第4話 ステルス・ウイルス

「シスタ~。応急処置が終わりましたよ~。もうミランダさんも着衣しておりますのでアルフレッド様も来て大丈夫です~」


 アビーの声に僕とジェネットは宿直室を出て、再びやみの祭壇へと向かった。

 するとやみの玉座に座るミランダの前にアビーが立って、こちらへ手を振っている。

 やみの玉座ではいまだにミランダがフリーズしたままだった。

 僕は思わず緊張で顔が強張るのを感じながらアビーに問いかけた。


「ど、どうでしょうか。ミランダの様子は」

「体内に~不正プログラムの存在を確認しました~。まだ初見で詳細までは不明なのですが~、ステルス性を持ったウイルスですね~」

「ステルス性?」

「相手の機能を乗っ取って操るのが通常のウイルスなのですが~、ミランダさんの体内にあるこのウイルス~、普段は隠れていて働かないのです~。突発的に動きを見せたり~、外部から何らかの合図が送られた時にのみ動作するという厄介やっかいなやつでして~」


 アビーの説明を聞きながらジェネットは納得したようにうなづいた。

 

「なるほど。やはりミランダがアリアナとの戦いで最後に見せた不自然な動きは、おそらくそのウイルスが動作したということでしょう。ということはアリアナの勝利を確実にするために、双子が合図を送ったのだと推測できますね」


 ジェネットの言葉は僕の胸に突き刺さった。

 もしその推測が真実なのだとしたら、アリアナはそんな双子に加担したってことなのか?

 そんな……あのアリアナがそんなことするなんて。 

 そこでふと僕はアリアナがミランダに勝った時の表情を思い返した。

 

 彼女はおよそ勝利者とは思えないほど暗く沈んだ顔をしていた。

 そう言えばあの時、アリアナは双子に何か抗議をしていたような……。

 こんな形で勝ちたくなかったとか。

 ……そうだ。

 双子の不正プログラムを知っていたとしても、それを使われたことはアリアナの本意じゃなかったんだ。

 アリアナはきっと正々堂々ミランダと戦いたかったはずだ。

 彼女は自分の力に誇りを持っていた。

 卑怯な手で勝利したことで喜ぶはずなんかないんだ。

 そう信じたい。

 僕がそう思っているとジェネットがふと声をかけてきた。


「アル様。ミランダの不具合が出たのはアリアナとの戦いの時が初めてですか?」

「うん。双子との戦いの時はそんな不具合はなかった。アリアナとの戦いの前に双子と接触したことなんてなかったのに、どうしてミランダはウイルスに感染したのかな?」


 僕が疑問に首をひねりながらそう言うと、アビーは手の平を上に向けて僕に差し出した。

 そこにはほんの1、2ミリほどの小さな何かのカケラが乗っている。

 僕が目を凝らすとそれは黄色っぽい何かのカスのようだった。

 アビーはこぶりな鼻をヒクヒクさせながら言う。


「ミランダさんから甘い匂いがしたので何かと思いましたけど〜、これはミルフィ〜ユですね~」

「ミルフィーユ?」

「はい〜。でもなぜか頭髪の中に隠れていたんです〜。そしてミランダさんの体に侵入したウイルスはどうやら頭皮の中から入ったようなのですが~、何かミルフィ〜ユと関係があるのでしょうか~」


 アビーの言葉に僕はハッと顔を上げた。


「そ、そうか。あの時だ」


 砂漠都市ジェルスレイムでオアシスサイドのレストランに入った時、ミランダは食べようとしたミルフィーユをキーラの爆弾鳥クラッシュ・バードで爆破されて怒り狂った。

 僕がそのことを話すとアビーとジェネットは互いに顔を見合わせた。


「推測ですが〜、その爆発に乗じてウイルスをミランダさんの体に忍び込ませたのではないでしょうか~」

「なるほど。その爆破はミランダを挑発するためのみならず、ウイルスを秘密裏に投与するためのカムフラージュだったというわけですか」


 2人の意見を聞きながら、僕はいまだ動かないミランダを見つめた。

 あの時ミランダは激烈に怒っていて冷静さを欠いていたから、ウイルスの侵入に気付けなかったのかもしれない。

 僕がそんなことを考えていると、ふいにジェネットが朗らかな笑みを浮かべたまま僕にたずねた。


「ところでアル様。ミランダとレストランでお食事を?」

「え? うん。ちょうど僕がその前にあるお店で当てた景品がレストランの割引チケットで……」

「楽しかったですか?」


 僕の話をさえぎり、ジェネットはズイッと顔を近づけてきた。

 な、何かな?


「え? ま、まあ。楽しかった……けど」

「そうですか。ミランダと砂漠の街を楽しんできたんですね」

「ジェ、ジェネット?」

「いえ。私はそういう目的でアル様とお出かけしたことはありませんから、その楽しさは想像できませんが。別にいいんですけど」


 そう言ったきりジェネットは身を引いて口を閉ざし、無言で僕を見つめている。

 ……何だかジェネット、機嫌が悪そうだな。

 顔はニコニコ笑っているけど、目が笑っていない気が……。

 そしてこの無言の視線のプレッシャーが僕のチキンハートに重くのしかかる。

 その重圧に耐え切れず、僕は自分からジェネットに話しかけた。


「あ、あの。もしよかったらジェネットも今度一緒にどこかに出かけようか」


 僕がそう言った途端、ジェネットが再び僕に身を寄せてくる。


「本当ですか!」

「う、うん」

「約束ですか!」

「や、約束……します」


 な、何だかよく分からないが、すごい迫力だ。

 そんなに遊びに出かけたかったのかなぁ。

 普段は任務ばかりだから、気軽に遊びに行くことも出来なかったのかもしれないね。


「ジェネット。そんなに遊びに行きたかったんだね。でもジェネットだったら今までも世界中を飛び回っていたんだし、神様の任務の間に街に遊びに行ったりしなかったの?」


 僕がそう言った途端、ジェネットはニコニコしたまま僕のひじ懲悪杖アストレアでコツンと叩いた。

 イダッ!

