第8話 聖域のオキテ

 前後の道を部族たちに挟まれた僕らは決死の強行突破を敢行するため、各々の武器を握りしめる。 

 だけど僕らはここでは聖域のおきてによって他者を傷つけることは出来ないんだ。

 反射的に反撃しないよう気をつけないと。

 僕らが武器を手に応戦する気でいるのを見て取ったようで、部族の中のリーダー格らしき大柄な男が手にした牛刀を振るって仲間たちに合図を送る。


「ガアッ!」


 途端に前方と後方から部族の男たちが一斉に襲いかかってきた。

 来た来た来たぁ!

 ヤバいヤバい!

 僕は自分でもよく分からない声を上げながら部族の男たちを迎え撃った。

 目の前に迫る男がなたを振り上げ、僕に向かって振り下ろす。

 僕はそれを無我夢中になってタリオの刀身で受け止めた。

 重い衝撃が手に走るけど、僕は必死にこれを押し返す。


「走って下さい! 止まってはいけません!」


 張り詰めたジェネットの声が響き、僕は懸命にタリオを振るって身を守りながら走り出した。

 だけど行く手には何人もの部族の男らが押し迫ってくる。

 彼らの武器の使い方は荒く、力はあれど一人一人はそれほど技術は高くない。

 それでもこれだけの人数に囲まれてしまうと、どうにもならなかった。

 数人の男たちが振るう刃物を必死にくぐり抜け、受け止めながらも、そのいくつかを僕は浴びてしまう。


「うぐっ!」

 

 い、痛い!

 腕や足に鋭い痛みが走る。

 どこをどう斬られているのかも判別できないほど僕は興奮状態で、とにかく上に向かって必死に走り続ける。

 危なくなるとジェネットが咄嗟とっさに僕をかばってくれた。

 さすがにジェネットは数人に囲まれても全ての敵の攻撃を懲悪杖アストレアで受け流していたけれど、僕を守るために敵の太刀たちを浴びてダメージを負ってしまう。

 くっ!

 でもジェネットは目に強い光をたたえたまま僕を見る。

 分かってるよジェネット。

 今はここを切り抜けることが最優先だ。


 男たちも僕らが反撃をせずにここから逃げようとしていることを悟ったようで、無理やり僕らを捕まえようと武器を捨ててつかみかかってくる。

 や、やばい。

 つかみかかってくる彼らを無理に振り払って、彼らが転倒してダメージを受けてしまってもダメなんだよね?

 何て難易度の高い状況なんだ。

 その時だった。


「アル様! 目を閉じて口と鼻をふさいで下さい!」

 

 そう言うとジェネットはふところから袋のようなものを取り出してそれを足元の地面に叩きつけた。

 途端に真っ白な粉がボワッと舞い上がり、辺りを粉塵ふんじんで包み込んでいく。

 僕は咄嗟とっさに目を閉じ、右手で口と鼻を押さえた。

 するとジェネットは僕の左手を取って一気に駆け出す。

 そして数十秒の間、走り続けるとジェネットがようやく声を上げた。


「もう目を開けて大丈夫ですよ!」


 そこで僕はようやく目を開け、ジェネットともども立ち止まる。

 後方を見ると、白煙が立ち上る中、バタバタと部族の男たちがその場に倒れ出していた。

 え、ええっ?

 いいのかコレ。


「ジェ、ジェネット?」

「ご安心下さい。眠り薬です。ダメージは与えていませんから」


 そ、そうか。

 ダメージさえ与えなければ、眠らせたり麻痺まひさせたりして足止めするのはOKなのか。

 僕は目からうろこが落ちる思いで後方の部族たちを見つめた。

 ジェネットの法衣の中に顔までスッポリ隠していたアビーがヒョッコリと首を出す。


「シスタ~。そんな便利なものがあるなら最初から使ってほしかったのです~」

「アビー。こういうものが有効なのは不意打ちの一回限りなのですよ。二度目は彼らも学習し、目鼻と口とをふさいでしまうでしょう?」

「ああ~なるほど~」

 

