魔王大戦 -7人の魔王能力者が殺し合う-
フェイリア
第1話
その日、全ては魔王となった。だが、そのことに気づいた者は誰も居なかった。当の魔王さえも。
7月、比較的涼しい夜。公園のベンチに腰掛ける一人の少年が有り。彼は大きなため息を付いた。
彼は受験を控えた中学生である。この日、退屈な塾を終え、気分転換にこの人気のない公園にやってきたのだ。友人という友人も持たない彼は、このような人気のない場所を好んでいる。
高校受験に合格しても、今度は大学受験が控えている。次に就職。そして会社で働くということが今より楽ということはないだろう。いくら壁を超えても、どこまでも新たな壁がそびえるのだろう。そんなことを考えてしまい、彼は気分が落ち込んでいたのだ。
ひとしきりのリラックスに充足感を覚え、彼はその公園を離れようとした。だが、この日最大の不運が訪れる。公園から道路に続く下りの階段、そこに落ちていたゴミに足を躓かせてしまったのだ。階段を滑り落ち、最後に頭を打ち付けた。激しい痛み。彼は自分の不注意を呪った。
足が動かない。頭と足からは血が流れる。うめき声を上げるが、人は来ない。携帯電話をカバンから取り出そうとするが、意識が遠のいていく。打ち所が悪かったのだろうと彼は思った。彼は死を感じた。体温が下がっていくのが分かった。
不意に感覚が消えた。視界が真っ暗になった。一瞬彼は自分が死んだのかと思った。だがそれは違った。闇の中に漂う彼の精神に、何者かが語りかけた。
「私は魔王だ。そしてお前は私となる。お前は魔王になるのだ。」
「魔王?」
彼の精神は問い返す。魔王は語り続ける。
「私の他に6人の魔王がこの地に降りた。そのすべてを殺せ。そして魔王の力を奪え。」
彼は目覚めた。腕時計を確かめる。公園を発ってから5分も発ってない。そして、怪我のことを思い出した。痛みが消えている。しかし奇妙だ。あらぬ方向へ曲がっていた足は元に戻り、傷もふさがっている。だが血が流れた跡は残っており、痛々しい赤色が体や服を染めている。
彼は立ち上がった。体に力がみなぎる感覚。不意にある言葉が脳にフラッシュバックした。魔王。
彼は悟った。先ほど見た夢は、事実であると。自分は魔王になったのだ。奇妙な感覚だった。夢で語りかけてきた魔王。その魂の体に宿ったのだ。
5分前の彼なら、そんな話は一笑に付しただろう。だが、もう彼は人間ではなくなった。魔王なのだ。だが、感覚で理解できても理性は戸惑っていた。
「僕は魔王だ。」だが魔王とは何だ? 自分は何を理解している? 他の魔王とは? いつも通りに生きていられるのか?
得体のしれない何かになったということを理解できている。だが何故理解できているのかがわからない。奇妙な感覚だ。
直感のまま体を動かす。見えない力を操る。彼の体に見えない力が働きかけるのを意識した。彼の腕が黒い煙に包まれ、やがてそれは黒い有機的な籠手となった。同洋に彼の全身に黒い煙が覆い、鎧となった。『魔王』が馴染んでいくのが感じられた。
彼は道路を走りだした。力のが全身をめぐる。走行する1台の自動車を追い越した。彼の背に、黒い鳥のような翼が形成されていく。彼は跳んだ。翼を動かす。地面が遠のく。
彼は、夜の街を飛んだ。
それから2週間が経った。彼は何くわぬ顔で普段の生活に戻った。だが明らかに彼の能力は飛躍的に上昇していた。あらゆる分野で彼は高い成績を出した。彼は全能感を感じていた。かつてないほどに気分がいい。退屈だった世界が突如として素晴らしい物に見え始めた。だが、どうしても気にかかることがある。
魔王になる時言われた、他の六人の魔王についてだ。あの時魔王は他の魔王を殺せといった。それはおそらく、その6人の魔王というのもまた、自分を殺しに来るということだろう。戦いに備える必要がある。魔王に成って以降、彼は好戦的になった。
まずは自分の能力を試した。人気のない場所は多く知っていた。他人に知られること無く、魔王の力を確かめた。今のところ扱える魔王の能力は、黒煙を発生させ、それを黒色の有機的な物質を作ることだ。液状にすることも金属のように硬くすることも出来る。身体能力、知能も人間だった時よりも上昇している。
「だが、まだ足りない。」
彼は使われていない倉庫で黒煙を弄びながらひとりごちた。この力を使って、人生の壁を超える。もしかしたら世界征服すらできるかもしれない。だがそれは望みではない。人としての幸せを手に入れる。
