第三十五話 一服

 昼休みになっても絡んでこようとする石光に対し、購買で昼食を買わないといけないという理由をつけ、必要最低限の荷物を持って教室から逃げ出した俊は、誰にも気づかれない人通りの少ない階段から校舎の最上階まで上がった。侵入禁止となっている屋上へ出るためのドアの前まで到着すると、甘粕から借りている鍵を取り出し、誰にも見られていないことを確認するとドアの施錠を外し屋上へ出た。

 (……まったく、しつこくてたまらんな……あんまり酷いようだったら、いじめないでくださいとかいってみるか?まぁ、そこそこ効くだろうな、石光には)

 俊はそんなことを考えながら、背負っているバックパックを降ろして、地べたに座り込む。バックパックから、登校前にコンビニで買ってきたサンドイッチとミネラルウォーター、お湯を沸かすためのアウトドア用のバーナーと大きさは15~20cm程度のピストン形状の器具とマグカップと黒い袋を取り出した。

 (……ああ、いい匂い)

 俊は黒い袋を鼻先に近づけて匂いを堪能してから床に置くと、バーナーを組み立てて水を注ぎ、点火した。次にピストン形状の器具を組立てると、黒い袋からスプーンで黒い粉を取り出し、器具の中へ入れる。お湯が沸くと器具の中に注ぎ込み、ステーで軽くかき混ぜてから30秒ほど待ち、器具にフィルタをとり付ける。フィルタ側をマグカップに差し込むとピストンを押し込んで中にある液体を抽出し、マグカップを鼻先に運び、匂いを楽しんでから液体を啜った。

 (……うぅうん、ファッキンデリシャス!)

 俊はサンドイッチを食べながら、マグカップの中のコーヒーを啜って一息つく。

 (いやぁ……遠くの景色を眺めながらコーヒーを啜るのは落ち着くね。リフレッシュしないと疲れがたまる一方だ)

 マグカップを口元に近づけて目を瞑り、ゆっくりと呼吸をして鼻から空気を吸い込む。コーヒーの匂いを堪能しながら思考を巡らす。

 (さっきはしくじったな……。藤原の名前が出てきて反応してしまった。石光にそこのことを突っ込まれるだろうから、当たり障りのない言い訳を考えておこう。あとは、甘粕先生へ報告しないとな、一週間近く放置してた。石光へのイジメがすぐ止んだことを不思議に思っているだろうなぁ。石光の監視の目があるから隙をついていかないと。授業で分からないところがあったから質問しに行った体でいいんだけども、石光は勘が鋭いからな……。というかなんだろう察する能力が凄いのか?……そのうち、ニュータイプみたいになるのか。勘弁してくれ、勝てっこないだろそんなの)


 一方、教室では石光は小島と辻と一緒に昼食を取っていたが、小島は明らかに不機嫌そうな顔をしていた。

 「真紀はなんで小野寺のところばっか行くの!?」

 小島は不貞腐れた声で質問すると、石光は右手の人差し指を顎に添えて宙を見上げる。

 「うーん、気になるから?」

 そう答えると、辻が少し驚いた様子で石光に話しかける。

 「真紀って、あんまり積極的に何かするってイメージなかったけど、意外……」

 石光は二人の顔を交互に見てから質問する。

 「碧も咲良も小野寺君のことを悪くいうけど、実は結構話していたりとかするの?私の見えないところで」

 「……はぁ?そんなわけないでしょ?ああいう喋り方の奴が気に入らないのよ。丁寧なしゃべりで大人な対応できますよって、他の奴らを見下してるだけよ、あんなの」

 小島は石光の問いに対し石火の回答をした。それを聞いていた辻は、言い訳する手間が省けたといわんばかりに、そうそうと相槌を打つ。二人とも小野寺に弱みを握られているが、石光に言えるわけがなく、しょうもない悪口をいって溜飲を下げる程度しか出来ない。

 「そんなもんかなぁ?しばらく話してみて思ったことだけど、あまり構ってほしくないから、ああいう喋り方や態度をしてるんじゃないかなって思ってる」

 石光がこれまで俊と話してきたことを元に分析内容を小島と辻に話すと、ふぅーんと素っ気ない返事が返ってきただけだった。

 「そうだ、今日さ、学校終わったら久しぶりに3人で遊ばない?」

 辻が話題を変えて提案すると満場一致で決まった。最近色々あって3人で集まって何かをすることがなかったので誰からも異論はでなかった。

 

昼休みが終わる2~3分前に俊が教室に帰ってくると、石光、小島、辻の3人で談笑していたが、石光は帰ってきた俊に対して、じとっとした目線を送った。

 (はぁ……ホント、目を付けられてるっていうのがよくわかるわ……)

 俊は表情には一切出さず、心の中で溜息を付いた。

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