文化的交渉

 そうして俺達はセレネ将軍に案内、というよりは連行に近い形で道を進んだ。

 道中は愉快では無かったが、到着した光景には、もはや驚くほかなかった。


「これは、完全に文明を感じますね」


 煉瓦で作られた門をくぐると、ホームセンターくらいの大きさを誇る石造りの建築物の中へと通される。

敷地内には放牧された鳥や、家畜小屋、小さな畑が作られていた。

 その時点であのアッカド基地と比較して民宿とホテル並の違いを感じていたが、案内された室内に入ると、あまりの貧富の格差に歴然とせずにはいられない。

 ワックスのかかった木目調のフローリングは飴色の輝きが放たれ、八人分の席が用意された白磁のテーブルには、鮮やかな絵柄のティーセットが置かれていた。

 窓枠なんてステンドグラスだし、騎士を模したブロンズ像まである。

 規模は小さいけれど、豪華さに関してはモート伯爵の執務室と遜色ない造りだとインテリア素人の俺が言ってみる。


「戦う為の拠点を望んだと聞いていたのだけれど、迎賓館と勘違いしてしまうほど立派な建物ね。これだけの資材と技術、どこから調達したのかしら?」


 ここまで無言を貫いていたソフィア姫が、もはや我慢ならないといった様子でセレネ将軍に尋ねた。


「そんなのは決まっています。この地を治める南方の領主の方々だ。魔物退治の見返りに資金と食料も頂いているからこそ、自分たちは活動できているわけです」


 セレネ将軍はカツカツと歩きながら上座まで進むと、右手を差し出して『どうぞ』と俺達に椅子へ座るよう合図する。

 ……もちろん座るが、腰を落ち着けながらもソフィア姫は会話を止めなかった。


「拍子抜けよね、アッサリ自白なんて。公然の秘密でも、口を閉ざすか惚ける方が利口でしょうに」

「わざわざ隠さないですよ、その程度の事情。誤魔化す気なら、出会った時に追い返しています」

「……そう、話が早くて助かるけれど。その調子で、帝国が南方に手を出す理由も教えてくれるのかしら? 慈善事業なんて冗談は止めて欲しいのだけれど」

「無論、構いませんが。その前に、貴方達の事情を理解したい。今まで放置していた王族の方が我々が遺跡を発見した時期にやって来た目的はなんですか?」


 その言葉に、俺達は自然と顔を見合せた。

 しかし黙っていたところで、手詰まりになることは明白だ。

 ならば、と俺は知っている限りの知識を披露しようと口を開き、


「判ったわ。私が説明しましょう」


 と、ソフィア姫に遮られた。

 そして五分後。


「――なるほど、経緯と事情は理解しました。南方地方の失地回復と、異世界召還者を使った現地調査ですか」


 紅色の背もたれ椅子に身を預けながら、セレネ将軍は満足そうに頷く。

 ……同時に品定めの視線で俺を見ているが、コチラは無反応を装う。


「一目見たときから、ただ者では無いと思っていましたが。まさか異世界召還を成功させて、神の使徒に仕立て上げるとは。王国も冷酷なことをする」

【ほう。それは我に喧嘩を売っているとみて良いか?】

「誤解は止して貰いたい。しかし大胆だ。仮にも神の使徒を手に入れて間もなくアッカドに派遣するなど、正気の沙汰ではない。金の卵を早く羽化させたくて、炎の中に放り込むようなモノだ。それで目当ての物が出てくれれば良いが、普通は消し炭になる」

「まったく耳の痛い話だわ、と同調したいところだけれど。親睦を深めるより情報が欲しいの。だから、次は貴方たちの番。公平な対応を求めるわ」

「……ふむ。貴方の言葉には嘘偽りは無さそうだった。つまり自分にも、同様の誠意を示せというわけですね」

「ソレが出来るか出来ないかで、将としての器が理解できるというものだわ」


 説明している間に注いで貰った紅茶を口に付け、ソフィア姫は相手の出方を窺う。

 対してセレネ将軍は、疚しいことなど一切感じさせない態度で堂々と語る。


「既に御存知でしょうが、この地には魔物を生み出す遺跡があります。発生源が中心となって魔物が異常な数で増産され、周囲に分散する悪魔の装置だ。そして近頃それはティマイオスだけに留まらず、隣接する帝国領内にまで拡大しているのです」

