第14話 魔女のプライド

「ミランダァァァァァァ!」


 僕は自分でも驚くほど大きな叫び声を上げていた。

 その声は岸辺のミランダにも届いたようで、彼女はゆっくりとこちらを見る。

 疲弊してはいるものの、その顔から戦意は失われていない。

 そして僕の姿に気が付いたミランダは口元にかすかな笑みを浮かべると、身を震わせながら立ち上がった。

 彼女の声がレストランの大型モニターを通して聞こえてくる。


「フンッ。見てなさい。アル。私が勝つところを」


 ミランダはそう言って黒鎖杖バーゲストをアリアナに向けた。

 するとテラス席に座っている観客たちから失笑が漏れる。


「勝つところって。無理ゲーだろ」

「さすがになぁ」


 背後から聞こえるその声に僕の心はささくれ立った。

 だけど僕は苛立いらだちを抑えてミランダの挙動を見守る。

 彼女は勝つと言ったんだ。

 ライフも残り10%になってしまった今のミランダの危機的状況を考えれば、誰がどう見ても強がりかもしれない。

 でも僕は……僕だけは彼女の勝利を信じている。

 だってミランダは勝つって言ったんだ。

 だから僕はその言葉を信じる。

 家来の僕が信じないで、他の誰が信じるっていうんだ。


 テラスのさく欄干らんかんを両手で強く握りしめる僕の視線の先で、ミランダは残り少なくなった魔力を体中に充満させて、体を凍結させている氷を全て溶かした。

 その顔は気迫に満ちている。

 強がりなんかじゃない。

 ミランダは本気で勝つ気なんだ。


 そんな彼女の戦意をへし折ろうと、アリアナが突進してトドメを刺しにかかる。

 ミランダは素早い動作で指先から闇閃光ヘル・レイザーを放った。

 だけどアリアナはそれを先読みして体勢を低くし、スライディングのような恰好かっこうでこれを避けようとする。

 わずかに避けきれず、こめかみ近くをかすめた闇閃光ヘル・レイザーに肌を焼かれながらも、そのままアリアナはすぐに体を起こして一気にミランダに迫った。


 僕の体に緊張が走る。

 ミランダはもう一撃でもクリーンヒットを浴びたらゲームオーバーだ。

 だけど彼女は臆することなく魔力で大きく飛び上がった。

 アリアナもこれを逃すまいと追撃して飛び上がる。

 だけどアリアナの優れた跳躍力でも、魔力でグングンと上昇するミランダには追いつけない。

 

 するとアリアナは空中に永久凍土パーマ・フロストをいくつも発生させ、これを足場にしてホップ・ステップ・ジャンプと上空へ舞い上がる離れわざを見せた。

 いくつもの巨大な質量の凍土が空中に発生しては、重力によって湖に落下してものすごい飛沫しぶきを上げた。

 空中を落下する凍土を足場にアリアナは、凍土から凍土へと飛び移ってどんどん高度を上げていく。

 そしてついにミランダを追い越してその頭上を取ったアリアナは、凍土を蹴ってミランダに襲い掛かった。

 や、やばい!


 だけどそこでミランダが不自然な動きで急降下したんだ。

 まるで何かに引っ張られるかのような……えっ?

 見ると彼女の着ている深闇の黒衣ヘカテーの腰の辺りを何かがつかんでいて、ミランダを急激に引っ張り落としたんだ。

 それは地上からまっすぐに上空まで伸びる一本の黒い手だった。


「カ、亡者の手カンダタだ!」


 ミランダはあらかじめ亡者の手カンダタを使って自分の衣服をつかませ、それを利用してワイヤーアクションのように急降下したんだ。

 で、でもあんな速度で落下したらミランダは……。

 そんな僕の心配は無用だった。

 地上では湖上にはすの花のごとく展開された無数の黒い手がクッションとなって彼女を受け止めた。

 そしてミランダは間髪入れずに上空から落下してくるアリアナに向けて闇閃光ヘル・レイザーを放った。

 

