第68話 勇者面接・結果発表
魔王城にて、二人の男が対峙する。
色白のおっさん、魔王フユショーグン。
金髪赤眼の眉目秀麗な青年、"英雄王"ユキ。
コタツを挟んで一対一。勇者面接の結果報告が始まった。
「はっはっは! 老けたなトウマ!」
「それ普通に傷付くからやめな? あと、お前が変わらなさすぎるだけだから。」
「何とかの加護とかいうやつがあってな。歳を取りづらいらしい。」
「ズルいよなぁ、お前。変な能力いっぱいもらってて。まぁ、世間話は程々に。ミルクと砂糖多めのコーヒーでいいか?」
「それそれ。久し振りだなぁ。」
慣れた様子で魔王はコーヒーを淹れて、砂糖とミルクを用意する。
昔に勇者ユキが訪れた時と同じ、甘めのミルクコーヒーを出せば、ユキは懐かしそうにカップから漂う香りを楽しんだ。
ユキは一口ぐいとコーヒーを飲むと、満足げに頬を緩ませる。
「あ~。やっぱこれだな。」
「クッキーとかあったっけな。」
「いいな。くれ。」
「相変わらずだなお前。」
ゲートを開いてクッキーの缶を取り出し、魔王は雑にユキの前に置く。
ユキも手慣れた様子で缶を開けると、遠慮なしに早速クッキーを頬張った。
「あ~~~。久し振りに生き返る~~~。」
「王様ならもっと良い物食ってるんじゃないのか。」
「言うほど良い物食べてないぞ。そもそもお前の持ってる余所の世界の食べ物が美味すぎるんだ。」
「そうなのか。まぁ、食い物の話はそれ位にして、本題に入ろうか。」
「んむ。ほうらな。」
「いや、喋るのは食ってからでいいから。こっちが話すから聞いてろ。」
ハムスターみたいになっているユキを制止して、魔王は自分から話し始めた。
「お前が面接しろと言ってきた勇者候補生三人。話してみたがまぁ大丈夫なんじゃないかなというのが俺の抱いた感想だ。持っている能力もかなり興味深かった。」
「ほ~ん。」
「お前が俺に何を確認して欲しかったのかは知らんが、まぁ別にいいんじゃないか。トーカに見せたが邪な考えを持っているようでも無かったし。」
しばらくモグモグとした後にごくりとクッキーを飲み込み、ふぅと一息ついてニッとユキは笑った。
「そいつは良かった! お前が大丈夫だと言うならまぁ大丈夫だろ!」
「適当だな……。あっちも困惑してたぞ。いきなり魔王と面接させられて。」
「そうか。それは悪い事をしたな。」
はっはっは、と大らかに笑い、今度は突然コタツ布団をぺらっと捲るユキ。
「シキが猫になったんだって?」
「あ? ああ。シキが猫になったのか、シキが猫を産みだしたのか知らんが。」
「シキの存在はお前にしか認識できないんだろ? 猫になったのか、猫を産みだしたのかくらい分からないもんなのか?」
「あれは多次元に跨がって存在してる異質な物質だからな。大枠の形は認識できるが俺もそこまでハッキリと認識できている訳じゃない。この封印の中に居る事だけは確かだが。」
ユキはもぞもぞとコタツの中をまさぐり、やがて「いた!」と声を上げるとひょいとコタツの中から黒猫を取り出す。
ぐでんと垂れ下がるように身体を伸ばして、黒猫シキは無抵抗にコタツの中から引っ張り出された。
「こいつか! 本当に猫だな!」
「随分あっさりと捕まえたな。」
「何とかの加護で動物に好かれやすいみたいでな。大体なんでも初見で手懐けられる。」
猫を目の前まで持ち上げて、「やぁ!」と挨拶をすれば、シキも「にゃあ」と鳴き返す。会話ができている訳ではないのだろうが、特に抵抗する意思を見せていない辺り、シキも嫌がっている訳ではないらしい。
ユキは一言挨拶したらすぐにシキを下に降ろす。すると、シキはそそくさとコタツの中に戻っていってしまった。
「この猫がシキで、完全に猫になってくれれば楽なのになぁ。」
「まぁな。ただ、破滅の未来は未だに覆っていないみたいだ。若干変わりはじめてはいるようだが。」
「変わってるなら良い兆候だな。」
「お前は暢気で羨ましいよ。」
「まぁ、お前の事を全面的に信頼してるからな。」
「そういう事恥ずかしげも無く言うよなお前。」
