9話 天使でメロンでエルフ様

 “迷宮都市”――

 領地を高い外壁に囲まれた都市の名だ。


 レンガや石造りの家に整理された道。

 更に都市のいたるところに水路が張り巡らされ、水の上をゴンドラがゆうゆうと行き来し、その漕ぎ手によるガイドが観光の名物になっている。


 だが、この都市の一番の特徴は、観光名所などではない。


 では何か?


 それは、都市の名にもある“迷宮”の存在だ。

 この都市の高い外壁は、外敵からの守りはもちろんだが、万一、迷宮のモンスターが氾濫した時の為に、閉じ込めることも目的として造られているのだ。


 いざという時には、危険な場所だが、それでもこの都市は栄えている。

 迷宮に現れるモンスターや、そこで取れる鉱石や薬草の数々が日用品の素材となる。

 それらを手に入れ売りさばこうと、冒険者や商人が至る所から集まるからだ。


 そんな迷宮都市の一角。

 とある宿屋の一室で、月明かりに照らされ、一匹のモンスターが目を覚ます……


(なんだ、温かい……? それにこの肌触り……)


 目を覚ましたベヒーモスが、自分の身を包む温かな感触に疑問を覚える。

 そして周囲に目をやれば、そこがベッドの上なのだと分かる。


(どういうことだ? 我が輩は迷宮で息絶えたはずでは……?)


 またもや疑問を覚えるベヒーモス。

 もしや、ここは死後……夢の世界なのではと想像すらしてしまう。


(だとしたら心地の良い夢だ。この温もり……そしてほのかに香る、いい匂い……いったい何の匂いだろうか?)


 ベヒーモスを包む布団。

 そこからは、甘く……そして何とも安心感を覚える匂いが漂っていた。


(ふむ……どうせ我が輩は死んでおるのだ。ならばしばしの間眠りにつこう)


 温もりと匂いに包まれ、ベヒーモスの意識がまどろみに沈みかける、そんな時だった――


「あぁ……よかった! 目が覚めたんですね!」


 鈴の音のような……

 透き通った優しい声がベヒーモスの耳に響く。


(何ヤツ……!?)


 突然の声にベヒーモスがバッと起き上がり、振り返る。


(なんだ、天使か……)


 そう、そこには天使が……否。

 天使と見間違えるほどに愛らしい少女が立っていたのだ。


 輝くプラチナブロンドの長髪。

 涼しげな……しかし、慈愛を感じさせる優しげなアイスブルーの瞳。

 白磁の肌に純白のネグリジェを着た美しい少女……


 そんな彼女の体の一部がぴこぴこと上下する。


 耳だ。


 長く、少しだけとがった耳が上下に動いている。

 どうやら、彼女は“エルフ”のようだ。


「びっくりしたんですよ? クエストで迷宮に来てみたら、君みたいな子猫ちゃんが怪我をして倒れているんですもの……間違って迷い込んじゃったんでちゅか?」


 あまりの美しさに呆然と立ち尽くすベヒーモスに。

 エルフの少女は優しく語りかけると、彼の体を持ち上げ……


 むにゅん!


 自分の胸に抱きしめてしまった。


(で……ッ、デカイ・・・!! なんだこれは!? これではリンゴ……いいや、メロン・・・ではないか!!)


 そう、エルフの少女の双丘はこれでもかというほどに実っていた。


 その階級……まさにメロン級だった。


「ふふ……抱っこされてるのに全然嫌がらない。君はいい子なんですね?」


 胸にちょこんと収まるベヒーモスを見て、エルフの少女が優しく微笑み、いい子いい子と頭を撫でる。


(ふぁ……たまらん。この柔らかな感触、それにこの甘い匂い……そうか、ベッドの匂いはこの娘のものだったのか……)


 この世の天国とも思えるこの状況。

 ベヒーモスは、されるがままに撫でられる。


 そうする内に理解する。

 自分がこうして生きている理由――


 それは、このエルフの少女が助けてくれたのだと。


 見れば、アースドラゴンによる傷が塞がっている。

 恐らく彼女が、回復薬 “ポーション”を使ってくれたのだろう。


(ということは、迷宮で聞いた足音はこの娘のものだったのか。この見た目だし、我が輩を猫だと勘違いしておるのだな)


 ベヒーモスの幼体に関する情報は一般には出回っていない。

 エルフの少女もそれを知らなかったのだ。


「ふふ、眠そうな顔……お姉ちゃんと一緒に、もう一度ねんねしようね?」


 そう言って、エルフの少女はベヒーモスを抱えたままベッドへと向かう。


(添い寝……だと……!?)


 ベヒーモスの体を戦慄が支配する。


 自分を抱きしめる少女はとんでもない美少女だ。

 それこそ生前、彼女ほど容姿の整った女性を見たことがないほどにだ。


 そんな少女が自分を抱き上げ。

 あまつさえ一緒に寝ようとしている。


「ふふ……」


 ベッドに横になると、エルフの少女は再度ベヒーモスを優しく抱きしめた。


 むにゅむにゅ、たぷたぷ、ぷるんぷるんっ。


 ベヒーモスの体全体を幸せな感触が包み込む。


(なんだ、やっぱり天国か)


 幸せな感触、甘い匂い、そして母性すら感じさせる抱擁……

 中身は騎士であれど体は幼体であるベヒーモスは、少女の優しさの中、自然と眠りについていくのであった。

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