第5話 苦境に陥る魔女と聖女

 モニターに映る二つの戦いはともに一方的な様相を呈していた。

 ミランダ vs アリアナ。

 ジェネット vs キーラ&アディソン。


 そのうちの片方、オアシスの岸辺では砂地をじりじりと後退するミランダをアリアナが追撃していく。

 体をろくに動かすことも出来ず、ミランダの様子は明らかにおかしかった。

 反撃することもままならず、アリアナの攻撃を受けてミランダのライフがどんどん減っていく。

 や、やばいぞ。


「ミランダが……ピンチだ」


 ここでミランダのライフが尽きればイベントはアリアナの勝利となる。

 だからといってミランダが失うものは何もない。

 彼女は運営本部との約束通りイベントに出場し、責任は果たしているんだから。

 せいぜい敗北によってミランダのボスとしての評価が多少ダウンする程度のことで、出張襲撃イベントは終了して彼女はやみ洞窟どうくつに戻ることになるだけだ。

 でも……。


「ミランダ。悔しいだろうな」


 僕は思わずくちびるを噛んだ。

 これがもし正々堂々の真っ向勝負だったら結果がどうであれ僕はこんな気持ちにはならないだろう。

 だけどミランダと戦っているアリアナは黒幕によって生み出されたコピーであって本来のアリアナじゃない。

 そして……ミランダの突然の不調は明らかにウイルスが関係しているとしか思えなかった。


 こんな条件下で勝敗を決することにミランダも腹を立てているはずだ。

 結局は双子の……いや黒幕の手の平の上ってことだし、それにいくら悪条件だからといって負けて仕方なしと思えるミランダじゃない。

 僕はそんな彼女の気持ちが手に取るように分かり、自分自身も悔しさに身を震わせた。


 アビーの治療によってウイルスは除去したはずだし、ワクチン投与によって予防済みのミランダになぜここにきてあんな症状が出るのか僕には理解できなかった。

 だけど僕はさっきまで読んでいた黒幕の報告書に書かれた最後の一文が関係しているように思えて仕方がなかったんだ。


【ウイルスがワクチンと結合した時の動きについては……】


 ウイルスとワクチンが結合?

 ワクチンを取り入れたミランダやジェネットの体内には抗体が構築され、本来ならばそれが侵入してきたウイルスを攻撃して除去してくれるはずだ。

 だけどウイルスが完全には除去されず、そのワクチンと結合して何らかの変化を遂げ、その影響でミランダやジェネットを今のような状態に陥らせる。

 そんなことがあるんだろうか。


 う~ん……ああもう!

 僕じゃいくら考えても分からない!

 こんな時にアビーがいてくれたら、頭の悪い僕に分かりやすく説明してくれたかもしれないのに。

 消えてしまったアビーのことを思ってうつむく僕は、もう一つのモニターからジェネットの発した苦痛の声にハッと顔を上げた。


 地下の大広間を映し出すモニター上では、キーラの振るう獣属鞭オヌリスを鈍い動きで必死に避けながら後退するジェネットに、アディソンが吸血杖ラミアーで激しく殴りかかる。

 これを避け切れずにその身に受けたジェネットのライフは大きく削り取られていく。

 ジェネットのライフはすでに半分を切り、なおも減り続けていた。


「ジェネット!」


 僕は思わず声を上げた。

 こっちはミランダの状況よりもマズいぞ。

 ミランダ同様に動きの鈍くなったジェネットは、双子の連続攻撃を受けて大苦戦に陥っていた。

 それに衆目環視の中で行われている地上の戦いと違い、ジェネットと双子の戦いは誰にも見られていない。

 そんな状況だから双子は遠慮なく卑劣な手を使ってくるだろう。

 せめて懺悔主党ザンゲストの人達が見ててくれたら……。

 そう思ったけれど望みは薄い。


 前衛に立つアディソンがジェネットを攻撃している間、後方から獣属鞭オヌリスでジェネットを牽制けんせいし続けるキーラは、アイテム・ストックから黒くて太い鎖を取り出した。

 あ、あれはアリアナを縛りつけていた鎖だ。

 そうか。

 双子はジェネットを倒すのではなくて、捕獲してどこかに連れ去る気なんだ。

 双子の会話がモニターから聞こえてきた。


『さあ、ついに年貢ねんぐの納め時だぜ。ジェネット。心配すんな。殺しはしねえから。今からいいところに連れて行ってやるよ』


 興奮と歓喜に満ちた面持ちでそう言うキーラとは対照的に、アディソンはいつにも増して冷静な口調で言った。


『いいところ? 地獄の間違いですよ。思慮深さの欠片かけらもないお姉さま。ジェネット。あなたを監禁して丸裸にひんいて、分析・解剖かいぼう・人体実験のフルコースを堪能たんのうさせてあげましょう。忌々いまいましき神の作りし召使いの尼僧にそうの体には一体どのような秘密が隠されているのか実に楽しみですよ』