 そ、そこひじがビリビリしびれるところだから!

 な、何か気にさわるようなことを僕はまた言ってしまったんだろうか。

 涙目になる僕から顔を背けたジェネットはむくれたようにほほふくらませ、アビーに視線を転じた。


「アビー。アル様にミランダの状態をご説明して差し上げて下さい」


 ねたようにそう言うジェネットに促されて、どこかあきれた顔でうなづいたアビーは明確な答えをくれた。


「今、ミランダさんはそのウイルスの増殖と進行を抑え込むために自分の全機能を集中させているのです〜。今この時もミランダさんはウイルスと戦っている最中なのですよ〜」


 アビーの話によると、それがミランダがフリーズしてしまった原因だという。

 それはさっきジェネットが「ビジー状態」と話してくれたこととほぼ同じだった。

 僕は不安を押し殺すように息を飲んでたずねた。


「治す方法はありますよね? ミランダ、大丈夫ですよね?」


 あせって思わずそんな聞き方をしてしまったけれど、アビーは気を悪くした様子もなく笑顔を浮かべると、きびすを返してミランダの頭上に手をかざした。

 そんなアビーの両手が再び赤い光を放つ。

 あ、あれはさっきミランダを一瞬で下着姿に変えた不謹慎な、いや不思議な光。

 やばいっ。

 早く目を閉じないと、見えてしまう。

 そしてジェネットに首をへし折られてしまう!

 僕はすぐさま目を閉じた。


「アルフレッド様? 目を開けて下さい~」

「え? も、もう大丈夫?」

「大丈夫ですよ~。もう下着になったりしませんから~。ふふふ~」


 そう言うアビーの言葉を聞いて僕が恐る恐る目を開けると、玉座からミランダの姿が消えていた。


「あれ? ミランダは?」

「ミランダさんならこちらに〜」


 そう言うとアビーは玉座を手で示した。

 しかし玉座には誰の姿もない。

 え?

 だ、誰も見えませんが……。

 馬鹿には見えないのかな。

 玉座は空……あっ!


 思わず僕は目を凝らした。

 玉座の上に小さな人形のようなものが横たわっている。

 手の平に乗るくらいの小さな人形だったけど、よく見るとそれはミランダだった。


「ミ、ミランダ……」


 僕は声を失ってアビーに目をやる。

 アビーはにこやかな表情を崩さずにうなづいた。


「セーフティーモードに変換しただけですので、ご安心下さい〜」

「セーフティーモード?」

「はい〜。先ほど申した通り、ミランダさんは体内のウイルス増殖を抑えるために体の全機能を停止させています〜。ただ通常の体のままだと負担が大きいので、こうして体を小さくすることで負担を軽減することができるのです〜」


 アビーの説明によれば小さな体のほうが小さなエネルギーで維持できるので、その分をウイルスの抑制に回せるとのことだった。

 僕は玉座の前にしゃがみこんで小さくなったミランダの姿をマジマジと見つめた。

 ミランダは目を閉じたまま横たわっている。

 その姿は弱々しく、本来の彼女からはかけ離れていた。

 そんなミランダの姿を僕が悄然と見つめていると、アビーが忠告するように言った。


「ただし〜これはあくまでも応急処置ですので〜」

「根本的な治療の方法は?」


 顔を上げてすがるようにそうたずねる僕をさとすようにアビーは言った。


「ここでは無理ですが〜治療が可能な場所に移動すれば可能性は十分にあります〜。アビーがご案内いたしますので、どうか悲観的にならずに〜」

 

 それからアビーはミランダを治療できる場所がどのようなところで、どこにあるのか等、詳細を話してくれた。

 一言一句を聞き漏らさないようにその説明を僕が注意深く聞き終えると、隣に立っていたジェネットが僕の肩に手を添えてくれた。

 もう機嫌は元に戻っているみたいだ。

 ホッ、良かった。


「その場所にミランダを連れて行きましょう。私も同行いたしますので」


 そう言ってくれるジェネットに僕は素直に感謝して立ち上がった。


「ジェネット……。今回のことは僕とミランダの勝手な行動から招いたことでもあるんだ。君に助けてもらうのは本来なら筋違いなんだけど、どうか手を貸してほしい」

「それをアル様が自覚されているのであれば、神はきっとお許しになりますよ。それにそういうアル様でしたら、私はいつでもお力になりますとも」

「おお〜。シスタ〜。慈愛に満ちたお言葉ですね〜。でも慈愛というよりは性あ……アイタッ!」


 そう言うアビーの頭をジェネットはニコニコしながらバシッと叩いて黙らせる。

 や、やっぱりアビーには容赦ようしゃないな。

 ジェネットは笑顔を僕に向けて言った。


「それに先ほども申し上げた通り、この件は【神の事案】に該当する恐れがあります。であるのならば私が動くのは至極当然のこと」

「ありがとう。ジェネットがいてくれるとすごく助かるよ」


 そう言うと僕は玉座の上に横たわる小さなミランダをそっと手の平に乗せ、兵服のポケットに忍ばせた。

 小さな体だけど確かな重さが伝わってくる。

 ミランダは今も体の中のウイルスと戦ってるんだ。

 少しでも早く、だけど確実にミランダを回復させないと!

 内心であせたかぶる気持ちを懸命に抑えつつ、僕は次の一歩を踏み出したんだ。

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