その願いを実現するため、まずは他の魔王とやらを殺す。安心を手に入れる。黒煙の操作は慣れてきた。もはや手足のように扱える。鎧や武器、翼の出来栄えも良くなってきた。更に磨き上げる。黒煙でマネキンを作り、黒煙で作った鎧を着せる。黒煙で腕を作り、黒煙で作った剣を握らせてマネキンを切る。それを繰り返す。能力の精度は高まる。
その時だ! 倉庫の壁が爆発し衝撃波が彼を襲った!魔王の高速反射により半ば無意識に黒煙で壁を作る! 壁に空いた穴に何者かが歩いて入ってくる。足音が倉庫に響く。
「やっと見つけたぜ。お前も魔王だな?」
その声は若い女のものだ。彼は侵入者を油断なく見た。彼より少し年上の女。彼同様に学生服を着ている。高校生か。だが異様なのは細長い瞳孔を持つ宝石じみた琥珀色の目と、緑色の髪だ。
「お前が僕以外の魔王か。殺しに来たのか。」
「そうだぜ。お前も聴いたんだろう? 魔王は殺し合うことで力を奪い合うって。」
「聞いた。戦う前に聞く。どうしてこの場所がわかった?」
「それはお前が勝ったら教えてやるぜ。それじゃ、始めるか! 私は魔王マレヴォレント!」
彼女の眼が光り、足元に魔法陣が浮かび上がった! そこから全長10メートル、高さ2メートルほどの巨大なワニが立ち上り、彼女を持ち上げる!
「僕は魔王サスペシャスだ。絶対に勝つ!」
彼の全身を黒い煙が覆い、鎧を形成する。黒煙が倉庫中に広がり、無数の剣やハンマーなどの武器を形成、更に黒煙で形成した浮遊する腕に装備!
「一斉攻撃!」
魔王サスペシャスは腕を突き出して命令をする! 魔王マレヴォレントの巨大ワニに、おびただしい数の腕だけの兵士が武器を振り下ろす! 当然その矛先には魔王マレヴォレントもいる! 逃げ場無き集中攻撃だ!
ガキィン! 黒煙武器と巨大ワニの鋼鉄のような皮膚がぶつかり合い甲高い金属音を打ち鳴らす! では魔王マレヴォレントは?
「ワニの中に入った!?」
魔王サスペシャスは確かに見た。命中の寸前、魔王マレヴォレントの体は沈むように巨大ワニの内部に吸い込まれたのだ。
「これが私の能力よ! いわばこのワニは戦車! この中にいる限り私に触れることもできないぜ!」
鰐の口が開き、奥から魔王マレヴォレントの挑発的な声が発せられた。
「だったらワニごと固める!」
宙に浮く無数の武器が黒煙に戻り、巨大ワニをすっぽりと覆った。そして黒い直方体の鉄の塊となり巨大ワニ全体を固めた! これならば呼吸は不可能。いかに魔王といえど、無呼吸状態を維持すれば死ぬ。さらに魔王サスペシャスの能力で作る黒色有機的物体は、その原料である見えない力……彼は魔力と呼んでいる……を通さないことは予め実験している。間違いなく脱出は不可能。しかし……
「浅知恵! 非力! 私のワニの筋力のほうが上だ!」
巨大ワニを取り囲む巨大黒色直方体が砕け散る! その中から巨大ワニが跳び出る! 10メートルほど前方に居る魔王サスペシャスに、彼が今までで経験したことのないほどの速度で突進する!
だが魔王となった彼の目ならその速度にも対応できる! 魔王サスペシャスが腕を交差し防御態勢を取ると同時に黒煙が発生、彼の身長の倍はあろう大きさの壁が出現する!
「だから! そんなの難なく壊せるんだよぉ!」
爆音! 巨大ワニは壁を破壊し、そのまま倉庫の壁を突き破り、屋外に出た! 地面は一直線に抉れ、摩擦熱で赤くなっている。
魔王マレヴォレントはリンクしている巨大ワニの目で周囲を確認する。魔王サスペシャスを轢き殺せなかったのだ。おそらく、壁にヒットする寸前に回避したのだ。
その瞬間、魔王マレヴォレントの直感が働いた!ワニの体を回転させ、横回避! 0.3秒前居た場所に空から1本の黒い槍が突き刺さった! その10メートルはあろう槍は完全に地中に埋まった。針のように一点に集中させた突きだ。回避が遅れていたならば、流石の巨大ワニの装甲でも危なかった。魔王マレヴォレントは回避動作を終え着地するまでにこれらの観察を行った。
「飛べるなんて聞いてないぜ、坊主!」
「この高さには攻撃は届かない! 僕が勝つ!」
やりが突き刺さった穴から、火口を思わせるような大量の黒煙が吹き出し、上空の魔王サスペシャスのもとに登る。そして圧縮し再び魔王の手に槍を形成した!