【むぅ、理屈は通る言い分だ。実際、王国全土が魔物の上昇傾向に悩まされているのだからな。帝国のみならず、東方の隣国でも同様の被害があるに違いない】

「……えぇ、そうね。でもだからといって、自衛の為に他国に進行して内政干渉されるのは不愉快だわ。何より、そういう事情なら秘密裏のまま独自行動を取らずに、正式な協力要請を男爵達に申請すべき事柄よ」

「じつに素晴らしい正論だ。しかしそれでは手間も掛かる。時間の浪費をしている間に帝国の臣民が脅かされるのは軍人として耐えられない。だからこそ自分は表立って目立たぬよう個人的な部隊のみを派遣し、ここに居る。あぁ無論、周囲の管理者からの許可だって頂いています。正当な人助けというわけです」

「……個人的に? 将軍自らが他国の領土侵犯をしておいて、まるで帝国には関わりがないって言いたいようね」

「もちろん、自分の我が侭ですよ。このまま手ぶらで本国に帰れば、処分は免れない。しかし、今はそんな事情さえ些細なことだ。既に自分たちは、その遺跡を発見しています。魔物の異常発生の元凶を突き止めたのです。何であれば、案内しましょうか?」

「なっ」


 ザワッと。密室の空間に突風が吹いたような動揺が沸き起こる。

 ヒントを聞きに来たら、正解を教えて貰ったような物だった。 


「別に驚くような事ですか? 自分たちの目的は一致しています。南方で被害拡大する魔物の対処と退治。この原因と思われる遺跡、この究明こそが最適解。その為には多くの知恵者が欲しいと思っていたところです。そして、貴方達なら歓迎だ」


 セレネ将軍はカップに満たされた紅茶を飲みつつ、余裕な態度でソフィア姫からの回答を待った。

 対してソフィア姫は、証拠の無い容疑者を取り調べる刑事のように眉を曲げる。


「……それにしても、派遣先の領民まで助けるとは気味が悪くなるくらい親切ね。国の混乱に乗じて、去年に戦争を仕掛けようとした連中とは思えないくらい」

「つまり、そういう負い目があると言う事です。もちろん貸しを作って現地の協力を求める算段もありました。……まぁ貴方達の意思はどうあれ、自分たちは再び調査に向かいますが。自分たちに手柄を明け渡して、貴方達は留守番でもしますか?」

【ソフィア、軽率に答えるなよ。罠だったらどうするつもりだ】


 おそらくイーシュさんやエレナさんも同じ考えであろう、神様の忠告。

 しかしソフィア姫は迷わない。

 まっすぐな眼光でセレネ将軍を射貫くと、力強く断言する。


「言われるまでもなく、私も同行するわ。疲弊した領民が救われるなら、たとえ窮地であっても向かう覚悟が無くてはいけないのが王族だもの。魔物増殖が解決できるというなら敵国の案内だって受け入れてみせましょう」

【待てソフィア、敵に貸しを作る気は無いと言っていたではないか。帝国が発見し管理している遺跡案内を任せるというのは、言い逃れできぬ依存行為だぞ】

「えぇ、言ったわねミウル。でも危惧する事はないわ。これは遺跡攻略に行き詰まっているセレネ将軍が、私達に助けを求めていると言うだけの話だから」

【……いや。いくら何でも、強がりにも程があるぞ。ソフィア】


 神様の言い分はもっともだ。

 状況はコッチの完全な不利。相手の気分次第で、俺達の方が行き詰まる。

 なのにソフィア姫は余裕を崩さず、納得のいっていない神様に向けて言葉を続けた。


「そもそも帝国が森の中に陣地を作る話を聞いた時点で、違和感はあったのよ。救援目的なら人里で行動すべきだもの。公然と動くことが嫌なのかとも思ったけれど、ここまで堂々としているなら余りにも不可解だわ。危険な森の中に拠点を築いたのは。当初から遺跡の探索が目当てだったんじゃないかしら?」


 ソフィア姫が、小さな疑念をセレネ将軍に投げかける。

 何の証拠も無い推論など、容易く一蹴されても不思議ではない。

 だがセレネ将軍はソフィア姫の質問を聞いて、愉快そうに微笑んだ。


「面白い見解だ。続きを聞きたい。特に、自分たちが遺跡の攻略に手こずっていると判断したのは何故ですか?」

「重要視している遺跡を放っておいて、指揮官と副官が私達の接待をするほどの理由は何かしらと考えたのよ。歓迎する気があるなら、最初に剣なんて向けない。何より発見当初はイーシュ男爵を含めた南方の権力者達にさえ秘匿していた遺跡の在処を、貴方が親切心で案内するわけが無いわ。裏があると考察するのは当然よ」