 空中で体勢の悪いアリアナは永久凍土パーマ・フロストを発生させる間もなく、氷結拳フリーズ・ナックルを体の前で交差させて懸命の防御体勢を取る。

 闇閃光ヘル・レイザーはアリアナの凍てついた両拳に当たって弾かれたけれど、空中で足の踏ん張りがきかないアリアナはその衝撃で大きく体勢を崩して落下する。

 地上でそれを見上げるミランダの目に鋭い光が宿った。


「この瞬間を待ってたのよ。死神の吐息でその命の灯火を吹き消してあげる」


 そう言うミランダの口から聞き慣れた暗黒魔法の詠唱がつむがれ、彼女の伝家の宝刀である死の魔法が完成する。


「くたばりなさい! 死神の接吻デモンズ・キッス!」


 彼女の掲げた両手から黒い霧のドクロが発生し、空気の中を溶けるように上昇していく。

 そしてそのドクロは落下してくるアリアナを一息に飲み込んだ。

 そしてすぐに霧散するドクロを突き抜けてアリアナが落下してくる。

 つ、ついに決着か?


 僕は息を飲んだ。

 だけど……湖に向かって落下してくるアリアナは空中で一回転すると体勢を立て直し、湖上に永久凍土パーマ・フロストを発生させてその上に着地したんだ。

 アリアナはまたしても死神の手をかいくぐってみせた。

 くっ!

 ここでも失敗か!


 僕はミランダの様子をうかがおうと視線を転じた。

 だけど彼女の姿がどこにもない。

 えっ?

 ほんの数瞬、目を放しただけだというのに、湖上に展開していた亡者の手カンダタもいつの間にか消えてしまっていた。


 代わりにオアシスの湖上に黒い砂嵐が巻き起こる。

 その砂嵐はすぐに消え去り、そこから奇妙な姿をしたものが現れた。

 それは人の二倍ほどの背丈のある砂の魔神だった。

 これは……ミランダの上位スキルである悪神解放イービル・アンバインドだ。


 手足のないそれは頭から黒いシーツをスッポリとかぶったような奇妙な姿だった。

 そんな砂魔神が湖上に何体も浮かび、アリアナを襲う。

 警戒したアリアナは氷刃槍アイス・グラディウスを次々と放って砂魔神を攻撃した。

 だけど氷の槍は砂魔神に当たるとその体表を凍り付かせるものの、すぐにその威力は弱まって水蒸気を上げながら氷は溶けてしまう。


 そうか。

 砂魔神の体の砂は砂漠で熱された高温の熱砂なんだ。

 ここにきてミランダが呼び出した悪神がアリアナの氷の性質に対して効果的だった。

 だけどアリアナはすぐに作戦を変えて永久凍土パーマ・フロストを砂魔神の真上に発生させる。

 その巨大な凍土は砂魔神の上から落下して押し潰してしまった。

 これにはさすがに砂魔神も消滅する。

 すきのないアリアナの強さだけど、僕はあることを感じた。


「飛ばしてるな。そろそろ魔力が尽きるんじゃないのかな」


 僕はモニター上に常時表示されているミランダとアリアナのライフと魔力の残量を見た。

 思った通り、アリアナの魔力残量は残りわずかだった。

 アリアナは、ミランダに比べると魔力の総量が少ない。

 あれだけ永久凍土パーマ・フロストを連発したら、こうなるのは自明の理だった。


 でも魔力が尽きるとアリアナは最後の大技である乱気流雪嵐ジェット・スイープ・ブリザートを使うことが出来る。

 前回の地底湖での戦いではあのすさまじい一撃でミランダは敗れ去ってしまった。

 だけどミランダもかなりの魔力量を消費しているとはいえ、元々の総量が多いためにまだ魔法を使う余力は残されている。

 反撃できるはずだ。


 それにしてもミランダは一体どこに消えたんだ?

