第2話 決闘!

 乾いた砂漠地帯にありながら豊富な水源に恵まれたオアシスで、2人の少女が十数メートルの距離を挟んで対峙していた。

 やみの魔女ミランダと魔道拳士アリアナ。

 時刻は午前11時30分。

 午前9時に始まったミランダの襲撃イベントも時間終了まで残すところ後30分となっていた。


 総勢で150人いた参加者も、もう残りはアリアナ1人だけとなり、ミランダとの一騎打ちの様相に砂漠都市ジェルスレイムは最高の盛り上がりを見せていた。

 でも僕はこの状況が偶然の産物などではなく、双子による演出の結果であることを知っている。

 そしとミランダの前に立つアリアナが本物の彼女ではなく、オリジナルからコピーされた偽物であることも。

 ただアリアナが本物ではないことをまだ知らないミランダは、アリアナの無感情な表情に不機嫌そうに顔をしかめた。


「何よ。能面みたいな顔しちゃって。やる気あんの? それとも緊張してビビってるのかしら?」


 挑発的にそう言うミランダだったけれど、アリアナは一切の言葉を発さず静かにメイン・システムを操作し始める。

 するとミランダのメイン・システムにシグナルが送られてきた。

 その内容を見た僕は息を飲み、このジェルスレイムでイベントを観戦している人達からひときわ大きな歓声が巻き起こる。


「け、決闘戦だ」


 僕は思わずそう言葉を漏らした。

 アリアナはミランダのメイン・システムにアクセスし、これから始まる1対1の戦いを『決闘戦』として申し込んだんだ。

 決闘戦。

 1対1で行われる戦闘方式で、誰の助けを借りることも出来ない文字通りの決闘だ。

 さらに回復アイテムや回復魔法の類も一切使えず、どちらかのライフが尽きるまで戦いは行われる。


 アリアナは無表情のままファイティング・ポーズをとった。

 これを見たミランダは口の端を吊り上げて不適な笑みを浮かべた。


「フン。上等じゃない。あんたとは1勝1敗のイーブンだからね。今日ここで決着をつけてやるわ」


 そう言うとミランダは完全回復ドリンクの最後の一本を服用する。

 残り40%を切っていたミランダのライフは100%に回復した。

 いよいよこれで回復アイテムを使い切り、ミランダはメイン・システムを操作してアリアナからの決闘戦の申し入れを受けた。


 ここにきて1対1の決闘戦という展開に、ジェルスレイム全体が大きな歓声に包まれる。

 盛り上がりは最高潮だった。

 これも双子のシナリオ通りなんだろう。

 わざわざ決闘戦にしなくてもミランダは回復アイテムを全て使い切り、戦闘中にライフを回復することはもう出来ない。

 一方でアリアナは決闘戦にしなければ戦闘中にも回復アイテムでライフを回復させ、戦いを有利に運ぶことが出来たのに、それよりも戦闘の盛り上がりを優先した。


 これは双子による演出だ。

 だから僕は警戒していた。

 双子はつい先ほど、地下の小部屋で言っていたんだ。

 勝敗すらコントロールして最高の勝利劇を演出すると。


 アリアナが真っ向勝負でミランダに勝つ確率も十分にあるけれど、それは絶対じゃない。

 双子が何かを仕掛けてくるはずだ。

 僕はそれが気にかかって仕方なかった。

 だからミランダのメイン・システムにアクセスして警告のメッセージを送ろうとしたんだ。

 

 だけど通信状況が悪いらしく、地上のミランダへアクセスすることが出来ない。

 くっ……そもそもここはどこなんだ?