「……悪くない指摘ですが決め手に欠けます。それだけですか?」

「一番の理由は貴方、さっき言っていたじゃない。知恵者が欲しいって。そんな言葉が出る時点で、解決したい問題があると言っているのと同じでしょ」


 ソフィア姫が呆れたように溜息を吐き、セレネ将軍は納得したように頷く。

 その仕草を見て、ようやく俺も理解できた。ソフィア姫の推論は正しかったのだ。


「あぁ得心だ。そこが自分の失態でしたか。いや、それとも姫殿下の洞察力を褒めるべきか。まぁ、どちらにせよ認めましょう。確かに自分たちは、遺跡調査を完遂できない状態にあります」

「……その状況から打開することを私達に望んでいるという訳ね。と、言う事は遺跡の情報自体も王国側からの助力を期待して拡散したのかしら?」

「ご明察です。イーシュ男爵がモート伯爵と通じているのは知っていましたから。情報を流せば、あの男はその対策を用意してくると確信していました」

「…………」


 いっそ、お互いに協力する方が明らかに効率的だと思うが、余計な火種を作る気が無い俺は黙ることを選んだ。

 俺と同じようにエレナさんやイーシュさんも口を噤む中、神様だけが意外そうな声でセレネ将軍に尋ねる。


【なんだ貴様、まるでモートと知り合いのような口ぶりでは無いか?】

「一年前にティマイオスへ戦争を仕掛けた際、自分の部隊を全滅させた男ですからね。仇敵と定めて、徹底的に調べました。その過程で王国が見捨てたはずの南方に、伯爵が支援を送っていると情報を掴んだからこそ、自分たちはここに居るのです」

「ふぅん。人命救助は建前で、伯爵への当てつけが目的って事かしら?」

「まぁ、確かに。あの男が欲しがった功労の横取りも、南方を助ける理由付けの一つなのは否定しません」


 当然のように善意だけでは無い、と悪びれず語るセレネ将軍。

 ここにきてモート伯爵への悪意を告白するなど、険悪な空気の誘発に他ならない。

 しかし予想外なことに、ソフィア姫は平然と受け流す姿勢を見せた。


「あら、そう。綺麗事を並べられるよりは納得できる要素だわ。それに伯爵に一矢報いたい気持ちは私にも理解できるもの」

「ほう? ソフィア姫は伯爵の庇護下にあったはず。恩を感じることはあっても憤るとは思いませんでした」

「腹立たしいに決まっているわ。今までの経緯を振り返ってみればクローの召還を成功させた時点で、すべて伯爵がお膳立てした通りに進んでいるに違いないもの。いいえ、そもそも召還自体が遺跡の問題と連動していると考えるべきかしら。何にせよ私の意思を尊重しているように振る舞っておきながら、手の平で踊らせてニヤニヤしているかと思うだけで叩きたくなる気分よ」

「なるほど。有り得る話です。自分たちが西方を責めた時も他人を操り戦わせ、モート伯爵自身は安全な裏方に徹していましたからね。あの陰険っぷりなら、仕えるべき相手さえ駒のように扱っても不思議ではない」

「えぇ、別に貴方に教える必要は無いけれど、あえて言うわ。私は伯爵の傀儡に成り下がる気は無いから。伯爵が執着する南方の問題を私の手で解決して、王族の威厳というモノを理解させてやるんだから」

「ふむ。どうやらモート伯爵に関して言えば、姫殿下と自分にとって共通の敵という認識で正しいようだ」

「……そうね。そこだけに限定すれば、強く否定する気にはなれないわ」

「――――」


 二人のやり取りに俺は絶句する。

 え、そこまで?

