第五十九話 クライアント?

 石光を見送った俊が玄関からリビングに戻ると冴子は俊が手にしているノートが気になった。

 「何それ?真紀ちゃんと交換日記でもするの?」

 「今時、交換日記て……。これは学校の課題だよ。ご存知の通り、俺はボッチだからね。垂れ下がった蜘蛛の糸にすがるように、真紀を頼ったわけだ」

 「え……?あんた呼び捨てなの?」

 冴子が若干引き気味に驚いていると、俊は肩をすくめて続ける。

 「呼び捨てにしてくれって本人の希望なんだよ。俺だって好きで呼び捨てにしているわけじゃない」

 「へぇ~、じゃあ今度真紀ちゃんに確認してみるわ。いいねぇ、着々と仲良くなってるね」

 冴子がニヤニヤすると今度は俊が引き気味に後ずさりし、自分の部屋に戻るわといって自室に向かった。俊は自室に戻ると机に向かい、石光から渡されたノートを開いて書かれている内容を吟味した。

 (……なんか、すごく頑張ってるな……)

 俊はノートに書かれている内容から石光のインテリジェンスにかける情熱を垣間見ることができ、何か見返りを適度に考えていかないといけないなと思案した。

 


 次の日の放課後、石光は提出し忘れていた進路希望調査アンケートを持って職員室にいる担任である甘粕のところを尋ねていた。

 「先生、遅れてすみません」

 「お、石光。珍しいよな、お前が提出遅れるなんて」

 「ちょっと、忙しかったもので……」

 そういって石光は苦笑いをし右手で後頭部をさすっていると、甘粕が何かを思い出した。

 「あ、そういえばこの前の中間テスト、学年でもかなり上のほうだったぞ。すごいな」

 「いやぁ……たまたまじゃないですかね」

 甘粕の問いに引き続き苦笑いを続けて応えていると、甘粕の隣の席に座っていた同僚教諭が声をかけてきた。

 「先生のクラス、勉強熱心な子が多いですよね。羨ましいかぎりです。ほら、物理分からないですって、よく甘粕先生のところに聞きに来る生徒いるじゃないですか。口調も礼儀正しくて賢そうな印象がありますよね」

 「本人は頑張ってはいるみたいですけどね」

 甘粕がそっけなく答えると同僚教諭が続ける。

 「え?彼も成績がいい方だと思ってました」

 「……うーん、まぁ、これ以上は個人情報になりますので差し控えさせてもらいます」

 甘粕が笑みを浮かべて答えているが内心はひやひやであった。俊との接触について詮索はされたくないので、あまりその話は振られてほしくなかった。

 そのやり取りを聞いていた石光は色々と思うところがあり質問してみた。

 「へぇ、そんな人がクラスに居るんですか」

 「まぁ、本人は頑張ってるみたいだけどね」

 「……彼ってことは男子?……口調が礼儀正しい?……見当つかないな」

 石光が腕を組み宙を見上げて考えていると、甘粕が受け取った進路希望調査アンケートをクリアファイルに入れ自分の机の引き出しにしまいながら答えた。

 「石光とはあまり話したことないんじゃないか」

 「でも、先生と話すときはみんなそれなりに礼儀正しくはなるのでは?先生の主観で私と話したことが無さそうな人ってことですね?」

 「……まぁ、これ以上は個人情報になるから」

 石光の質問に対し、甘粕は一寸止まってから苦笑して答えた。

 「そうですね、控えます。それでは失礼します」

 そういって石光は踵を返して職員室を出ていった。

 (最後の質問の時、甘粕先生が答えるまでの沈黙は5秒程度かな?『これ以上は個人情報になるから』って説得セリフだよね。クラスターの可能性が高い。その生徒のことを知られたくないんだろうな。でも、それは他の先生に質問するか職員室を張っていれば分かること。その生徒との関係性を知られたくないのかな?……まだ確証は得られないけど、その生徒って俊君だよね。よく先生のところいってるんだ……俊君のいっていたクライアントの一人って甘粕先生かな?私が登校拒否とかになったら不利益被るの甘粕先生だし)

 石光は甘粕に対しカマをかける質問をして様子を窺ったのである。CIA尋問官のクラスタールールを用いて甘粕が何かを後ろめたいことがあると判断した。クラスタールールとは、質問後5秒以内に嘘をついていると思われる欺瞞行動を1回、次の質問をするまでに更に欺瞞行動を取った場合をクラスター(塊)とし、嘘をついていると判断する方法である。石光は沈黙を質問後5秒以内の欺瞞行動と捉え、『これ以上は個人情報になるから』を説得セリフとし欺瞞行動としてクラスターの成立とした。

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