 それまでモニターに釘付けになっていた僕はあらためて自分が今いる部屋の中を見回す。

 そして立ち上がり、そこに置かれたいくつもの机を見やる。 

 机の上には様々は紙の資料が乱雑に置かれていた。

 僕はそのうちの一枚を手に取る。


「これは……」


 それは様々なNPCたちの契約書類であり、プレイヤーたちをNPC化する際に当事者間で交わされたものだった。

 そ、そうか。

 ここは恐らく双子が拠点にしていた場所だ。


「まさかこれも偽造された書類とか?」


 アリアナの契約書が双子によって改竄かいざんされていたことを知っている僕は嫌な予感を覚え、さっきジェネットからもらったリストをメイン・システムから呼び出す。

 双子クラスタと契約したNPCたちのリストだ。

 それを机の上の契約書類と照らし合わせる。


「……あれ?」


 僕の悪い予感は当たらなかった。

 ちゃんとプレイヤー達が希望した通りの種類のNPCになっていて、改竄かいざんされたものは見当たらなかった。

 そうだよね。

 だいたい契約を勝手に改竄かいざんしてプレイヤーの希望とは異なる種類のNPCになっていたとしたら、そんなのすぐにプレイヤーにバレて大問題になるだろう。


「契約書を不正に改竄かいざんされたのはアリアナだけだったのか。それにしてもなぁ……」


 双子はアリアナのプレイヤーが病気ですぐには戻って来られないことを知っていた。

 それを知っているってことは僕とアリアナとの会話ログを盗み見たってことなのかな。

 双子の背後にいる黒幕は運営本部に在籍しているから、そのくらいのことはやってのけるだろう。

 でも、どうも引っかかるんだ。


 アリアナが病気で戻って来られないかもしれないって言っても、それはゲーム上の会話であって何の裏付けもない。

 もしかしたらアリアナは病気を克服してすぐに戻って来るかもしれない。

 僕はそうあって欲しいって思うけど、もしそうなったら双子には都合が悪いはずだ。

 戻ってきたアリアナのプレイヤーはすぐに双子の不正を見抜き、大きな問題となるだろう。 

 そうなれば双子を操る黒幕は失脚をまぬがれない。

 そんな危ない橋を渡るだろうか……。


 僕がそんなことを考えていると、モニターから大きなどよめきが聞こえてきた。

 ミランダとアリアナの戦いが始まったんだ。

 僕は2人の戦いを映すモニターに注目した。

 得意の接近戦に持ち込みたいアリアナは当然、ミランダに向かって猛然と突進していく。


 一方、ミランダはすぐに闇閃光ヘル・レイザーを放って相手を牽制けんせいするかと思われたけど、こちらもアリアナに向かって走り出す。

 そんなミランダを見て僕はあることに気が付いたんだ。

 つい先ほどまで彼女の魔力ゲージは無限大を表す【∞】のマークが表示されていたんだけど、今は数値が記載されていて、魔力が有限であることを示していた。


 そうか。

 決闘戦だから公正を期すために魔力量の無限措置が解除されたんだな。

 これも双子のねらいだったのかもしれない。

 とにかく先ほどまでのように魔力が無限ではなくなった以上、魔法の無駄撃ちは出来ない。

 アリアナには以前の戦いで闇閃光ヘル・レイザーをかわされているから、ミランダは確実に当たる距離と状況を作り出すつもりなんだろう。


 2人の距離はすぐに詰まっていく。

 アリアナは機先を制して中距離攻撃の出来る魔法・氷刃槍アイス・グラディウスを放った。

 ミランダは黒鎖杖バーゲストを振るってこれを払い落とし、さらに前進を続ける。

 2人の距離は数メートルまで縮まり、僕は緊張で思わず拳を握り締めた。

 その時だった。


 ふいにモニターが全て消え、僕が今いる双子の拠点と思しき部屋の中が暗闇に包まれた。

 て、停電?

 いきなり視界が閉ざされてしまい、僕は動揺してしまう。


「こ、こんな時に……」


 ミランダとアリアナの戦いの続きが気になり、僕は自らのメイン・システムを起動する。

 そして暗闇の中に浮かび上がるメイン・システムを操作して、僕はミランダの戦いを自分のモニターでチェックしようとした。

 だけど……。


【エラー:通信エラーです。しばらくしてから再度アクセスして下さい】


 通信障害が続いているみたいで、地上の様子だけじゃなく双子と戦うジェネットの様子を見ることも出来なかった。

 おかしいな。

 ミランダとアリアナの戦いはどうなってるんだろうか。

 ジェネットは無事なんだろうか。

 僕はそれが気になって仕方なく、幾度もメイン・システムを操作してアクセスを試みたけれど、エラーは一向に回復しない。

  

 ふとその時、視界の隅に何かを捉えて僕は顔を上げた。

 僕のメイン・システムから発せられる明かりが、暗闇に包まれた部屋の奥をほのかに照らし出している。

 すると部屋の奥に置かれた机の陰から、人の足のようなものが床に横たわっているのが見えた。

 思わず僕は息が詰まるのを感じて裏返った声を上げる。 


「ひっ……だ、誰?」


 僕は恐る恐るそう声を漏らしたけれど反応はない。

 驚きを抑えて僕は一度深呼吸をしてから、もう一度声を絞り出す。


「……だ、誰かそこにいるんですか?」


 そう呼びかけてもやはり返事はない。

 仕方なく僕はメイン・システムを開いたまま、そろりそろりと部屋の奥へと歩いていく。

 忍び足で進んでいくと、メイン・システムの明かりに照らされて、机の裏側の床に誰かが横たわっているのが見えた。

 僕はゆっくりと机の裏側に回り込む。

 すると床の上に1人の少女が横たわっていた。

 その姿に僕は思わず歓喜の声を上げそうになる。


「ア、アリアナ!」

 

 そう。

 目を閉じてそこに身を横たえていたのは、先ほど地下の小部屋からアディソンの魔法陣によってどこかへと転送されてしまったオリジナルのアリアナだった。

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