第21話 鉄之助、襲激される

「天誅!」

山南が粛清された日から、鉄之助は見知らぬ顔からも攻撃を受けるようになった。

だが。

「このスットコどっこいがぁ。おせえんだよ」

大抵の相手は、お珠と美星の銃によって頭を撃ち抜かれてしまう事になった。

それほどに、美星とお珠は今や、一流の銃使いに育っている。

だが、後に維新志士と呼ばれる長州のやからの中に居る河上彦斎、通称、人斬り彦斎は違った。


中秋に差し掛かる季節になる頃である

「短筒使いの2人組と男。男子は大室鉄之助殿とお見受けいたした」

小柄な体格で長い髪を後ろで縛った女が柄に指をかけたまま、鉄之助達を呼び止めた。

「誰だい?」

お珠が短筒を帯から引き抜き問いかける

あいては答えず刀の柄に手をかけたまま、前へと踏み出す

(納刀したまま……もしかして、抜刀術か?なら……河上彦斎。人斬り抜刀斎のモデルかも知れない)

鉄之助は相手の構えが抜刀前であること、そして長い髪を持つことから河上彦斎だと断定した。

近頃、流れる人斬りの噂と合致する。直感だがこのまま鉄之助は信じる事にした。

「返答は如何に?」

「その通りだが、なんのようだい?」

「お命頂戴いたす」

一瞬で腰を落としながらの抜刀を仕掛かる

その前に1発の弾丸が、彦斎の前の道を穿って、跳弾した。

「おおっと動くな。動けば穴が空くぜ?」

美星は彦斎に銃を向け威嚇。

彦斎は再び納刀した。

「悪いがそういうことさ。このまま見逃した方が…」

「うるさいぞ。開国論者」

彦斎は聞く耳を持ちそうにない。

「二人とも…逃げますよ!」

「合点だ!」

お珠は頷き、袂からロザリー特性催涙弾を落とす。と同時にみずからも、防涙マスクをつける。

一斉に煙が舞い視界を遮る。直後に刺激物が喉、目、鼻を襲った。

「げっほっ……なんじゃ?!」

これにはげんさいもたまらず咳き込み構えを解かざるを得ない。

その隙に鉄之助たちはあっさりと居なくなっていた。



朝廷の三条実美からも厚い信頼を受けていた彦斎。しかし八月十八日の政変により長州藩と三条実美ら公卿たちは京を追放されることになった。


肥後藩は全員に藩へ帰国するように命令を出し、彦斎たちは熊本へと帰らなければならない状況に。しかし志士たちの中には脱藩し、長州とともに行動しようとする人たちも出始める。彦斎もまたそのひとりであった。

「逃げられたか……」

涙と鼻水をながしがら彦斎はどうにか煙からはい出した時には、すでに3人の姿は見えない。

開国論者と新撰組は金を貰わずとも殺しを引き受けるのが、彦斎の決め事だった。

「次は必ず仕留める」

彼女はそうつぶやくと闇の中に消えていった。



「危なかった……まさか人斬り彦斎にでくわすとはね」

「あの女が人斬り彦斎かぃ。随分と小さかったねぇ」

「あの構え……おそらく斜め下からの切り上げによる抜刀術の使い手ですよ。いやだなぁ」

隣の部屋で着替えながら鉄が声を上げるのが聞こえた。

同時に着物を脱ぐ音も聞こえる。

「傷はないかい?鉄さん」

「無いですよ……覗いたらお尻叩きますからね」

「覗いたりしねぇよ……でも、叩いてくれんのかい?えへへぇ……じゅるり」

「叩かれたいんですか?ド変態さんですね」

「……そんな趣味はねぇんだ。ただ……鉄さんが叩きてぇなら……いいよ♡」

「僕は普通の趣向しか持ってません。残念でした」

鉄は美星の誘導に乗っかったりはしない。

「ちぇ。新たな境地が見えそうだったのになぁ」

「美星オメェ……変だ変だと思ってはいたが……そういう趣味があったのかい」

お珠は心底気持ち悪そうに言った。



新撰組にも人斬り鍬次とあだ名される女がいる。

本名は大石鍬子。

元治元年(1864年)6月の池田屋事件後、近藤勇が9月から10月にかけて江戸に戻り隊士募集を行った際に新選組に入隊した。暗殺を主とした任務に付いたことから「人斬り鍬子」と恐れられる様になってしまった。

