第5話 ②
「「――――おおっ!!」」
両雄の雄叫びが大気を震わせた。
互いの性質の異なる霊力同士が衝突し、融合し、反発することで小規模な爆発が生じる。
近接戦が始まっておよそ十分。ほぼ互角の戦いをここまで続けていた。【修羅王】は思わず舌を巻く。
(考えたな。よもや私の一刀を攻撃で応じてくるとは……!)
もしも護国寺が守勢に回っていれば、形の上での均衡もままならなかったであろう。徐々に負債を重ね、やがて対処不可能になったところを狙われ、とうに戦いは終わっていたはずだ。
しかし護国寺は避けられぬ一閃に対し、攻撃を合わせることで相殺していた。少年の連打が、【修羅王】の連撃を悉く阻んでみせる。
加えて厄介なのが、あくまでもこれは攻撃だということである。【百発百中】の効果を打ち破る方法は大きく分けて二つ。一つはたとえ防いだとしても粉砕できる破壊力をぶつけること。二つ目は防御の間に合わない回転力で押し切ることだ。
今危惧すべきは後者である。膠着状態ということはつまり、どちらかに何か一手でも切り札があればそれは崩れ去るということなのだ。脆弱な足場で相撲を取っているような状況。
それでも、【修羅王】の余裕は決定的に崩れない。
「……大したものだ。人の身でありながら、ここまで私に拮抗するか」
少年は答えない。――――否、答えられないのだと男は知っている。
「良い動きなのだが、少しずつキレが悪くなっているようだぞ?」
「くっ…………!」
ドドッ!! と男が喝を入れる形で、鈍りかけていた連打が再び苛烈さを取り戻す。
やはり、と【修羅王】は確信する。と言っても至極当たり前のことであるが、闇雲に腕を振るうだけで相当筋肉は疲弊する。プロボクシングでもフルラウンド通じて攻撃を続けられる選手はいない。
少年が連打を始めて十分程度。むしろ血を流した状態でここまで持ったことの方が奇跡的と言えよう。
一方で【修羅王】も同じ時間刀を振るっている。刀の重量分、男の方が早くバテてしまいそうだが、肉体の鍛え方が護国寺とは違う。ムサシの肉体は刀を振ることに特化しており、たとえ一時間であろうとも休むことなく攻め続けることができる。
根性論ではどうにもできない差。それが如実に表れてきている。それが一定以上に達すると、護国寺は致命的な隙を晒すことになる。
――――そして、その時はすぐに訪れた。
僅かに回転数が落ちたのを見計らって、【修羅王】は一気に攻勢へと打って出る。ただ当てるのではなく、強く振るうことで右腕を弾き飛ばした。
「しまっ……!?」
先ほどまでの打撃音が寸断される。
男は自ら生み出した好機を前に、ただいつも通りに刀を振るった。
上から下へ。まるで落雷のような一閃が着弾する。それを護国寺は頭上で両腕を交差させることで間一髪防ぐ。メキ、と骨が嫌な音を立てる。
「本当に、良く頑張った。見くびっていた己をこれほどまでに恥じたことはない。いやはや、猛者というのはどこにいるか分からんものだ!」
鍔迫り合いの拮抗が続く。双方の視線がぶつかる。
「まだ粘るかね。理解し難いな。心身ともに限界である貴様に比べ、私はまだ余力を残しているのだが?」
「些末なことだ。せいぜい、余力を残したまま散るなんて無様、晒さないようにな」
どうあっても少年の心は折れない。心が身体を支えているのだから、それがある限り極小の可能性が残っている。
(ならば、その信念ごと叩き斬るまでのこと!)
【修羅王】は再び上段に構え直す。次の斬撃は【一刀両断】を内包したもの。今のようにガードしたのでは、彼の身体はアジの開きのように両断される。
無論回避も不能、防御も不能。柳生武蔵の言霊を以て、今ここに勝利を齎す――――!