これまでの黒煙武器とは比べ物にならないほどに圧縮された一本の槍! 魔王サスペシャスはこの魔王マレヴォレント巨大ワニほどの硬い相手は想定していなかった。つまりこの大質量圧縮槍は即興の策である。この戦いのの中で、確実に魔王の力が馴染んできている。
「死ねぇッッ!!」
槍が放たれる! 先ほどの投擲よりも速い! 回避タイミングを誤らせる目的で、あえてパワーをセーブしていたのだ! しかし彼の予想は外れる。
巨大ワニが跳んだのだ! これはワニではなく、魔王の巨大ワニである。常識は通用しない! 巨大ワニに槍が突き刺さる! だが跳躍の勢いは衰えず、そのまま空中の魔王サスペシャスの足元まで近づく!
魔王サスペシャスは上昇回避を試みるが、巨大ワニが早い! その大顎が魔王サスペシャスの足に噛み付いた!
「ヴヅァァーッ!!」
呻き声! 巨大ワニは食らいついたまま離れず、両者は落下!
「魔王サスペシャスを侮るなぁぁッ!」
魔王サスペシャスの籠手が刀に変形する! この場で巨大ワニを切り離すことは不可能。落下の衝撃程度、魔王の体なら耐えうる。しかし地上では魔王マレヴォレントの圧倒的有利。、魔王サスペシャスが再び飛翔するより早く、巨大ワニに食い殺されるだろう。ならば自ら足を切断し、空中に逃れるべき!
「逃さねぇぜ!」
巨大ワニから魔王マレヴォレントの上半身が出現! 魔王マレヴォレントの腕を掴み、封じる!
「私のワニのボディを貫いたのは褒めてやるぜ。だが肝心の中身に当たらなければ無意味ッ!」
そして両者ともに落下! 轟音! 振動! 魔王サスペシャスの上半身がちぎれ、吹き飛ぶ!
両腕を失った魔王は腕で地面を殴り、飛び上がろうとするが、巨大ワニがその両手両足が多く見えるほどの速度で接近し、のしかかる!
魔王サスペシャスの動きは封じられ、巨大ワニの口が彼の頭を挟んだ。牙が魔王サスペシャスの頭蓋骨に、めり込んでいく。
「よぉし、王手だぜ。なにか言い残すことは?」
ワニから脱した魔王マレヴォレントは楽しそうに大鰐の口の中に問いかける。
「……。魔王になって、楽で幸せに生きられると思ったけど、そんなことなかった。結局、壁があるんだな。ダメな奴は何やってもダメか。」
彼は笑った。
ワニの牙が、魔王サスペシャスの頭を噛み砕いた。
だが、最期の抵抗か、その体に装備されていた黒い鎧などが弾け、魔王マレヴォレントの目に突き刺さった。魔王サスペシャスは死んだ。
「ガァッ……。痛ってぇ、目が潰れちまった。」
魔王マレヴォレントは低く呻いた。その時、魔王の死体は極彩色の光の粒子となり、勝利した魔王の体に吸い寄せられた。
「ほほーぅ、なるほどなるほど。こうやって倒した魔王の力を奪うわけか。いいぜ! いいぜ! 昂ぶる! 漲る! 血が躍るぜ! ハハ―ッ!」
彼女は新たに憑依した魔王の意志を感じ取る。
「へぇ、この力はこんな風にも使えるのか。真っ先に倒せて正解だったな。」
魔王マレヴォレントの周囲に黒い煙が渦巻く。黒煙が彼女の潰された目に流れ込み、黒い眼球を生成した! そして黒い翼を作り出し、魔王の背に装備される! 羽がはためき、黒煙を散らす! 魔王マレヴォレントは浮かび上がる!
「眼が見えるぜ! 飛べるぜ! コイツはいきなり最強だぜ!」
魔王は夜の空に消えた。
数時間後、深夜。傷跡の残る廃倉庫にて。
不審な騒ぎを聞きつけ、何人かの市民が集まっていた。
「こりゃあ酷いな。何があったんだ?」
「何かが飛んでたって聞いたぜ。ん? なにか明るく……」
「いや、これは熱……」
野次馬は一瞬で焼死した! 倉庫は炎上した!
空から一本の光の柱が降り注ぐ! 空には円周状に青空が開いた。そしてそこから一人の人間が、その場にゆっくりと降り立った。
赤色の長い髪、赤色の服の少女である。
「早速魔王同士の戦いが始まったみたいね。ウフフ、上手くいってる。」
光が止んだ。野次馬焼死体を気にも留めず、少女は歩き出す。
「まあ、上手くいって当然だけどね♪」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます