第15話 砂漠の虹
すべてのモザイク液を吸い込んだ少女セクメトが、
その様子は少し
少しの間、呆然とその様子を見送っていた僕はハッと我に返り、背後を振り返った。
ミランダとジェネットは僕を押し出してくれた後に力尽きてしまったのか、すぐそばに倒れたままピクリとも動かない。
「ミランダ! ジェネット!」
僕は彼女たちのそばにしゃがみ込もうとしたけれど、それは叶わなかった。
なぜなら僕はもうほとんど体が動かなくなっていたからだ。
「うぅ……」
僕の全身はモザイクを浴び過ぎたせいで、すでに消えかかっていた。
そして気付けばライフゲージは最大値が1となっていて、もうモザイク除去のための余力も残されていない。
セクメトを復元するために力を使い切ってしまったんだ。
そしてミランダとジェネットもモザイク液を体中に浴びた影響で、今や消えかけていた。
僕らは皆、傷だらけで、今まさに命の灯火が消えようとしていた。
くっ……今度ばかりは僕だけじゃなくてミランダもジェネットも無茶をし過ぎたんだ。
もう僕の力でもどうすることも出来ない。
セクメトの猛威から世界を守ることは出来たけれど、その代償はあまりにも大き過ぎた。
結局、僕は大事な友達を誰も救うことが出来なかったんだ。
そのことが悲しくて僕はたまらなくなり、叫び声を上げた。
「ううう……うああああああああっ!」
その時だった。
僕の額にポツリと何かが落ちてきたんだ。
……雨?
それは僕の頭や顔、体全体にポツリポツリと降り注ぐ。
頭上を見上げると、天井に開いた大穴から雨が降り注いでいた。
ど、どうして雨が……。
不思議に思った僕だったけれど、降り注ぐ雨粒は光り輝いていて、それを浴びた僕やミランダ、ジェネットの体も光を帯び始めていた。
僕は目を見開く。
見上げる空には光の粒子が広がっていて、そこから光り輝く雨を地上に降らせていたんだ。
これはまさか……セクメトの?
その光の粒子が先ほど消えたセクメトの体から発されていたものだと僕はすぐに理解した。
そして驚くべきことが起きたんだ。
僕らの体を包んでいたモザイクは、光の雨を浴びるとスゥーッと消えていく。
消えかけていた僕らの体は、再びその存在を取り戻したんだ。
さらにミランダとジェネットの失われた両足が光の雨を浴びて元通りになっていく。
2人は本来の可憐な姿を完全に取り戻していた。
僕は呆然とその様子を見つめながら、感嘆の声を上げた。
「す、すごい……」
光の雨によってその体を復元したミランダとジェネットは同時に目を覚ました。
2人とも何が起きたのか分からないというように
2人とも無事だ。
そのことが嬉しくて胸がいっぱいになり、僕は言葉がうまく出せず、ただ黙って2人を見つめていたんだ。
胸にこみ上げてくる感情を必死に抑えるけれど、どうしたって目頭は熱く、視界は
そんな僕の顔を見てミランダが顔をしかめた。
「アル。あんたその泣き虫のクセを直しなさいよ。この誇り高き
「まあアル様は何をどうやってもカッコつかないですけどね。ウフフ」
「それもそうね。ハハハ」
コラッ!
いつもはケンカばっかりしてるくせに、こんな時だけ意気投合するな!