 そう言うとアディソンは冷笑を浮かべて、さらにジェネットを攻め立てる。

 動きの鈍いジェネットには魔法攻撃よりも打撃による攻撃のほうが効果的と見て、双子は寸断なく攻撃を仕掛け続けていた。

 そうした猛攻に押されながらもジェネットは気丈に双子をにらみつける。


『罪深き悪女たちよ。あなた方のいいようにはさせません。必ず天罰が下りますよ』


 これを聞いたキーラが高笑いを響かせる。


『ハッハッハ! そんなザマでよく言うぜ。どう天罰を下すってんだよ。この期に及んで神頼みか? 出来もしねえ捨てゼリフ吐くようじゃ、不屈の聖女様もいよいよ店じまいだなぁ』


 あざけるようにそう言うキーラを冷然とした目で見据えながら、ジェネットは言葉を返す。


『たとえ私を滅したとしても、あなた方が神の御手から逃れるすべはありません。天網恢恢てんもうかいかいにして漏らさず。打ちのめされるその時になって、あなた方にもそれが分かるでしょう』


 整然とそう告げるジェネットにキーラは顔をしかめた。


『ケッ。抜かせ。悪は必ず滅びるってか? 上等だよ。悪の限りを尽くした果てにアタシは必ず高笑いしてやるさ』

『おしゃべりお馬鹿なお姉さま。そのくらいになさいまし。口八丁の尼僧にそう相手に問答など無用です。粛々しゅくしゅくと目的を果たしましょう』


 双子はコンビネーションを用いて着実にジェネットにダメージを与えていき、捕縛できるすきねらい続けている。

 双子に追い詰められるジェネット。

 アリアナに大苦戦を強いられているミランダ。

 そんな2人の苦境を目の当たりにしながら僕は自分のひざを力いっぱい叩いた。


「くそっ! 黙って見ている事しか出来ないのか!」


 いてもたってもいられなくなり、僕はすぐに立ち上がると部屋の中を歩いて見回った。

 それほど広くはない部屋の中を一通り確認したけれど、この部屋には出入口が存在しないことが分かった。

 また回転扉が壁に隠されているんじゃないかと疑って、手で届く位置の壁や床をしらみつぶしに触ってみたけれど、それらしきものは見つからない。

 完全なる密室空洞みたいだ。


 この部屋には機密情報がたくさん存在するから、秘匿ひとく性を保つためにおそらくあの双子の魔法陣じゃないと出入り出来ないようになっているんだろう。

 アリアナを連れてどうにかこの場所から逃げ出したいけれど、双子が魔法陣を使ってこの部屋への通路を開通してくれない限り、脱出は不可能だろう。

 どうしたらいいんだ。

 僕は万策尽きて、横たわるアリアナのそばひざをついた。

 傷つき眠るアリアナの姿を見るうちに僕は無力感にさいなまれて左手で地面を殴りつけた。

 

 助けてあげられない。

 ミランダのこともジェネットのことも……そしてアリアナのことも。


「……ん?」


 その時、地面に打ち付けた拳に鈍い痛みを覚えながら僕は耳にかすかに聞こえた音に顔を上げた。

 僕とアリアナのいる場所からほんの数メートル先は岩肌の壁だ。

 その壁の向こう側からほんのわずかに音が聞こえたような気がした。


 僕はすぐに立ち上がり、ゴツゴツとした岩の壁に耳を押し当てた。

 すると振動を伴って確かに音が聞こえてきたんだ。

 それはモニターから聞こえている音と同じだった。

 

「ジェ、ジェネットだ……」


 そう。

 双子とジェネットが戦う音や声が壁の向こう側から聞こえてくる。

 僕はそこで初めて自分がいるこの部屋の位置関係を予測することが出来た。

 どこか遠くの地下に飛ばされてしまったのかと思っていたけれど、ここはさっき僕がいた大広間のすぐ隣の空間なんだ。


「すぐ隣にジェネットが……ジェネットがいる!」


 僕はそう声を漏らすと、無我夢中で岩肌の壁をあちこち手で押し始めた。

 どこかに……どこかに隙間すきまが、回転とびらがあるんじゃないのか?

 必死に探し続ける僕だけれど、それらしきものを探り当てることは出来ない。


「こ、こうなったら……」


 仕方なく僕は左手にタリオを握り締め、その刀身で壁を思い切り斬りつけた。

 ガキンと硬い音が鳴り響き、衝撃に手がしびれるけれど、岩肌がわずかに削れただけだった。

 くっ……ダメだ。

 これじゃタリオのほうが折れてしまう。


 僕はその部屋に置かれていた金属の箱やら備品やらで重量のありそうなものを左手で持ち上げて、片っ端から岩壁に叩きつけた。

 けたたましい音が響き渡るけれど、どんなにやっても壁はビクともしなかった。

 ひたすらに物をぶつけ続けた僕は肩で息をしながら落胆の声を漏らす。


「ハッ……ハッ……だ、だめか……もっと重くて大きいものでもない限り無理だ。か、片手で持ち上げられる程度のものじゃ……ん?」


 そう言って自分の左手を見た僕は気が付いた。

 左手首に装備しているIRリングがいつの間にか元の輝きを取り戻していたことに。

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