第9話 オアシスサイド・レストラン

 砂漠都市『ジェルスレイム』の中心部には枯れることのないオアシスが存在している。

 滾々こんこんと湧き出す地下水が乾いた砂漠に命を与え、まさに都市活動の源泉となっていた。

 この街に来る途中の砂漠は死ぬほど暑かったけれど、街に入った途端、体感温度が下がって過ごしやすくなったのもオアシスのおかげで気温が下がっているからだろう。

 湖よりは小さく、池よりは大きい。

 そんなほどよいサイズのオアシスのほとりに人気のレストランがある。

 僕とミランダはそのレストランの、オアシスを望むテラス席に腰を落ち着けた。


 ん?

 景観のいいオシャレなレストランに女子と2人だと?

 これは夢か?

 あるいは何かのわなか?


 僕はあらためて自分の置かれた状況を認識し、思わず緊張してしまった。

 やばい。

 超絶非リア充の僕がこの超絶リア充的状況に放り込まれて何が出来るんだ?

 運命に試されているのか?

 そんなことが脳裏をよぎる中、僕は身を堅くしながらテーブルに置かれたメニューに目をやった。

 ミランダも同様にメニューをながめている。

 僕の内心の緊張なんかつゆほども気付いていないみたいだ。


「さっき色々食べたから食事はもういいわ。このデザートとドリンクのセット頼んでよ。私は『3種のベリーのミルフィーユ』と『砂漠アイスコーヒー』ってやつね」

「りょ、了解」


 僕はテーブルに置かれた呼び出しボタンを押し、やってきた店員に先ほどナイフダーツ・バーで賞品として手に入れた割引チケットを手渡した。

 店員はにこやかに注文を受けてくれて、僕はホッと安堵のため息をつく。

 そんな僕を見てミランダは顔をしかめた。


「なに緊張してんのよ。田舎者丸出しよ」


 うっ。

 やっぱり気付かれてたか。

 僕は今日一日のこれまでのことを思い返しながら苦笑いを浮かべた。


「何か今日は僕の人生じゃないみたいだ。あまりにも日常からかけ離れ過ぎてて……」


 ミランダにも僕の言いたいことは分かるようで、何度かうなづくと椅子の背もたれ深くに腰を預けた。

 でも彼女はオアシスの水面を見つめるとフッと笑みをらしたんだ。


「ただ場所が違うだけよ。私がいて、あんたがいる。いつも通りじゃない。あ、でもあの口うるさいジェネットがいないからいつもより快適ね」


 そう言うとミランダはニヤリと笑った。

 そんな彼女を見てようやく僕も少し落ち着くことが出来たんだ。


「まったく君は。もうちょっとジェネットと仲良く出来ないの?」

「無理に決まってんでしょ。それよりあんた。これ使いなさい」


 そう言うとミランダはアイテムストックから取り出したアイテムを僕に手渡してきた。

 それは先ほどミランダがナイフダーツの賞品として入手した腕輪【IRリング】だった。


「えっ? でもこれ、ミランダがゲットした賞品なのに……」

「普段の私の格好じゃデザイン的に合わないでしょ。機能的にも私には必要ないし」


 確かにIRリングは明るい黄色で彩られていて、ミランダの普段着である黒ずくめの深闇の黒衣ヘカテーには合わないな。

 僕はミランダから受け取ったそのIRリングの機能面についても確認してみた。


【目で見える程度の離れた場所にいる相手にライフや魔力などの回復アイテムを不可視のエネルギー体として送ることができます。その他にも解毒剤などのステータス異常回復アイテムも利用可能な万能型! 空間の裏側を通しますので妨害されることなく相手にギフトを送ることが可能。さらには自分のライフや魔力を仲間に分け与えるおすそ分け機能もついてお得!】