魔王が複雑な表情で言えば、ユキはハハッと爽やかに笑う。
「今更だけど、面と向かって話すのは久し振りだなぁ。おっさんになったトウマを見ると時間が経ったんだなぁと感じるよ。」
「俺はお前が変わらなさすぎて昔のままの気分だよ。」
「そうか? ちょっと王様っぽくなってないか? 威厳とか出てないか?」
「いやぁ……全然。」
「ハハハ! 悔しいけどよく言われるんだよなぁ! 全然威厳がないとか!」
「……俺もよく言われるからお前の事笑えないなぁ。」
英雄王と魔王。全く逆の位置に立つ二人だが、何処も似ていないようで何処か似ている不思議な関係。
それ故に、初めて勇者と魔王として出会った時からすぐに打ち解け、共に大きな課題に立ち向かう戦友となれたのであろう。
かつてもこうしてコタツを挟んで様々な話をした事を思い返しながら、魔王と英雄王は目を見合わせて軽く笑った。
「そっちの王としての仕事の方はどうなんだ。」
「いやぁ、一杯一杯だよ。魔物倒してた時の方が楽だった。根本的に事務仕事に向いてないと痛感したよ。預言者一族の問題も野放しにしてたしね。あれ、トーカちゃんが解決してくれたんだろ? 助かったよ。」
「いや、あいつが勝手に暴走しただけだ。結果としてはこの国の膿を出す良い成果に繋がったが、一歩間違えれば大混乱だった。キツく叱っておいたよ。」
「結果良ければ全て良しじゃないか。叱るの可哀想だろ。」
「お前なぁ。そういう身内に甘すぎるところが王として駄目なんじゃないか?」
「ハハハ! 耳が痛いな! コーヒーおかわり!」
「はいはい。」
魔王は呆れつつもコーヒーカップを受け取り、再びコーヒーを淹れてやる。
その様子を眺めながら、ユキはぽつりと呟いた。
「もうすぐシキの一件は片付くと思うんだ。」
「……まぁ、大きく進展はしてるな。」
「それが片付いたらお前はどうする?」
「どうして急にそんな事を聞くんだ?」
砂糖とミルクを入れたコーヒーを差し出しながら、魔王は逆に聞き返した。
「シキを抑え込むのに適した環境だからお前は此処にいるんだろ? シキが無力化できたらもう帰るのかなって思ってな。」
「なんだ寂しいのか?」
「元より大して顔を合わせてもないから寂しくはないな。」
「薄情者め。」
「ただ、このコーヒーが二度と味わえないと思うとちょっと残念だなと思った。」
「現金な奴め。」
魔王はじろりとユキを睨みつつ、ふむ、と顎に手を当てた。
「まぁ、今の課題が片付いたらもう此処にも用は無いな。かといって、故郷が何処にあるのかも忘れてしまったし、今更帰る場所もない。またふらふらと色んな世界を彷徨うかな。」
「お前は大分此処に拠点を置いていたが、何か思い残すこととかはないのか?」
「なんだ、今日はいやに感傷的な話題を振るんだな。らしくないぞ。老けたか?」
「言われてみれば確かにそうだ。僕も老けたのかも知れないな。」
コーヒーを啜りつつ、ははと小さくユキが笑った。
その"らしくない"空気に魔王は少し困った様に眉を曲げつつ、はぁ、と呆れたフリをして溜め息をついた。
「まだシキの課題が解決出来るとは決まってないんだ。そういう話はまだいいだろ。」
「それもそうだな。」
今後の事は分からない。全てが終わった後の話を二人はこれ以上しない事にした。
「とりあえず、あの三人には協力を頼む、って事でいいかな?」
「ああ。先の三勇者のように任命式とかやるのか?」
「うーん。まぁ、そこはちょっと話し合ってみる。預言者周りのゴタゴタもあるから発表の仕方も考えないといけないだろうし。」
「そうか。先にこっちで借りてもいいか? 先にシキの件伝えてしまっていいかなと思ってるんだが。」
「そこはお前の判断に任せるよ。シキを悪用するような人間には思えないから、僕はいいと思うけど。」
魔王と英雄王は、全てを終わらせる為の今後の話をした。
新たに勇者も三人増えて、全ての終わりに向けて物語が動き出す。
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