっともで――学校でも予備校でも基本いつも一緒で、放課後も休日もよく一緒にいた相手だ。そんな相手に隠れて付き合っていたなんて簡単に信じられるわけがない。

「本当だよ。ただお互いに誰にも秘密で付き合っていたからね。まあ、僕の場合、話す相手はいないわけだけど――それに僕が朱香さんに合わせて、遅い時間に会いに行ったりしたから、吉川さんも気がつかなかったんじゃないかな?」

 沙苗は「うっ……」と声を漏らしつつ、まだ信じられないという目で有悟君を見つめる。

「じゃあさ、本当に付き合っていたとして、朱香の彼氏なら朱香のことよく知ってるはずよね? 嘘じゃないって言うなら今から出す質問に答えてみなさいよ」

 有悟君は私をまたしてもちらっと見る。それはきっと分からない質問は私に答えを教えて欲しいということかもしれない。

「任せて、有悟君。答えに詰まったら私がこっそり教えるから」

 有悟君は小さく頷いてみせる。それは私への合図だが沙苗からしても、沙苗の提案に了承したと受け取ってもおかしくないものだった。

「じゃあ、まず最初の質問。何にしようか……簡単なところで、朱香の誕生日は?」

「八月十日だよ、有悟君」

 有悟君は私の言葉を頼りに答える。沙苗は鞄からスマホを取り出す。そして、何度か操作した後に、

「うん。正解」

 と、口にする。問題を出した本人が答えを後で確認するというのはいかがなものなのだろうか。沙苗とは一年生の時はクラスは別で二クラス合同で行われる体育を通じて知り合って、予備校でばったりと再会し、意気投合したのが始まりで、まだ一年半くらいの付き合いしかないけれど――。

「じゃあ、次。朱香の好きな食べ物は?」

「エビ。特に、家の近所の喫茶店のエビマヨサンド」

 有悟君は自分の言葉に直して答える。しかし、私が答えを教える前にエビと言いかけていたから、私とした話を覚えていてくれたのだろう。

「うぅ……また、正解。じゃあ、朱香の趣味というか好きなことは?」

「掃除……かな」

 沙苗は有悟君が間違えないので、当てが外れて混乱しているようだった。

 その後も質問は続き、その全てに有悟君は答える。ただ、途中で私の胸のサイズとか沙苗も知らないであろう質問が飛び出してきたので私も答えるのを渋り、それを察してくれた有悟君はわからないと答えるに留まった。沙苗もさすがにやりすぎたと感じたのか、そこで質問は途切れた。

「じゃあ、本当に朱香は戎谷君と付き合ってたとこと? えっ、まじ? へえー、はー、ほほぉー」

 沙苗はよくわからないテンションになっているようだった。

「だから、最初にそう言ったじゃないか」

 有悟君の声に疲れが混じっているようだった。

「まあ、あんだけ質問に答えられたら信じるしかないよね。で、いつから付き合ってたの?」

「……まだそんな長い期間付き合ってたわけじゃないよ」

「そうなんだ。戎谷君は朱香のどこが好きだったの?」

 有悟君は興味津々と言う表情の沙苗の圧に気圧けおされて、半歩後ずさる。そして、私に視線を向ける。私はそんな有悟君を助けるではなく、困らせたくなる。

「で、有悟君は私のどこが好きだったの? 沙苗に答えてあげて」

 私は有悟君の口から二度、私の好きなところを聞いた。それを話す有悟君の声はまだ耳の奥に残っている。私は何度でも有悟君の口から私を好きだと言ってもらいたいし、好きなところを教えて欲しい。

 それが最初は作り話から始まった偽物の恋人関係で、有悟君の気持ちの真偽は確かめようがないのだけれども――。

「僕は朱香さんの笑った顔や、どんなことにも手を抜かないで努力できるところが好きだった」

「ああ。朱香の笑顔は魔性ましょうだよね。あの笑顔を真っ直ぐに見ちゃったらクセになるというかなんというか――ああ、そういえば、島野もそれにコロっとやられたタチだもんね」