 それがこのIRリングの宣伝文句だった。

 要するに少し離れた場所にいる相手に回復アイテムを妨害されることなく渡せるし、自分自身のライフや魔力を分与できるってことか。

 自分の仲間に1人こういう人員がいたら戦闘も楽になるのかな。

 商品説明を読んだ僕が顔を上げると、ミランダは薄笑みを浮かべていた。


「私が誰かにライフやら魔力やらを分け与えると思う? この私が」


 おっしゃる通りで。


「……こ、これは僕が預かっておくほうがいいかもね。万が一の時は僕がミランダを助けてあげられるし」

「フンッ。そんな万が一のことにはならないわよっ。いいからさっさと装備しなさい」


 そう言うとミランダは僕の額を指でピシッと弾いた。

 僕は彼女に言われるまま、IRリングを装備する。

 すると途端に体の中に奇妙な感覚が湧き上がってきた。


「な、何だこれ……」


 体の内側に不思議な波長を感じて僕は思わずつぶやきを漏らした。

 すると僕の腰に装備されたタリオが小刻みに震え、へびたちが急に動き出す。

 僕の様子を見たミランダが怪訝けげんな表情を浮かべた。


「どうしたのよ?」

「いや、タリオが急に反応して……」


 だけどそう言った時にはすでにへびたちは静まり、タリオの震えは止まっていた。

 そして体の中に広がっていた波長は消え去っている。

 すべてはほんの数秒の出来事だった。


「何だったんだろう?」


 僕がそう言ったその時、レストランの壁に据え付けられた大型モニターにパッと映像が映し出された。

 この街に着いてから同様のモニターが街の各所に据え付けられているのを見たけど、ゲーム内のイベントの宣伝とかが定期的に流されていたな。

 僕は何の気なしにそのモニターを見て、そこに映る映像に思わず両目を見開いた。

 その映像はあるCMなんだけど、それを宣伝していたのは何とあの双子の姉妹、キーラとアディソンだったんだ。


「あ、あの2人……」


 僕はそう声をらしてミランダを見た。

 彼女は少しの間、画面をにらみつけていたけど、やがて興味を失ったように画面から視線を外した。


「フン。どうでもいいわ。あんな奴ら。こないだ痛めつけてやったから、怖くてもう私の前には顔を出せないでしょ。よっぽどの馬鹿じゃない限りね」


 そう言うミランダの元にさっきの店員さんがデザートを持ってきてくれた。

 見るからにおいしそうな『3種のベリーのミルフィーユ』にミランダは双子のことなんて忘れたかのように思わず顔をほころばせた。

 僕はそんな彼女をよそにモニターに目をやった。


 双子が宣伝しているのは彼女らのクラスタが推進するNPC化システムのことだった。

 NPC化の成功例が挙げられ、その意義が双子の姉・キーラの口から熱っぽく語られる。

 僕は何となくボーッとしつつ宣伝を見つめていたけど、流暢りゅうちょうにNPC化システムの概要を説明するキーラの隣でおとなしくしていたアディソンがいきなり驚くべきことを発表したため、仰天してモニターを凝視した。


『明日、砂漠都市ジェルスレイムにてやみの魔女・ミランダの出張襲撃イベントが開催されますが、これに我がクラスタも参加いたしまして見事ミランダを討ち果たしてご覧にいれます』


 なっ……。

 アディソンの口からミランダの名前が出たことに僕は思わず絶句した。

 そしてフォークを握って今まさにデザートを楽しもうとしていたミランダの手がピタリと止まった。

 晴れ渡った空が突然の黒雲に覆われるかのごとく、ミランダの顔色が曇っていく。

 そんな彼女の表情など知る由もないはずのアディソンはさらに得意げな顔で話を続けた。


『極秘に得た情報ですが、何とミランダは今、姿を偽ってジェルスレイムに潜入しているようです。襲撃の前日にコソコソと事前視察など、やみの魔女が聞いて呆れますね。不遜ふそんな態度の割に臆病おくびょうで小心者とはお笑いぐさです。ジェルスレイムの皆様、もしミランダを見つけても気付かないフリをしてあげて下さいね。今、彼女は必死に隠れているところですので』


 そう言うとアディソンはあざけるようにコロコロと笑い声を立て、これにつられてキーラも高笑いを響かせた。

 ま、まずいぞ。

 ミランダの顔から表情が消え、握っているフォークが彼女の手の中でグニャリとひん曲がった。


「ミ、ミランダ。落ち着いて」


 僕は彼女をなだめて落ち着かせようとしたけれど、ダメだった。

 なぜなら突如として頭上から小さな赤い鳥が飛来したからだ。


「うわっ!」


 突然の羽音に驚いて僕は思わず叫び声を上げた。

 頭上から襲いかかってきた小さな赤い鳥はミランダが今から食べようとしていた『3種のベリーのミルフィーユ』に頭から突っ込んだんだ。

 途端にミルフィールが爆発して粉々に吹き飛んでしまう。


「ひえっ!」


 爆風と衝撃で僕はイスからひっくり返って床に倒れながら、飛んできた鳥がキーラの中位スキル・爆弾鳥クラッシュ・バードだと気が付いた。

 そんな……。

 何でこんな場所で?

 でも僕は考えるのをやめてすぐに跳ね起きた。


「ミランダ! 大丈夫!?」


 そう声をかけてみて僕は思わず息を飲んだ。

 ミランダの顔には目の前で爆発したミルフィーユの残骸が貼り付いている。

 そして……僕がさっきプレゼントしたばかりのメガネは、レンズが粉々に砕けてフレームは折れ曲がり、無残にもテーブルの上に転がっていた。


 ミランダはその壊れたメガネを呆然とした表情で手に取る。

 その手が小刻みに震えていた。

 僕は何を言っていいのか分からず、それでも彼女に声をかけようとした。

 だけどミランダの表情が見る見るうちに憤怒ふんぬの色に染まっていき……。


「……あ、あ、あのケモノ女ぁぁぁぁぁぁ!」


 怒髪天を突くがごとく、ミランダの怒りが大爆発した!

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