第2話 思わぬ告白

 「でも、びっくりしたよ」


 ハンバーガーと飲み物が乗ったトレイをテーブルに置くなり、仁は興奮もあらわに目を見開いて切り出してきた。


 「廉が急に東京に来るって言うからさ。なに? 留年でもしちゃったの? 傷心旅行?」

 「なんでそうなるんだよ、馬鹿」フライドポテトをつまみつつ、俺はため息混じりにあしらう。「お前と違って、俺はちゃんと勉学の道にいそしんでるよ」

 「俺と違って、てなにさ? 俺たちに違うところなんてある?」


 仁は怪しげに笑んで、突然俺の頭から帽子を剥ぎ取った。「ほら」と自慢げに言って、帽子をくるくる回し始める。


 「なにすんだよ?」

 「店の中でも帽子かぶってるなんて変だよ」


 言いながら、自分でかぶる仁。


 「これで服変えたら、もう入れ替われるよねぇ」

 「そんなピチピチした服、誰が着るかよ」

 「ピチピチって……流行ってるんだよ、これ。てか、それを言うなら、こっちのセリフかなぁ」

 「うるせ」


 分かってるっての。こちとら、Tシャツにジーパン。気合ゼロで悪かったな。


 「大体、髪がちげぇだろ」


 俺は黒髪短髪。前髪だって眉にかかるかどうかだ。だらしなく、目元まで伸ばしてるこいつとは違う。勉強するとき邪魔じゃねぇのか? って、こいつが勉強してるわけもねぇか。


 「体格もお前のほうががっしりしてるし」


 適当に付け加え、俺は飲み物を口に含んだ。


 「はいはい」


 もう、飽き飽きだ、と言いたげに、仁は肩をすくめる。


 「廉ちゃんは、なぁんか双子ってことにコンプレックス持ってるような感じ。俺は悲しいよ」


 白々しく、涙をぬぐうような仕草を見せ付けてくる。

 ああ、そうだ。こういう面倒くさいやつだった。頬が自然とひきつった。


 「お前には分かんねぇだろうな。お前みたいな奴を双子にもった俺の気持ちは」

 「へ?」


 思わぬ返答だったのだろうか。仁はきょとんとして頭を捻った。


 「どういうこと?」

 「どういうことって……何度、お前と間違われて告白されたと思ってんだよ。バレンタインなんて地獄だったぜ」


 あんたのせいで本物に渡しそびれちゃったじゃない、とか理不尽な文句を散々つけられたからな。

 今となっちゃ、懐かしい思い出か。

 鼻で笑って、俺は頬杖をついた。


 「そんなことあったんだ。知らなかった」ややあってから、仁はしんみりとそうつぶやいた。「そういうの、最悪だよね」

 「他人事かよ」


 ま、他人事だろうな。こいつにそんなことがあったとも思えないし。

 窓の外に目を向け、にぎやかな東京の町並みを見つめながら、俺はフライドポテトをかじる。一向に進む様子のない車の行列を、涼しげに見守る街路樹。その影で夏日を避け、べたべたとくっつくカップルが目に付いた。

 ああいう輩がうじゃうじゃいるから、地球温暖化が進むんじゃ──て、理系の人間が吐く言葉じゃねぇよな。


 「無駄話はここまでだな」


 気持ちを切り替えるように、俺は姿勢を正して仁を真っ向から見据えた。半ば、脅すような気迫をこめて。


 「お前、最近、何かあったんだろ? 落ち込むようなこと」


 ずばり単刀直入に訊ねると、仁の細い眉がぴくりと動いた。すぐに目を逸らし、「そりゃ、三年半もあれば、何かあるよ」と半笑いを浮かべる。昔、俺のプラモを勝手に持ち出して壊したときと同じ反応。何かを隠そうとごまかしているのは明らかだった。


 「母親の勘、てのはやっぱすごいわ」


 つい、呆れたように漏らしていた。


 「母さん?」と、仁がこちらに視線を戻してきた。

 「俺がこうして東京に戻ってきたのは、母さんに頼まれたからなんだよ。旅費も出すから、仁に会いに来てほしい、てな」

 「なんで……」

 「この一ヶ月、どうもお前の様子が変だ、てな。元気がない、て心配してたぞ。弟の俺ならなんとかできるんじゃないか、て急に電話してきてさ。で、何があったんだよ?」


 仁は表情を曇らせ、視線を落とした。悲しそうな、悔しそうな……見たことも無い表情。いつも、あっけらかんとしている仁には珍しい──少なくとも、三年半前までは。


 「おい」思わず、俺は身を乗り出していた。「まじで。何かあったのかよ? 言えよ」

 「サキと別れたんだ」

 「……え」


 さらりと放たれた言葉。いきなり、背後から切りつけられたようだった。うるさいはずのファストフード店の中が静まり返ったような気さえした。

 ゆっくりと、気味が悪いほどに落ち着いた自分の鼓動が身体の中で響いている。つうっと汗が背中を伝うのを感じた。


 「サキと別れたんだよ」


 まるで念を押すかのように、低い声で仁は繰り返した。今度は、睨みつけるかのように俺を見つめて。


 「……」


 言葉がでなかった。呼吸も忘れて、俺は呆然としていた。


 仁の前では、彼女の名前は出さないようにしようと決めていた。

 いや、そもそも、この三年半、その名を口にすることなんてなかった。彼女の存在そのものが幻だったのだと思うようにしていた。そうでもしなきゃ、嫉妬でおかしくなると思った。

 ほんっと嫌になるよな。双子だからって、なんでよりにもよって、同じ女を好きにならなきゃならなかったんだよ。

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