だって僕はNPCだから 2nd GAME

序章 『魔女と聖女と平凡兵士』

新たなる騒動の幕開け

「この先には恐ろしい闇（やみ）の魔女がいるから気をつけろ！」

　闇（やみ）の洞窟（どうくつ）を訪れたプレイヤーに僕は得意の怯（おび）え顔でそう言った。

　僕の名前はアルフレッド。

　少し前まで名前すらなかった、しがない下級兵士役のＮＰＣです。

　ＮＰＣ。

　すなわちノンプレイヤーキャラクター。

　ゲーム内でプレイヤーが操作するキャラクター以外の登場人物のことで、たとえばＲＰＧゲームにおけるボスキャラを初めとする敵キャラなんかをそう呼ぶ。

　つい先日から、このゲームでは、ある実験的な試みが行われていた。

　すべてのＮＰＣが人工知能すなわちＡＩを搭載されて、自分の考えを持って行動する。

　要するに皆、ゲーム内のキャラクターでありながら一定の自我を持っているんだ。

　僕も、僕の主たる国王も、この洞窟に巣食うモンスターたちでさえも。

　だから僕はゲーム内の一キャラクターであるにもかかわらず、自分がＮＰＣであるという自覚を持っている。

　さて、小難しい話はこのくらいにしようか。

　ここはそんなゲームの中の世界で、王国に仕える僕の仕事はこの闇（やみ）の洞窟（どうくつ）の主たる魔女ミランダを見張ることなんだ。

　といっても業務内容は至って単純。

　さっきみたいにここを訪れるプレイヤーたちに警告のメッセージを告げ、その後はプレイヤーとミランダの戦いを見守る。

　もしプレイヤーがミランダに敗れると、その時点で僕の仕事はひとつ完結する。

　逆にプレイヤーが見事ミランダを討ち果たした場合は、その人を国王のいる王城に案内することになる。

　ま、それがＮＰＣとしての僕の仕事かな。

　微々たるものだけどちゃんとお給料も貰（もら）ってるんだよ。

　おっと。

　そうこう言っているうちに洞窟（どうくつ）の最深部にある闇（やみ）の玉座の前では、プレイヤーがミランダにズタボロにされて敗れ去ったみたいだ。

　相変わらず容赦ないなぁミランダは。

　僕はそう思いながら闇（やみ）の玉座のある前方に目を凝（こ）らした。

　そこでは闇（やみ）の魔女が勝利の声を上げている。

「ザマー見なさい！　哀れな冒険者。闇（やみ）の魔女をナメんじゃないっつうの！」

　高らかにそう言い放って傲然（ごうぜん）とプレイヤーの亡骸（なきがら）を見下ろす彼女こそが、この洞窟（どうくつ）の主・魔女ミランダだった。

　長く緑がかった黒髪が特徴的で、その身に『深闇の黒衣（ヘカテー）』と呼ばれる漆黒のドレスを纏（まと）っていることもあり、彼女は闇（やみ）の魔女の名にふさわしく全身黒かった。

　そのせいか黄金色の瞳がまるで暗闇に光る猫の目のようだったけど、整った顔立ちと魅惑的なスタイルの良さが彼女の美人ぶりを際（きわ）立たせている。

　僕がミランダの様子を見て苦笑いを浮かべていると、背後から呆（あき）れたような声が聞こえてきた。

「相変わらず粗暴な振る舞いですねぇ。困ったものです」

　涼やかな声と柔らかなその口調に僕は背後を振り返った。

　僕が見つめる先には質素な平屋建ての建物がある。

　そこは僕の住居である宿舎であり、その建屋前に設けられたオープンテラスの長椅子に１人の女性が背すじを伸ばして腰かけていた。

　先ほどの声の主であるその女性の名前はジェネット。

　闇（やみ）の魔女ミランダとは対極にあるような清らかな聖女だった。

　彼女の温かみを感じさせる明るい茶色の髪の毛と綺麗な緑色の瞳が僕はけっこう好きだった。

　そんなジェネットは純白の衣『祝福の聖衣（クレイオー）』を纏（まと）った美しく清廉（せいれん）な尼僧（にそう）なんだ。

　シスター・ジェネットは僕同様にミランダを見張るという名目でこの場所に滞在しているんだけど、実は彼女はある人からの特命を受けてこのゲームに存在する特別なＮＰＣなので、本当の目的はよく分からない。

　何にせよ闇（やみ）の魔女ミランダも光の聖女ジェネットも僕にとってはとても大切な友達だった。

　つい先日、このゲーム世界はとある事件によって大混乱に見舞われたんだ。

　この洞窟（どうくつ）のボスＮＰＣであるミランダがシステムエラーを起こし、自らの役割を忘れて無差別な破壊行為を行った。

　僕とジェネットはそんな彼女の暴走を止めてミランダを元に戻すべく奔走（ほんそう）したんだ。

　あの時は本当に大変だったよ。

　そんな事件から一ヶ月ほどが経過して、ありがたいことに今ではこのゲームも通常運転の毎日で日々平穏だった。

　とか言ってるそばからミランダがこっちに近付いてきたぞ。

　むむむ。

　さすがに僕もこの先の展開が読めるようになってきた。

　ミランダは僕の背後に座るジェネットに目を向けると、口元を歪（ゆが）めて意地悪な笑みを浮かべた。

「あらジェネットいたの？　相変わらずイヤミなくらい白いわね。あまりにも全身白いから真っ白に燃え尽きたプレイヤーの亡骸（なきがら）かと思ったわよ。フフフ」

　得意の憎まれ口を叩くミランダの顔は嬉々として輝いている。

　まったく。

　彼女ときたら、すぐこれだ。

　しかしジェネットも負けていない。

「まあミランダごきげんよう。あなたこそ芸のない黒さですね。そんなにも全身真っ黒なので黒炎弾（ヘルバレット）で焼け焦（こ）げたプレイヤーの成れの果てかと思いました。ウフフ」

「何ですって！」

「何か？」

　ああもう。

　また睨（にら）み合っちゃって。

　……いつも二人はこんな感じです。

　ジェネットがこの洞窟（どうくつ）に滞在するようになってから以前は辛気（しんき）くさかったこの場所もずいぶんと賑（にぎ）やかになった。

　良くも悪くも。

　でも明日は久々に僕は１人で静かな時間を過ごすことになるんだ。

　そして翌日……。

「行ってきます。アル様。お留守をよろしくお願いしますね」

「フンッ！　面倒くさいわね。アル。ちゃんと留守番しておくのよ。あと、３日後は出張襲撃サービスの日だから、それも忘れないように」

　ジェネットとミランダの２人はそう言うと、この闇（やみ）の洞窟（どうくつ）を後にした。

　ミランダは定期メンテナンスで運営本部に、ジェネットは彼女の率いるクラスタである『懺悔主党（ザンゲスト）』のオフ会にそれぞれ出かけていったんだ。

　今日１日は僕１人でこの洞窟（どうくつ）の留守番だ。

　久々に１人で静かにのんびり出来るぞ。

　２人がいると賑（にぎ）やかで楽しいけれど、本音を言うとたまには静かに過ごしたい時もあるんだよね。

　そう思って僕が１人ホッと一息をつこうとした矢先だった。

　１人の少女が唐突に僕の前に姿を現した。

　この後、その少女が僕だけじゃなくミランダやジェネットまで巻き込む騒動を巻き起こすなんて、この時の僕は思いもしなかったんだ。

　僕とその少女の出会い。

　これが新たな騒動の幕開けだった。