第7話 砂の都で 君と2人

「ちょっとミランダ。あまり目立っちゃ駄目だよ。お忍びの視察なんだろ」


 あまりにもあっけらかんと街を楽しんでいるミランダに僕はたまらずそう注意を促した。

 この街は明日、ミランダが襲撃する予定なんだよ?

 そのことはゲーム内で告知済みだ。

 前日とはいえ、ミランダを知っている人がこの街に出入りしている可能性は少なくない。

 いくら変装しているからって、あまり目立つと見つかっちゃうよ。


「あまり顔を出すと……モガガッ!」


 そう言う僕の口にミランダはいきなりビール豚の蒸し焼きサンドの残り1つをねじ込んできた。


「どうでもいいことをしゃべってないで食べなさい。私のおごりよ。ありがたく思いなさいよね。こぼすんじゃないわよ。こぼしたら、あんたを蒸し焼きサンドにしてやるから」


 そう言うとミランダは蒸し焼きサンドを鉄かぶと隙間すきまからのぞく僕の口にグイグイと押し込んでくる。

 むぐぐ。

 苦しい。

 だけど香ばしい香りと味が口の中いっぱいに広がっておいしい。


 僕は仕方なくしゃべるのをあきらめて食べることに集中した。

 うまい。

 もしかしてミランダ、最初から僕に食べさせるために2つ買ってくれたのかな。

 僕がそんなことを考えながら、ほどよく熱い蒸し焼きを夢中になって飲み込んでいるとミランダは少しだけ居心地が悪そうに口をとがらせた。


「何ニヤニヤしながら食べてるのよ」

「え? い、いや。ありがとミランダ。すごくおいしいよ」


 僕がそう言って蒸し焼きをすべて食べ終えると、ミランダは満足げに胸を張って言った。


「でしょ? オドオドビクビクしてないで堂々としてなさい。この街の連中はみんな楽しんでるでしょ」


 彼女の言葉に僕はさりげなく周囲を見回した。

 街行く人々は旅人も住人もプレイヤーもNPCも皆、各々気ままに行動していた。

 何だかこの街はみんな楽しそうだな。

 この中でコソコソキョロキョロしてるほうが目立っちゃうか。

 それもそうだね。


「溶け込みなさい。というわけで次はあんたが私を楽しいところに連れて行くこと」


 はっ?

 何ですと?


「ええっ? ぼ、僕が? 僕、この街のこと何も知らないのに……」

「何で下調べして来ないのよ! あんたはそういうところがダメなの。本来ならお供のあんたが私を楽しませないといけないのよ?」

 

 ミランダは不満げにそう言うと僕の背中を押して路地裏から通りに戻り、強引に歩き始めた。

 次第に道は先ほどまでの露店通りから石造りの店舗がズラリと立ち並ぶ商店街へと様変わりしていく。

 武器や防具の店、薬草やら解毒剤とかが売られている薬局、さまざまな魔術書なんかが売られている魔道具店などいくつもの種類の店が軒を連ねているけど、どれもミランダが楽しめそうな場所じゃなかった。

 そんな時、ふと僕の目に飛び込んできたのはアクセサリーショップで、その店のショー・ウインドウに色々なメガネが並んでいた。


 メガネか……。

 様々な色のメガネの横にはモデルの女の子がメガネをかけた写真が飾られている。

 僕は思わずミランダのメガネ姿を想像してみたけれど、あまりにもいつのも顔が見慣れているせい上手く想像できない。

 僕は振り返ってミランダの顔を見た。


 今、彼女は顔バレを防ぐためにスカーフをかぶってるけど、さっきの露店のオジサンも言っていたようにミランダを見たことのある人が見れば、ふと目を留めるだろう。

 何となくミランダに似てるな、くらいは思うかもしれないし、それどころかじぃっと見られたら本人だってバレちゃうかもしれない。

 僕がそんなことを思いながらミランダの顔を見つめていたら、彼女は怪訝けげんそうに眉を潜める。

 

「何よ?」

「ミランダ。メガネとか……かけてみない?」

「メガネ? やぶからぼうに何よ」


 ミランダはそう言いながらショー・ウインドウのガラス越しに並ぶメガネに目をやった。


「別にいらないわよ。何か鬱陶うっとうしそうだし、私には似合わないでしょ」

「そうかなぁ。意外と似合うかもしれないよ? 見ていこうよ」

「……別にいいけど」


 そう言うミランダと一緒にお店の中に入り、僕らはメガネの並ぶコーナーへと向かう。

 一言にメガネと言っても色々な種類があり、さらには普通のメガネのほかに特殊能力の付与されているメガネも販売されていた。

 肉眼では見えないほどの遠くを見ることの出来る長遠視能力や、暗い場所でも視界のきく暗視能力とか、そういう便利なメガネもあるけど、そういうのは値段も高い。


 むぅ。

 僕は普通のメガネの中からミランダに似合いそうなメガネをいくつか手に取っては戻してを繰り返した。

 