 納得するアビーをよそにジェネットは僕を見ながら言う。

 

「眠りや麻痺まひの神聖魔法をスキルに組み込んでおけば、もう少し楽でしたのにね」

「仕方ないよ。こんな試練があるなんて分からなかったんだし、それを見越して事前に準備をするなんて出来ないし」


 プレイヤーと違い、NPCがスキルの組み換えをするには運営本部の許可が必要で、その許可がおりてスキルを新実装できるまでには数日の手続き時間が必要になる。

 ミランダもメンテナンス時に新たなスキルに組み替えられたけれど、おそらく以前から僕に内緒で申請していたんだろうね。

 僕がそんなことを考えているとジェネットが後方を見つめながら真剣な表情で言った。


「……アル様。どうやらまだまだ走り続けなければならないようですよ」


 ジェネットのその声に僕が後方をチラリと見やると、僕らのいる場所から2〜300メートルほど離れた場所でようやくさっきの白煙が霧散して消えていた。

 多数の男たちがその場に倒れて眠りこけていたけど、さらに後方に下がって難を逃れていた男らは再び僕らを追ってくる。

 しつこい人たちだな!


「また追ってくるよ!」

「何とか振り切りましょう!」


 僕らは全力で走って山道を登り続けるけど、ちょうどこの辺りから上り坂が急激にキツくなっていて、ジェネットも僕もどうしても走る速度が落ちてくる。

 だけど背後から追ってくる男たちはまったく速度を落とすことなくグングンと距離を詰めてきた。

 勝手知ったる己の庭というやつで、彼らは山道に慣れていた。

 こ、このままじゃすぐに追いつかれる。


「シスタ〜。他に効果的なアイテムはないのですか〜?」


 ジェネットの胸元から顔を出してそう言うアビーだったけど、ジェネットは厳しい表情で首を横に振る。


「残念ですが、この状況を打開できるものは何も……」


 さっきの眠り薬がもっとたくさんあれば、部族の男たちを一網打尽に出来るのに……。

 そう思いながら走り続けていた僕は、突如として左足に何かを引っ掛けて転倒してしまった。


「うわっ!」

「アル様?」


 少し先を走るジェネットが驚いて立ち止まり、こちらを振り返る。

 僕は地面に転倒した痛みに顔をしかめていたけど、いきりなり何者かに足首を強い力でつかまれて思わず仰天した。


「な、何だ?」


 僕の足をつかんでいたのは、信じられないことに地面の中から伸びていた手だった。

 ゴツゴツとしたその武骨な手は、固い土の地面からまるで植物のように生えていたんだ。

 地面に倒れ込んだ僕は自分の足首をつかんでいる手が土を盛り上げながら地面からせり出してきて、やがて地面の中から一人の男が現れたのを見て息を飲んだ。

 それは頭にヤギの頭蓋骨ずがいこつで出来たかぶとをかぶった部族の男だったんだけど、彼の胸から下はいまだ地面に埋まっていたんだ。

 まるでそれは地面からい出して来たような姿だったけれど、あれこれ考えているヒマはなかった。

 男は右手で僕の足首をつかみ、左手に持った小刀を僕の太ももに突き立てようとしていたからだ。


 うわっ!

 やばい!

 僕が危機感を覚えながらも身構え遅れたその時、左手にはめていた黄色いIRリングがブルブルッと小刻みに揺れ、次いでタリオの刀身に巻きついていたへびが反応を見せた。

 僕が止める間もなく、白と黒の2匹のへびが部族の男に反射的に襲いかかったんだ。

 き、傷つけたらダメだ!

 だけどへびたちは男に噛みつくことはせず、男の鼻先で口を開けると桃色の煙を吹き出した。


「ハグゥゥ!」


 部族の男は桃色の煙に顔を包まれて苦しげに声を上げると、パタッと倒れて大いびきをかき始めたんだ。

 状況を飲み込めずに僕が目をしばたかせていると、アビーが声を上げた。


「眠っているのです〜」


 へびたちが吐き出した桃色の煙は、部族の男を一瞬にして眠りの底に落としたんだ。

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