閉ざされる未来 (4)

 ふと、周囲がざわついていることに気付いた。それは単なる雑踏とは違う。向こうの方で何か騒動が起きているみたいだった。よもや機械民族の統治する惑星『セレーネ』で事件が起きるなどとは、にわかには信じがたいことだろう。

 じわじわと浸食していくかのように、ざわつきが増していくのを感じた。

 大通りへと進むと、街頭に大きなスクリーンのようなものがあった。そこから別な場所の映像が流れていた。それが何処なのかは分からないが、少なくとも言えることは、何者かによって破壊され、倒壊した建築物であるということは分かった。

 物騒なことだ。平和だと思っていたこの街にもそれを脅かす存在があるのか。

「そんな、まさか……ヘルサでこんなことが起きるなんて……」

「どうして……? 一体、誰が……」

「バカな……、この街で何が起ころうとしているんだ……」

 人々の不安が伝播している様子がこっちにも伝わってくる。かなり驚愕しているみたいだ。必要以上に怯えてさえいるかのよう。こういった事件は頻繁に起きているわけでもないのか。

 しばらく眺めていると、凄惨な有様だった建物の映像は直ぐに切り替わり、ニュースを読み上げるアナウンサーが引き継ぐ。それを聞く限りでは、ヘルサでは例を見ない事件だと語っている。

 そして、おそらくこの場に集まっている人々が最も気に掛かっているであろうことに触れる。

『犯人は、依然として不明。目撃証人もおらず、監視機構にも記録が残されていなかった模様。担当者は現在も捜査を進めております』

 釈然としない答えだ。犯人が分からない。動機も分からない。それどころか何の証拠も残っていなかったという。あまりにも奇妙すぎるんじゃないか。

 ここは、惑星『セレーネ』。機械民族の統治する星だ。人類の比にならない高度な文明がある。そんな場所で足跡さえも残さずに、施設を丸ごと破壊なんて可能なのだろうか。何らかの事故であった方が自然だ。

 だがあいにくと街頭をお騒がせしているスクリーンでは、何も分かることがない。

 先ほど、ほんの少しだけ見れたあの倒壊した様子。

 内部側からの爆破によるものだろう。しかし、爆発物を取り扱うような危険な施設ではなかったとアナウンサーも伝えていた。火器のない場所であれほどの倒壊を引き起こす爆発となると、やはり外部からの攻撃という結論に至らざるを得ない。

 俺には関係のないことだ。だが、知らぬ存ぜぬでこの場を立ち去るには、少々規模が大きすぎる。例えば、これによってヘルサの街が閉鎖なんてことになれば、俺たちの任務にも支障が出てしまうだろう。

 一先ずは、手元の端末を操作して確認する。

 近隣のニュースが大量に舞い込んでくるが、どれも爆発事件のことばかり。不安を煽るような声が混乱を招き、状況は混沌と化している。

 場所は商業区の端。確かニュースでも同じことを言っていた気がする。位置関係的に言えば、あろうことかこの近くだ。

 俺がこの層にくる少し前に爆破されたらしい。なんともタイミングの悪いことだ。

 爆発事件のことで情報が今もまさにパンクしそうなほど溢れかえっているが、これほどまでに最悪のタイミングもないだろう。

 情報収集はこのくらいとして、俺は直ぐさま通信端末に切り替える。

「ジニア、何やら不穏な事件が起きてるみたいだが、お前何か知ってるか?」

『ぁー? なんだゾッカのことじゃないのか。ま、さっきデカい音が聞こえたし、ここらの奴らがずっと騒いでんし知ってるぜ。つってもオレらには関係ないだろ?』

「閉鎖されたらどうするんだ。面倒なことになるだろう」

『まぁ、確かにな。でもよ、そんなことよりゾッカの奴、全然見当たらないんだわ。何処行っちまったんだかなぁ……』

 何故だろう。今、俺は物凄く奇妙な感覚に襲われていた。

 繋がりそうで繋がらなかった点と点が線で繋がっていくかのような。

「巻き込まれないうちに『セレーネ』を立ち去った方がいいかもしれない。というか、事件のこと知ってたんだったらさっき教えてくれればよかっただろう」

『どうせオレらが関連してる証拠ないだろうし、そんなもん一瞬で洗いざらい全部分かっちまうことだ。首突っ込まなきゃいいだけだろよ』

 ぶっちゃけジニアの言葉が正しい。機械民族なら誰が何処で何をどうしてきたなどという履歴は全て把握しきれているはずだ。コードを持っている俺たちなら尚更。

 つくづく、俺は悲観的なことを考えてしまう癖があるらしい。

「ああ、それもそうだな。悪かった。引き続きこっちでゾッカを探しておく」

 しかし、それでも俺の中の不安は拭いきれないままだった。

 もう一度、ゾッカに通信を送ってみる。しかしやっぱりゾッカからの応答は一切ない。どうしてこんなにも嫌な予感がしているのだろう。

 不安な気分の中に、タイミング悪く不安を増長させるような事件が起きたからだろうか。不吉なことが起きると案外、物事を悪く考えてしまいがちだ。

「ザンカ、応答できるか」

 一先ず、続けざまにザンカの方にも通信を送る。

 確か、ズーカイと一緒に行動していたはずだ。

『ゼクラさん、急にどうしましたか? 丁度我々は用事を済ませて『サジタリウス』号に戻るところでしたよ』

「どうやら俺たちのいる階層で事件が起きたらしい。変な面倒ごとに巻き込まれないうちにザンカには解析を頼みたい」

『確かに爆発事件が起きたというのは把握してますが、なんでまた。それに一体何を解析しろと?』

「実はゾッカがいないんだ。ジニアとはぐれてしまったらしい。こっちの通信にも応答がない。早めにここを切り上げるためにもゾッカと合流したい」

『まったく心配性にもほどがありますよ……調べるまでもないと思いますが――』

 その辺りで、ザンカからの声が途切れる。解析を開始したのだろう。

『ザンカさん、今解析してます』

 ズーカイが横から答えてくる。

 いや、さすがに俺でもそれくらいは見えなくても分かるぞ。

『……ちょっとこれは』

 あまり歯切れのいいとは言えない口調で、ザンカが呟く。

「なんだ、どうした。今、ゾッカは何処にいるんだ?」

 この嫌な予感は、いつもの取り越し苦労であってほしいのだが。

『……この惑星には、もうゾッカさんは存在していません』

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