 敵と味方、両方から容赦なく愚痴られるモート伯爵に同情さえ覚えた。


「……神様。こんな言われ放題なくらい、モート伯爵の性格って悪いんでしょうか」

【クロー、誰の反論も出ていない時点で察しておくが良い】


 ばっさりと切り捨てる神様を諦め、イーシュさんやエレナさんに目を向ける。

 しかしイーシュさんには顰めた顔で無言に徹しられ、エレナさんからは困った様子で視線を逸らされた。

 ……伯爵の能力が優秀なのは間違いないようだが、人望は皆無らしい。

 そんな複雑な人間関係にショックを受ける中、ソフィア姫が改めて口を開く。


「さて、と。思わぬ形でお互いの心情が理解できたけれど、本題に戻りましょうか。遺跡案内は貴方達に任せるけれど、その後どう動くかは私達の自由だわ。少なくとも、貴方の期待に応える気は無いのだけれど」

「……反対はしません。行けば分かりますが、貴方達は協力せざるを得なくなる。それよりも、自分としては手柄の占有をされることの方が心配です。杞憂だとは思いますが自分たちの功績を無視して、王族である事を盾に遺跡の独断専行はされたくは無いのです」

「ふん。釘を刺さなくても、私達に実害を出さない限りは現状維持で構わないわ。ただし仲良く共同作業する気は無いの。どんな形であれ、成果は早い者勝ちと言う事にしましょう?」


 聞き惚れそうなほど甘い声で紡がれる、抜け駆け宣言。

 どうやら、ソフィア姫としては敵同士という立場は崩さない方針らしい。

 そしてそれはセレネ将軍も同様の意見だったらしく、歓迎するように笑顔を作る。


「好感の持てる言葉で何より。では、今日は泊まっていくと良いでしょう」

「……ちょっと待って。悪いけれど宿泊は辞退するわ。次の魔物発生まで猶予はある筈だけれど、アッカド基地を長く放置するわけにはいかないもの」

「そこは御安心を。皆さんの穴埋めに、カドモスと数人の兵士を派遣しておきます。ここは魔物の密度が高い。基地から基地へ往復する方が危険だし、体力を消耗せずに済むのだからそれが適切な判断と言えるでしょう」


 そう口にしながらセレネ将軍は胸元からゴソッと何かを取り出すと、俺達に知らせるようにソレを手の平に乗せた。

 ……首に掛けられた装飾品、銀色に輝く両翼を羽ばたかせた竜の紋章が刻まれたペンダントである。


「この竜は我が家紋を示した物。そして自分は家名と家紋に誓いましょう。これより二日間、アッカド基地の人命を魔物の脅威から必ず守ると宣言します」

「なっ」


 セレネ将軍の言葉を聞いて、俺を除いたティマイオス関係者がテーブルに沈み込むように姿勢を崩して驚く。

 だが何が凄いのか分からない俺としては、とりあえず分かり易く説明してくれそうなソフィア姫に質問するほか無かった。


「……今の言葉には、どんな意味があるんですか? 少し大袈裟な、ただの口約束にしか思えなかったんですけれど」

「強制力のある自己暗示よ。効果は絶大だけど、失敗すれば使用者の生涯全てが終わりを迎える自爆系でもあるわ」

「なんか、思った以上にエグイ言葉が返ってきましたね」

「家名と家紋を使う宣言は、個人が交わす最上級の契約だもの。もし不履行にすれば、汚名に等しい刻印が身体に浮き出てしまうのよ。だからこそ滅多なことで家名を使った誓いは出来ない。簡潔に言えば、私達は最大級の誠意を見せられたというわけ」

「……刻印。入れ墨みたいに文様やら絵図が、自動的に出来るんですか? だとするなら一種の魔法みたいなものですね」

「そうね。一度でも浮き出てしまうと二度と消せない呪いよ。どの国の王侯貴族も同じような施術をしているわ。私もね。だからこそセレネ将軍の無謀は信じがたいけれど、その覚悟は正当に評価しなくてはいけない。無下にすれば、王族の名折れになるわ」

「……正直、その感覚はイマイチ理解できません。場合によっては、アッカド基地や俺達を窮地に追い込めるチャンスですよ。名声より利益を優先するかも知れないのに」

「貴族や王族にとっては、不名誉な行為は生死を超えた禁忌だと覚えておきなさい。歴史や名誉は指導者の何より勝る財産なのよ。誰だって破産はしたくないでしょう? ましてや会ったばかりの敵の為に、自ら滅びたがる間抜けは居ないわ」