それでも僕は2人の変わらぬ様子に
ゲームオーバーとなって消えていったセクメトの体から生じた光の粒子は、キラキラとした帯のように空を流れて降り注ぐ。
それはまるで昼の空に現れた流星群のようだった。
僕は座り込んでいるミランダとジェネットに手を差し伸べる。
「さっきはありがとう。2人がこの手を
僕がそう言うとミランダとジェネットは互いに視線を交わして肩をすくめながら僕の手を取る。
「それをあんたが言う? 無茶を専売特許にしてるようなあんたが」
「そうですよ。アル様には人を無茶だと言う資格はありません」
うぐっ。
それを言われると何も言い返せませんが(汗)。
僕は口々にそう言う2人を引っ張り起こし、3人でエントランスの外に出た。
僕らの体に降り注ぐ光の雨は温かく、浴びる肌を優しく
そしてそこから見える光景に僕ら3人とも無言のまま見入っていた。
光の雨が降り注ぐ砂漠に、次々と街並みが復元されていく。
砂漠都市ジェルスレイムがその姿を取り戻していく。
その様子を見つめながら僕は、セクメトとのやり取りのことやあの光の粒子がセクメトの体から発したものであることをミランダとジェネットに説明した。
すると僕の話を聞いていたジェネットの左手首にかけられた緑色のリングが唐突に輝き出したんだ。
それは消えてしまったアビーが残した彼女の首輪であり、光の雨を浴びて反応するかのように
「ジェネット。それって……」
驚く僕の言葉にジェネットも
すると首輪は降り注ぐ光の雨を浴びて目も
ううっ!
僕は目を開けていられずに、うつむいていたけれど、すぐに光は収まった。
「ア、アビー……」
聞こえてきたのはジェネットの震える声だった。
僕はまだ閃光の残像が残る視界の中、うっすらと目を開ける。
そこには一人の少女が立っていたんだ。
腰の下から生えた
その首には緑色に輝く首輪がはまっていた。
僕は胸がつまるほどの喜びに震えながら、その獣人の少女の名を呼んだ。
「アビー!」
消えてしまったアビーが、その小さな体に光の粒子をまとって
ジェネットが弾かれたようにアビーに駆け寄って、その体を抱きしめる。
「アビー! まったく……まったくあなたは心配ばかりかけて」
涙声でそう言いながらジェネットはアビーの首もとに顔をうずめた。
「うひっ! シ、シスター。ハグは嬉しいのですが〜、これでは怪力ベアハッグで圧死してしまうのです〜」
「誰が怪力ですか!」
ジェネットは容赦なくアビーの頭をパシッとはたくと、今度はその頭をクシャクシャに
「心配したのですよ。でも、アビーのおかげで私たちは助けられました。ありがとう。心から感謝いたします。でももう無茶はいけませんよ。あなたは私の大切な友人なのですから」
そう言われてアビーは嬉しそうに目を細めていた。
そんな彼女たちに近付こうとした僕は、少し離れた場所で所在なさげにしているミランダを見た。
そして思わず僕は苦笑すると、ミランダに歩み寄ってその手を取った。
「な、何よ。アル?」
驚いて顔を上げるミランダに構わず、僕はそのまま彼女を引っ張っていく。
「いいから。僕ら2人ともアビーに助けられたんだよ?」
僕がそう言うとミランダは仕方なさそうについてきた。
そして僕らがジェネットとアビーの前に立つと、アビーは
「アルフレッド様にミランダさん〜。ご無事で何よりです〜」
「アビーのおかげだよ。僕もミランダも君に助けられたんだ。感謝してもしきれないよ。本当にありがとう」
「なんのなんの〜。消えている間のことは何も覚えていないのですが〜、またアルフレッド様の奮闘があったからアビーもこうして戻ってこられたのかと。感謝はお互い様です〜」
アビーは照れくさそうにそう言った。
「アビーが消えちゃって悲しかったんだよ。戻ってきてくれて本当によかった。ほら。ミランダも」
僕がそう促すとミランダはしかめっ
「フン。た、助かったわよ。礼は言ったからね」
何だその子供みたいな態度は(呆)。
僕が
「あれは魔女語です。通訳しますと『アビーのおかげで命拾いしました。泣いて感謝します。今後アビーのために何でもするわ』ってことですからね」
「おお〜。それは吉報です〜」
「コラッ! この腹黒
やれやれ。
そんな女子たちのやり取りを横目に、僕は復元していく街並みに目を移す。