凶悪な風切り音を従えて、刀は振り下ろされた。ピタリ、と場が切り取られたかのように静止する。
「な、何故――――」
一方から苦悶の声が漏れる。
――――護国寺の拳が、【修羅王】の腹部に突き刺さっていた。
全身の機能が一時麻痺するほどの衝撃が襲う。まともに呼吸することさえ困難な状態だった。カウンターで入ったのだから当然の威力と言えた。
男の身体がくの字に折れたところへ、今度は顔面に護国寺のハイキックが炸裂する。ギャッ! と靴底から嫌な音が鳴る。何とか倒れまいと踏ん張った結果、道路に電車道の痕跡を残したのだ。
(今のは…………、)
先の攻防を振り返る。間違いなく面を捉える軌道を通っていた刀。防御ごと真っ二つにするだけの霊力は籠めていた。言霊師である護国寺もそれに気付いていただろう。だから彼は咄嗟の判断で回避しようとした。もしも彼が圏外に身を置いたのなら、【百発百中】の効果により刀は自動修正して少年を斬っていたはずだ。どちらにせよ必ず当たるという前提は覆らない。
――――しかし、護国寺はそれを最良とも呼べる躱し方を実行してみせたのだ。元の軌道スレスレのところに身を置くことで、刀が僅かに肩を腕を掠めるに留めたのである。見えていなければできない芸当。
確かにその回避手段であればダメージを最小限に抑え、即座に反撃の体勢も作れよう。ただそれはあまりに机上の空論とも言うべき技術で、躱し過ぎても中途半端に避けても駄目で、「そこしかない」というルートを読み切らなければならない。
(そんな……そんな馬鹿なことがあってたまるか! 先ほどまで私の剣を相殺することで延命していた男だぞ? そんなことが一朝一夕で身に付くはずが――――ッ!)
ゆらり、と護国寺が動いた。もう立っているのも厳しそうな状態に見えた。三段突きで負った傷をいかに焼いて塞いだとしても、相当な体力を消耗しただろう。足取りが不安定になっている。
こんな人間を仕留めきれないのか、という不甲斐なさより、【修羅王】の中では彼が物の怪の類に映っていた。立っていられるはずがないのだ、無理なガードを強いた両腕はボロボロで、全身を無数の切り傷が蝕んだ状態で。
知らず、気圧されそうになっていた自らの脚に喝を入れる【修羅王】。
(今のは偶然の積み重なった結果に過ぎん。グラついた先が最善のルートに入っただけだ)
半ば暗示のように、自身に呼びかける。どのみちあと一撃でも入ればその瞬間勝負は付く。今考えるべきはそれのみだと。
【修羅王】は刀を水平より低く下げて前傾姿勢を取る。最速の剣技で、反応する余裕すら与えずに決める。
地を蹴る。それだけで男の身体は砲弾のような加速を得る。沈み込んだ体勢から、刀を持つ右手が隠れるほど身体を捻り、少年の身体を斬り裂かんと迸る――――!
間合い、踏み込み、威力。ともに申し分ない。稲妻の如き鋭さは、この身を得てから最も洗練された一閃だと断言できる。
――――それを。
「な……!」
護国寺嗣郎はいとも容易く踏み越えてみせる。
取った行動は単純明快。庇うように左手を前へと差し出し、コツンとノックをするかのように撥ね上げたのだ。必中はそこで役目を終え、残ったのはがら空きとなった【修羅王】の懐のみ。
「【侵略すること火の如く】――――ッ!」
轟ッ!! と発火した炎が瞬く間に空気を吸い込み肥大化する。それを宿した拳を、弧を描くようにして男の顔面に突き刺した。鼻っ面を捉え、【修羅王】の身体は大きく吹き飛ばされて、壁にぶつかることでようやく止まることができた。
「が、は……!」
もはや疑う余地もない。護国寺は完全に【修羅王】の太刀筋を見切っている、と。
ざ、と前方で足音が鳴った。護国寺がゆっくりと近寄ってきていた。ともかく立ち上がらないと、と足腰に力を込めるが、ガクッとそれが抜けてしまう。
もはや立場は、完全に入れ替わっていた。
見上げるのが【修羅王】で。
上から見下ろしているのが護国寺嗣郎であった。
「お前の剣、もう十二分に見させてもらった」
告げる。この戦いで【修羅王】の剣閃を誰よりも浴び続けた少年が、目を厳しくして。
「――――【修羅王】よ。お前の剣は柳生武蔵に劣る」
それをこれから見せてやる、と言って、彼は拳をさらに強く握り締めた。
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