剣術の流派は小野派一刀流とされているが、天然理心流も学んでいる。

大石は沖田総司率いる一番組の隊士に配属されていた。

「へぇ……二人組の銃使いか。面白そうな相手じゃないですか」

鍬子は一番隊の警邏で表を歩きながら、沖田と道を共にしていた。

「そうなんですよぉ。私も戦ってみたくって」

沖田も今日は体の調子がいいからか、明るい感じで意見を言った。

肺結核も今日は鳴りを潜めている。

「その二人は人斬り抜刀斎からも狙らわれてるっていいますからねぇ」

「抜刀斎かぁ。そっちも面白そうですよね」

自分たちは勝つことしか考えていないのか、それとも、ただ戦いたいだけの戦闘狂なのかどちらかは分からないが、沖田と大石は笑い合う。

「その二人と必ず一緒の男が居るって噂です。なんでもエゲレスの言葉をしゃべるとか」

「へぇ。そいつは珍しいわね。男が外の言葉をしゃべるなんて。異人と間違えて斬っちゃうかもしれない」

総司は剣呑に笑う。

「まぁ、斬ったとしても、切り捨て御免です。事故でしょ?」

鍬子の意見に

「そうよ。外の言葉なんか喋るのがいけない。だから片っ端から斬っちゃいましょう。京都の平和の為だものね」

総司の意見は滅茶苦茶に聞こえるが、この当時の京都の時世にマッチしていた。

『邪魔者なら男でも女でも関係ない。斬る』なのだ。

何のために『斬る』かが問題で新撰組も、維新志士も『自分の信じるモノ』の為に斬っているだけだ。両者に迷いはない。

鉄之助達は、こんないつ斬られるかもわからない状況で『死の商人』をしているのだ。セイフティーとか安全とか、倫理とかをどこかに落としてきたように武器を売りさばく。

鉄之助は『自分の未来の為』、パーカーは『自分の利益とイギリスの為』に。



人斬り鍬子は、その日の夜に銃声が鳴るのを確かに聞いた。

「一発か」

銃声のした方に駆け寄ってみると、道の真ん中に脳天に穴の開いた女侍の死体が転がっている。

傷は額に開けられた一発の穴のみ。斬られた様子はない。それに、刀を抜いた様子もない。

(抜く間もなく殺されたのか)

脳が後ろに弾けて道を赤く染めていた。

(火縄じゃないわね。火縄ならよほど近距離で撃たなきゃこんなに真ん中に当たるわけないもの。だとすると、新式の銃か……坂本、高杉が持っているという、ピストルって奴かしら)

鍬子はそこまで考えて、辺りの様子を探ると、何かが光っているのが見えた。

(何かしら。金具の筒?)

拾い上げてみると、それは銃の薬莢でうっすら焦げた跡があった。

(なんなのかしら。嫌な予感がするわ)

鍬子は油断なく見渡す。

その様子を、遠くから双眼鏡で覗く顔があった。ロザリーである。

赤茶けた髪を頭巾で隠し、屋根の上から新式銃で狙い撃って女侍を仕留めたのがさっきだった。

「空の薬莢に気が付いたみたいね。ざまぁみろだわ」

空の薬莢はダミーで置いてあるものだ。人斬り抜刀斎をおびき出すための罠としておいたのだが、今夜はどうも違う獲物が掛かったらしい。



「抜刀斎じゃねぇな」

「ああ、どうするよ?」

「ほっときゃあいい。相手にしたら弾の無駄さ」

本当は弾は帯の裏に3回リロードできるだけの数(18発)はもっているが、抜刀斎以外には使う気はなかった。

「だなぁ。無駄に使ったら爺様に怒られちまう。男に叱られたらあたしは3日は寝込むね」

美星とお珠は冗談を言いながら、鍬子の様子を探っていたが、なかなか鍬子はその場から立ち去ろうとしない。

「けっ。邪魔なアマだ。癪だがロザリーに仕留めてもらうか」

「いいや。まだ待とう」

「そうですよ。あの女侍、なかなか遣り手かもしれません」

鉄之助が二人の後ろから呟いた。

((鉄さんの吐息が首筋に当たってる。たまんねぇ♡))

お珠と美星は興奮していた。

最低である。

「気を抜くでないぞレディース」

鉄の後ろにはパーカーもピストルを構えて注意する。

「さー・いえす・さー」

琉球の訛りのように「さー」が聞こえる。

「妙な発音になっとるが、まぁいい」

パーカーはあえて突っ込まないことにした。



「気のせいか」

鍬子はしばらくその場に立ち止まったままだったが、やっとその場を立ち去ることにした。

「見つければ、必ず斬る」

そう独り言ちながら、元来た道を歩き出した。が、前を塞ぐものが現れた。

「新撰組。大石鍬子とお見受けいたしたが……如何に?」

「……間が悪いったらないわね。小柄に赤毛。抜刀斎ね?あんた」

「いかにも。人は私を『人斬り抜刀斎』『人斬り彦斎』と呼ぶ」

鍬子の前に現れたのは河上彦斎だった。

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