「今は俺のことはどうだっていいだろ?」

「そう? まあ、そうね」

 沙苗はケラケラと笑いながら話す。しかし、その笑い声に私の知るいつものハリや明るさはなく寂しさを感じた。

「……ねえ、戎谷君。朱香は……朱香はあなたといるときはいっぱい笑ってた?」

 有悟君は私を見つめる。それは沙苗からしたら私を思い出して遠くを見ているようにも見えたかもしれない。

 私は笑っていたかな? 有悟君と共に過ごしたこの短い時間でどれだけ笑っただろうか?


 思い返せば、有悟君のことを知っていく度に、私は笑っていた気がする。

 普段の学校で見る戎谷有悟という男の子からは思いも寄らない、仮面の下の不器用で意外と子供で、かわいらしい有悟君の姿に私は胸の辺りはなんだか温かくなってくる。


 私の顔を見て、有悟君は小さく笑みを浮かべる。

「うん。笑っていたよ。楽しそうにだったり、照れくさそうにだったり、悪戯っぽかったり……それはもう色んな表情で笑っていたよ」

「そっか……よかった」

 沙苗は嬉しそうな少し寂しそうな表情で有悟君に微笑む。

「それで、戎谷君は朱香のことで何を聞きたいの?」

「事件があった当日のことを聞きたいんだ。吉川さんと、できれば島野君にも――」

 島野君は少し離れたところで不機嫌な顔を浮かべ退屈そうにしていたが、突然名前を出されて思わず有悟君の方に顔を向けていた。

「なんで、俺にも話を聞こうとするんだよ? 関係ないだろ?」

 明らかに動揺した表情を見せる。私でも島野君には何かあると疑いたくなる。実際、村中むらなか君から聞いた話で私と島野君は二人きりで話していたし、有悟君があの日の放課後のことを明らかにするなら聞かなければならない相手なのは間違いない。

「大丈夫だよ、島野。島野は朱香に何もしてないんでしょう?」

「そ、そりゃあ、何もしてねえよ」

「じゃあ、問題ないじゃん。私に話してくれたことをそのまま戎谷君にも話せばいいんだよ」

「で、でもな……」

「でも?」

「わ、わかったよ。吉川」

「うん。とりあえず、場所変えようか?」

 沙苗の提案で駅ビルの隣にあるファストフード店に移動した。昼時ということもあり、各々注文して、たまたま空いていたボックスシートを陣取った。沙苗と島野君がソファー席に並んで腰掛け、有悟君は向かい合うように椅子に腰掛ける。私は有悟君が鞄を置きがてらそっと隣の椅子を引いてくれたので、そこにそっと体を滑り込ませちょこんと座った。

 三人は話を切り出すタイミングを探り合っているようで、注文したドリンクに時折口をつけながら様子を伺っているようだった。

「で、戎谷君。黙ってても埒が明かないから単刀直入に聞くわよ。事件当日のことで私たちに何を聞きたいの?」

「そのままだよ。僕は事件に関わった人、数人に話を聞いて、二人とも事件当日の放課後に残っていたと聞いたんだ。島野君は朱香さんを誘い出して、話か何かをしたのは知っている。吉川さんは、朱香さんと一緒に帰る約束をしていたのに、先に帰ってしまったと聞いたんだ。だから、二人にはそのあたりの何をしていたかとかを聞きたいんだ」

「すごいね、戎谷君。誰から聞いたかは知らないけど、そこまで知ってるんだ。まるで探偵だね」

「まあ、俺は誰から聞いたかは想像つくけどな。俺のことをそこまで詳しく知ってるとしたら、あいつだろ? 村中。あいつが話したんだろ?」

「そのへんは想像に任せるよ。で、話してもらえるのかな?」

 島野君は不機嫌そうな顔で舌打ちをした後、「わかったよ」と嫌そうに返事をする。

 そして、島野君は気が乗らないという感じで話し始めた――。

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