「やっぱりミランダのイメージカラーは黒なんだけど、今の服装だとエメラルド色とオレンジなんかも似合うなぁ」

「アル? 何をブツブツ言ってるのよ」

「ちょっとミランダ。これをかけみてよ」


 そう言って僕が手にした薄いピンク色のフレームのメガネをミランダに差し出すと、彼女は困惑の表情を浮かべた。


「はぁ? 私、メガネなんてかけないわよ」

「変装にもちょうどいいし、似合うと思うよ? まあ僕の所持金だとこのくらいの価格帯しか買えないんだけど」

「え? あ、あんたが買ってくれるの? 私に?」


 途端にミランダは目を丸くしてそう言った。

 相当驚いているみたいだ。

 女の子にプレゼントをあげるなんて初めてのことで、自分がこんな行動をするなんて僕自身も驚いてる。

 でも僕はミランダに買ってあげたいって思ったんだ。


「うん。本当はもっと実用的な特殊能力のあるメガネのほうがいいんだろうけど」


 僕がそう言うとミランダは唖然としつつ、手にしたメガネをかけてみた。

 すると思いのほかメガネが彼女に似合っていて、僕は思わずポカンと口を開けて彼女の顔をじっと見つめてしまう。


「……すごく似合ってる。ビックリしたよ」


 それはお世辞でも何でもなく、自然と漏れ出た本音だった。

 メガネをかけたミランダの顔は見慣れないせいかとても新鮮で、そして……とてもかわいかった。

 ミランダは戸惑いながらも、メガネをかけたまま壁の鏡で自分の顔を確認している。

 鏡に映る彼女は目を白黒させて、鼻の穴が開かないように一生懸命に口を引き締めている。

 たぶん喜んでくれているんだけど、それを表に出すのが恥ずかしくて必死にこらえている。

 そんな表情を浮かべながらミランダはそっぽを向くと言ったんだ。


「フ、フンッ。アルのくせに生意気ね。でも……もらっといてあげる。せっかくの家来からの初献上品だからね」


 そう言うとミランダはメガネをかけたまま、イーッと歯を見せて変顔をこちらに向けた。

 そんな彼女の表情を見ながら、僕は自分が彼女にメガネを買ってあげたいと思った理由が何となく分かった。

 僕はいつもと違うミランダの一面が見てみたくなったんだ。

 そして彼女が喜ぶ顔も。

 その時、僕らに近付いてきたアクセサリーショップの女性店員さんがミランダに声をかけた。

 

「よくお似合いですよ。デートでメガネをプレゼントしてくれるなんて、いい彼氏さんですね」

 

 その言葉を聞いたミランダは肩をビクッを震わせ、これ以上ないくらいに目を見開きながら裏返った声を上げた。

 

「か、かか、彼氏? 彼氏ってコイツが? はぁ? 彼氏とかじゃないから! デート? いやいやいや。何言ってんの。そんなわけないでしょうが」

「お、お客様?」

「よ、余計なこと言ってないで、さっさと勘定かんじょうしなさい」

「は、はい。ただいま」


 ミランダにしかりつけられた女性店員は慌ててレジの方へ向かっていく。

 気の毒な店員さんに謝りつつ、僕が会計を済ませている間もミランダは鏡に向かってメガネの位置を直したりしていた。

 そして会計を終えた僕とミランダは店の外に出る。

 ミランダはやや、おっかなびっくりといった感じで出口から外へ踏み出した。


「何だかメガネ越しに見える景色が見慣れないから、歩きにくいわね」


 そんなことを言いながらもミランダはメガネをかけたまま僕のほうをチラリと見た。


「アル。サ……サンキュー」

「へっ?」


 ミランダが僕にお礼を言うなんてめずらしすぎて僕は思わず面食らってしまった。

 そんな僕に人差し指を突きつけてミランダは言う。


「ああでも! ひとつ勘違いしないように!」

「え?」

「さ、さっきの店員が彼氏とかデートとかまったく的外れなこと言ってたけど……」


 そう言うとミランダは指先を僕の胸にグイグイ押し付けながら詰め寄ってくる。


「か、かか……彼氏じゃないから! 家来だから!」

「わ、分かってるって」

「デ、デートじゃないからね! 視察だからね!」

「分かった分かった」

「わ、分かればよろしい……フンッ」

 

 そう言うとミランダはウーッとうなるような声を出して怒ってるんだか戸惑ってるんだか、よく分からない表情を浮かべながら通りを進んでいく。

 そんな彼女と肩を並べ、砂の都の往来の中を僕らは2人で歩いたんだ。

 相変わらずミランダはプンスカしてたけど、何だか幸せな時間だった。

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