 僕はオアシスのあちこちに彼女の姿を探し、それからメイン・システムのモニターを切り替えて様々な角度に設置されたカメラからオアシスの中を確認する。

 岸辺に残る永久凍土パーマ・フロストの陰に隠れているのかと思ったけれど、そうじゃないみたいだ。

 ともあれミランダが呼び出した砂魔神はまだ6体残っていて、湖上を滑るように移動しながらアリアナに迫っていく。


 アリアナは残りわずかな魔力を惜しむことなく次々と永久凍土パーマ・フロストを落下させて砂魔神を押し潰し、決して近付けさせない。

 あの熱砂の魔神に捕まれば、氷属性のアリアナはひとたまりもないだろう。

 だけど3体目を押し潰したところでアリアナの動きが止まる。

 彼女のステータス上でその魔力量がゼロをカウントしていた。

 魔力が尽きたんだ。


 残った3体の砂魔神が迫り来る中、アリアナは素早くバックステップで後方に逃れながら距離を取る。

 そして岸辺に積み上がった永久凍土パーマ・フロストの上に陣取ると、両腕を真横に突き出した。

 彼女のステータス・ウィンドウに【解禁】の文字が躍る。

 あれはアリアナの特殊スキル……。

 戦闘中に魔力残量がゼロになった時にだけ、たった一度繰り出すことの出来る強大魔法・乱気流雪嵐ジェット・スイープ・ブリザードだ。


 アリアナの体が青白く光り輝き始める。

 その体の周囲に恐ろしいほどの凍気が発生し、砂漠の中にあって比較的暑さの和らぐオアシスが、身震いするほどの寒さに包まれた。

 く、来る。

 僕は地底湖で見た乱気流雪嵐ジェット・スイープ・ブリザードの凄絶な威力を思い出して肩を震わせた。


 だけど……その時、湖上にひとすじの光がひらめいたんだ。

 それは3体のうち1体の砂魔神から照射されてアリアナの右肩を貫いた。

 あ、あれはミランダの闇閃光ヘル・レイザーだ。

 打ち抜かれたアリアナは大きく体勢を崩して乱気流雪嵐ジェット・スイープ・ブリザードを繰り出すタイミングをいっした。

 すると閃光を照射した砂魔人がサラサラと崩れ去り、その中からミランダが姿を現したんだ。


「ミ、ミランダ……砂魔人の中に身を隠していたのか。あの一瞬で」


 僕はミランダのしたたかさに思わず舌を巻く。

 そしてアリアナの虚を突いたミランダがその手から放つのはもちろん彼女の奥の手にして切り札・死神の接吻デモンズ・キッスだった。

 そう。

 アリアナ相手に幾度も失敗している死の魔法だったけれど、やみの魔女ミランダがその魔法に抱く誇りは微塵みじんも揺らいでいなかった。

 彼女にとってそれは唯一無二の必殺技なんだ。


「死神はしつこいのよ? 何度でもその首を狙い続けるわ」


 不敵な笑みを浮かべてそう言うと、ミランダはその手から死神の接吻デモンズ・キッスを放射する。

 漆黒の霧のドクロが再びアリアナを襲った。

 右肩を貫かれて動きを止められたアリアナは残った2体の砂魔人に周囲を囲まれ、死神の手を逃れることは出来ない。

 そしてドクロはアリアナをその口に飲み込むと、味わうように咀嚼そしゃくする。

 僕はその様子を固唾かたずを飲んで見守った。


 け、結果は……どうなるんだ?

 すぐにドクロは霧散して消え、そこにはアリアナのコピーが立ち尽くしていた。

 彼女は目を見開いたまま、微動だにしなかったけれど、数瞬の間をおいてガックリと両膝を着くと、自らが作り出した永久凍土パーマ・フロストの上に前のめりに倒れ込んだんだ。

 動かなくなったアリアナのステータスを見ると、そのライフは0を差していた。

 ミ……ミランダの勝利だ!


「こんな足枷あしかせ程度で負けていられないのよ。あんたとは踏んできた場数が違うんだから」


 ミランダは倒れたアリアナを見据えると気丈にそう言った。

 アリアナは確かに強かった。

 だけどコピーの彼女は戦局を正確に読み取る経験値が足りなかったように思える。

 一方でミランダにとって圧倒的不利な局面を切り開いたのは、ボスとして幾多の戦いを経験した彼女の引き出しの多さと、最後まで自分の魔法を信じ抜いた魔女のプライドだった。

 そして傷だらけのミランダは僕の方を見ると傲然ごうぜんと腰に手をやって言い放ったんだ。


「フンッ! 楽勝!」


 そんなボロボロで何が楽勝なんだか。

 まったく……まったく君って奴は。

 僕は感動で自分の目から涙がこぼれ落ちているのも気付かずに、ミランダに大きく手を振った。

 彼女の勝利を心から祝福して。

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