第2話 アリアナの事情

 ミランダ不在のやみ洞窟どうくつにタイミング悪く訪れた魔道拳士アリアナ。

 お目当ての魔女ミランダとの対戦が叶わないと知って落胆したアリアナは失意の中、彼女が抱える事情を僕に話してくれた。


「私……Aランクになりたいの。今日中に。どうしても」

「きょ、今日中にAランクに?」


 驚く僕にアリアナは真剣な顔でうなづいた。

 このゲームでは僕みたいな一般NPC以外のNPCやプレイヤーに、そのキャラクターのグレードを示すランクがあるんだ。

 初期ランクがEでD、C、Bと昇格して最高がAランクとなる。

 アリアナは現在Bランク。

 Aランクへの昇格まであと一歩だった。


 だけどランクアップは簡単なことじゃない。

 単なるレベルアップにつながる経験値稼ぎとは違って、ランク昇格のためにはいくつかの指定条件をクリアーしなければならないからだ。

 たとえばランクの高いボスを倒したり、困難なミッションをコンプリートしたりと、それは様々だった。

 

 アリアナは前回ミランダに敗れてから相当な修練を積んできたみたいで、あの時とは段違いにレベルも上がり、ランクもBの範囲の上限近くまできたえ上げられていた。

 アリアナとしては満を持してミランダに再挑戦するつもりだったんだろうけど、目当てのミランダが留守にしているもんだから、すっかり肩透かしを食らった気分なんだろうね。


「どうしてそんなに急いでAランクになりたいの? 今、Bランクだし順調にいけば近いうちに間違いなくAランクになれると思うけど」

「実は……明日に開かれる武術大会の参加しめ切りが今日いっぱいまでなの」


 アリアナが困り果てた顔でそう言うのには理由があった。

 どうやら、その武術大会はプレイヤーたちが腕を競う【P‐1クライマックス】という大会で、Aランクの達人のみが出場できるみたいなんだ。


「だから今日中にAランクになりたいのかぁ。でもその大会って定期的に開かれるんでしょ? だったらまた次回にでも……」

「それじゃダメなの!」


 ヒエッ! 

 突然アリアナが金切り声を上げたから僕は驚いてひっくり返ってしまった。

 び、びっくりしたなぁ。

 おとなしい印象でオドオドしながら小さな声でしゃべる彼女だったけど、いきなりの大声には鬼気迫る迫力があった。

 腰を抜かした僕を見てアリアナはハッと我に返る。


「あ、ごめん。大きな声出して」

「い、いや。でもアリアナはどうしても今回の大会に出なきゃならない事情があるんだね」


 僕がそう言うとアリアナは少し気落ちした表情でうなづいた。

 そしてまた少しの間、何かを考えるように口を引き結んでいたけど、ようやく決意したように口を開いた。


「私の姉……あ、現実の話ね。姉は入院中なんだけど、明日大きな手術があるの。もともとこのアリアナってキャラは姉がプレイしてて」


 彼女の話によれば、病気の姉に代わってアリアナをプレイしているらしい。

 姉の希望で。

 何だ。

 いい話じゃないか。

 アリアナってお姉さん思いのいい子なんだな。

 僕はちょっと感動してしまった。


「アリアナ。お姉さんのこと好きなんだね」

「いいえ? 大っ嫌いよ。姉は私に言ったわ。自分の手術が終わるまでにアリアナを武術大会に出場できるようにしておけって。さもないと妹の私のお小遣こづかい全部使ってBL同人誌を大人買いしてやるって」


 ひどい姉だ!

 というか僕の感動を返せ!

 せっかくいい話だと思ったのに。


「昔から横暴な姉で、逆らったら何を言われるか分からないの」


 浮かない表情でそう言うアリアナだけど、僕も何と声をかけていいか困ってしまう。

 僕は兄弟いないし、その関係性はよく分からないからなぁ。

 とにかく僕は彼女を刺激しないように自分の考えを話した。

 

「と、とにかくミランダは今日は絶対に戻って来られないから。今日中にどうしてもAランクになりたいなら、他の方法を探したほうがいいよ」


 気の毒だけど、こればっかりはどうにもならないよね。

 僕の言葉にアリアナは再び落胆してうつむいた。


「……色々探したの。Aランクになれそうなボス攻略やミッションを。だけど今日1日でAランクになるにはどれも不足だったり私には難しすぎたりして、ここに来るしかなかったの」


 なるほど。

 要するにミランダ攻略が一番手っ取り早くAランクに昇格できる道だったってことか。

 ミランダを倒せるかどうかは別として。

 ミランダは最近、有名人だから倒せば名声ボーナスもついて昇格しやすいんだろう。

 アリアナはすっかり肩を落とし、あきらめ顔できびすを返した。


「……結局、私ってダメだなぁ。最後まで」


 アリアナがボソッとらしたつぶやきに僕は首をかしげた。


「最後?」

「ん~ん。何でもない。もう……ログアウトするね」


 しょんぼりしたアリアナの背中を見るうちに僕は何だか彼女がとても気の毒に思えてきた。

 このまま彼女を帰してしまっていいんだろうか。

 何だか僕は胸にザワザワと落ち着かない気分が湧き上がってきて、思わず声を上げていた。


「あ、あの、アリアナ」


 僕が彼女の背中に声をかけると、アリアナはログアウト入力中の手を止めて僕を振り返った。


「なに?」

「な、何か別の方法を考えよう。僕も手伝うから、今日中にAランクになれる方法を探そう」


 あまりにもアリアナが不憫ふびんで、僕は出来るかどうかも分からないことを言ってしまった。

 余計なおせっかいだよなぁ。

 ミランダが知ったら「馬鹿じゃないの? お人よしもいい加減にしなさいよね」とののしられるだろうな(汗)。

 でも僕は何だかアリアナのことを放っておけなかった。

 失意のアリアナがこのままログアウトしてしまえば、もう二度とこのゲームに戻ってこないような気がして。

 そんなわけないのに。

 突然の僕の申し出に驚いたみたいで、アリアナは目を丸くする。


「え? あなた、冴えない下級兵士みたいだけど、あなたに何か出来るの? あっ! ゴメン。また私、余計なことを……」


 ぐぬぬ。

 さ、さっきからワザと言ってないか、この人。

 僕はグサッと突き刺さるアリアナの言葉を必死にスルーして無理やり笑顔を浮かべる。


「ア、アハハ。ま、まあ情報探しくらいは出来るよ」


 冴えない下級兵士ですけどね(怒)。

 だけどきっとアリアナはわらをもつかむ心境だったんだろうね。

 ダダダダッと僕の元に駆け寄ってくると、僕の両手をガッとつかんだ。


「ヒェッ!」


 アリアナは驚く僕の両手をつかんだままブンブンッと上下に二度三度と振り、顔を輝かせてお礼を言ってくれた。


「ありがとう。やっぱりあなたってNPCなのに、まるで人間みたいね」


 人間みたい。

 それはこのゲームにおけるNPCが学習型人工知能を備え付けられた自我を持つキャラクターだから、そう思うのかな。

 ともあれ、素直にお礼を言うアリアナの表情は思いのほか健気けなげだった。

 ちょっと失言癖があって天然っぽいけど、根はいい子なんだろうな。

 そう思った僕は少しでも彼女の力になってあげたいと、そう思ったんだ。

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