 と言いつつ、これみよがえしにチラリと俺に顔を向けるソフィア姫。

 まるで自ら滅びたがる間抜けがソコに居ると言うような仕草だが、藪蛇になりそうだから俺は無視した。

 言い返す気が無いと察したのか、ソフィア姫はそのまま言葉を続ける。 


「今教えた情報を常識に沿って考えれば確実に約定を履行できる自信があるからこそ、セレネ将軍は家名と家紋に宣言できた、と判断できるのよ」

「……なら、これ以上の保証は無いという事ですね」


 確認するようにセレネ将軍の顔を見れば、自信に溢れた満面の笑みが返ってきた。

 見つめ合う度胸も対抗できる自尊心も無いのでソフィア姫に視線を戻すと、こちらは難しそうな顔をしながらもイーシュさんに指示を出している。


「不本意だけれど、ここまでされては断る訳にも行かないわ。男爵、申し訳ないけど帝国兵を駐留させる許可を頂けるかしら。もちろん、正式な文書を作成して私の署名も入れておくから万が一の場合、全ての責任はティマイオス王家が受け持つ形にするから」


 珍しいことに、今回のソフィア姫は命令口調では無かった。

 つまり反対する事も出来た筈なのに、イーシュさんは嫌がる様子を見せず静かに頭を下げて受諾する。


「了解しました、姫殿下。吾輩も末席とは言え貴族を務めております。敵将と言えど、家名を差し出されて拒絶する狭量ではありません。この会議の後、速やかに基地に居る部下へ宛てた手紙をカドモス殿に渡しておきます」

「えぇ、お願いね。男爵。もちろん警戒は怠らず、たとえ帝国兵が挑発してきても戦闘は避けるよう伝えておくように。一応、状況によっては周辺の領主を巻き込んだ包囲網を作成する手筈も視野に入れておきましょう」


 隠すべき作戦を聞こえるように漏らするのは、抑止力のつもりなのだろうか。

 まぁそんな脅しに屈する相手な訳もなく、愉快そうにセレネ将軍は口元を歪める。


「それは杞憂ですよ、姫殿下。好戦的なカドモスであっても、さきほど王国側に無礼を働いた罰則と言えば素直に従うし、もし不手際を起こしたら、己の手で必ず連中を処分します。自分も恥辱を喜んで被るほど酔狂ではない

「そう願うわ。だからこそ尋ねたいのだけれど、その誓約は誰の為のものなの?」

「もちろん自分の為のものです。命より大切な物を賭ける行為は、全て己に還元されなくてはいけない。建前じみた偽善を口にするほど、誓約の言葉は安くありませんから」

「えぇ、その通りね。過去への贖罪行為やら人命優先とでも言われていたら帰っていたけど、それなら理解できるというものよ」

「受諾して頂けたようで何より。自分は皆様を対等な協力者としての持て成しを保証します。衣食住、身の安全、全て何の心配も要りません。これは恩を売っている訳ではなく、貴方達の価値を評価した結果の正当な待遇です」

「……ふぅん。それらの提供は、いわば遺跡解決の為の手数料代わりと言う訳ね。いいでしょう、こちらも甘んじて受け入れるわ。まず無事に遺跡に着かない事には、次の指標を作れないもの」

「仰る通り。早速、部下に言って手配させましょう。とはいえ、客室の支度や食事には多少の手間を要します。だからといって、皆さんを手持ち無沙汰にする訳にもいきません」

「……要領を得ないわね。何が言いたいのかしら?」

「大したことではありません。ここに来るまでに疲れた身体を癒やす為にも、まず温泉への入浴を勧めますが如何ですか、という提案です」

「お、温泉、ですって?」 


 セレネ将軍がさらりと述べた言葉には、ソフィア姫を初めとする女性陣達が椅子を揺らすほどの衝撃があった。


「嘘。初耳だわ、そんな情報。だって、ここは魔物の巣窟なのよ?」

「この基地を建設する途中で掘り当てました。源泉掛け流し、観光旅館にも引けを取らない出来だと自負しています」

「くっ、なんてこと。まさか帝国の所行に感謝したくなる日が来るなんてッ」

「ふふふ。しがらみなど忘れて、どうぞごゆっくり。疲れと汚れを洗い流し、ゆったりと湯船に浸かると良いでしょう」


 勝ち誇るセレネ将軍に、唸りながら悔しさを隠さないソフィア姫。

 両者の勝敗を見届けながら、俺はとある事を思い出していた。

 ……あぁ、そういえばアッカド基地には浴室も備わっていなかったっけ。

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