光の雨は降り続き、ジェルスレイムの街は見る見るうちに元の姿を取り戻していく。
これは僕の持っている復元の力をさらにパワーアップさせたような超復元力だった。
破壊こそがその本懐であるはずのセクメトがどうして光の粒子となって街を復元してくれたのかは分からない。
何か理由はあるはずなんだけど。
そんなことを考えていた僕だけど、視界の中に動くものを捉えて思考を中断した。
「ん? 何だ?」
僕は目を凝らす。
すると復元していく街並みの中に、何人かの人の姿があったんだ。
「ひ、人だ……」
僕は思わず我が目を疑った。
これまで建造物や自然物は復元できたけれど、キャラクターを復元できたのはアビーだけだ。
唖然として街並みを見つめていた僕は気が付いた。
遠くに見えるオアシスサイドのレストラン付近にも多くの人の姿が復元していた。
「消えた人たちが……元に戻ったんだ」
そう
「アル様?」
「アル! どこへ行くのよ」
驚くミランダとジェネットの声にも振り返ることなく、僕は声を張り上げた。
「アリアナが……アリアナが帰って来てるはずなんだ!」
そう叫ぶと僕は無我夢中で砂の都を駆け抜けていく。
途中ですれ違う人達の中には、僕が見たことのある人達もいた。
あれはモザイクで消された
彼らは皆、どうして自分がここにいるのか分からないといった表情を浮かべている。
やっぱり、モザイクで消された人が戻ってきてる。
僕の胸に希望の火が灯った。
アリアナだって、きっとアリアナだって戻って来てるはずなんだ。
僕が目指すのはさっきアリアナが消えてしまったオアシス近くの砂丘だった。
そこなら、そこだったら……。
だけど、街中を駆け抜ける僕の足は少しずつ速度を失っていった。
なぜなら砂丘は見えてきたけれど、そこには誰の姿もなかったからだ。
そ、そんな……。
僕はそれでも走り続け、ようやく砂丘にたどり着いた。
そしてがむしゃらに砂丘を登り、その頂点へと駆け上ったんだ。
と同時に僕はその場にガックリと膝をついた。
「アリアナ……」
僕がその名を呼んだ彼女の姿は、砂丘のどこにもなかった。
足が重いのは走り続けてきたせいだけじゃない。
そこにいると信じたアリアナの姿がどこにもなかったからだ。
僕はガックリとうなだれた。
どうしてアリアナは……。
砂丘の下では僕の後を追ってきた3人の少女たちが僕を見上げている。
力なく彼女たちを見つめる僕は、そこであることに気が付いたんだ。
僕が今駆け上ってきた砂丘の中腹に、何かが埋まっていた。
それはほんのわずかに砂の中から先端を
あれは……もしかして。
僕はおぼつかない足取りで砂丘を駆け下り、ほとんど身を投げ出すようにして砂丘の中腹に到達すると、慌てて砂を掘り始めた。
目当てのそれはすぐに砂の中から掘り出すことが出来た。
「こ、これは……アリアナの」
僕が掘り当てたそれはアリアナが身に着けていた薄い水色の手甲だった。
アリアナが消える間際に落としていったのかな。
それを握り締める僕の脳裏にアビーの首輪のことがよぎる。
「もしかしたら、もしかするぞ!」
僕はすぐさまアリアナの手甲を、光の雨が降り注ぐ頭上へと掲げた。
アリアナ。
僕の大切な友達。
戻っておいで。
僕が天に向かってそう願ったその時だった。
アリアナの手甲が
「うわっ!」
強烈な光に顔を照らされて僕は思わず手甲を落としてしまった。
「ひ、拾わないと……」
僕は閃光を浴びて目が見えなくなりながら、しゃがみ込むと砂の上を手探りで手甲を探した。
すると……僕の手が触れたのは手甲ではなくて誰かの手だった。
その手は少し冷たかった。
そしてその冷たい手は僕の手を優しく握ってくれたんだ。
「アル君」
それはよく聞き慣れた、だけど久しぶりに聞いたような少女の声だった。
そして僕が今一番聞きたい声だった。
ゆっくりと目を開けると、僕の目の前には手甲を身に着けた少女の姿があった。
僕はそんな彼女の姿を確かめるようにじっと見つめると、その存在を感じ取りたくてしっかりと手を握り返した。
「アリアナ……おかえり」
僕の声に
「ただいま。アル君」
そう言う彼女の向こう側には砂漠の空が広がっている。
砂漠に降り注ぐ光の雨が、乾いたその空に
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