翡翠色の夢

結城 瞳

第1話 はじまりの風


あにうえ。ぼく、がんばりました。


『うるさい、この役立たず』


べんきょうも、けんのつかいかたも、まほうのとっくんだってしました。


『こんなもの出来て当然だ』


あにうえのおやくにたちたいんです。


『足手まといめ』


あにうえはぼくの、もくひょうなんです。


『話しかけるな』


ぼくのこと、すきにならなくてもいいんです。


『目障りだ』


ただ、そばにいることだけゆるしてください。


『お前なんて』


あにうえ、


『 』










「…スイ…」


まぶたが重い。体も鉛のようで、上手く動かせない。このまま横たわっている場所と同化してしまいそうだ。

それもいいかもしれない…と思いながら、浮上しかけた意識をまた降下させていく。


けれど、


その瞬間、体がふわりと持ち上がるような感覚になった。何だろう。自分の意思ではなく、大きくてあたたかい手に持ち上げられているような…


『ヒスイ!』

「わっ!」


目を覚ますと、俺は宙に浮いていた。高さもそれなりにある。2、3mはあるんじゃないだろうか。目覚めたときに地に足がついてないとか怖すぎる。

焦ってもがくと、「危ないからじっとしてて」とたしなめられた。いや、というか、その危ないことをしているのは誰だ…!


「ユ、ユノ!降ろして!」

『目、覚めた?』

「覚めたよ!!でもこのまま落ちたら永遠に眠りそうだ!」

『ユノはそんなヘマしないもーん』


にっこりと微笑みながらユノが俺の周りをくるくると回りながら飛ぶ。小さくて可愛い、手のひらサイズの「妖精」ユノ。俺の大切な相棒。



この世界は精霊の加護によって成り立っている。精霊たちが動かす自然の恩恵を受けながら、時に互いに協力し、人々は生活している。

特に精霊が見える人間は重宝され、精霊と人間の橋渡し役になることが多い。

ただ、精霊を見ることができる人間も様々で、ぼんやりとしか見えなかったり、会話ができなかったり、かといえば人間と精霊の差が分からないくらいはっきり見える人間もいる。


俺は…それなりに見える方だと思う。

波長の合う精霊ははっきりと見ることができる。あまり波長が合わない精霊や妖精も、全く見えないことはなく、ぼんやりとでも存在を認識できる。


『ヒスイ、泣いてた』

「う…情けないところ見られた…」

『ヒスイを泣かせるなんて許せない!その人、ユノがぶっ飛ばしてあげる!』

「いや、大丈夫だから…」


苦笑しながらユノを落ち着かせる。

やっと地面に降ろしてもらって、ふぅ、と安堵の息をもらした。


ユノは風の妖精だ。ジュノンという本体の精霊の分身体。思い出と意思を共有しているらしいけれど…詳しいところはよく分からない。ユノと知り合ったのは最近だし、なかなか踏み込んだ話はできていない。

分かっているのは、俺のことを大層気に入ってくれていることと、恐ろしいほどの威力の風魔法を扱えることだ。あと意外と食いしん坊。


『ねー、ヒスイ。今日も野宿?』

「ん…そろそろベッドで眠りたいけど…お金もほとんどないし」

『むぅ…野宿ばっかりだから嫌な夢見るんだよーっ』

「そうかなぁ…」


確かに最近、野宿ばかりだ。

体のあちこちが痛いのはそのせいかも。


『ユノね、ヒスイのことが心配なの』

「ありがとう。ユノは優しいね」

『えへへ~そう? ユノ優しい? 好き?』

「好きだよ」

『やったー!』


にこにこと嬉しそうに笑うユノは可愛らしい。俺なんかのワガママについてきてくれた、優しい妖精。

ぎゅ、とユノとの契約の印が刻まれている左手首を握った。




俺は、「妖精拐い」という、大きな罪を犯した。

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