第四十四章

閉ざされる未来

 惑星『セレーネ』の地下、ヘルサの街を一人、歩いていた。人々が往来する何のことはない、ただの商店街だ。至って平和な光景が広がっている。すれ違う誰も彼もが、戦争とは無縁の世界を生きている。

 奇妙なほど疎外感に苛まれる。確信して言えることは、この平和な日常は俺には手も届かないものに違いないということだ。

 確かに今の世の中、人類の多くは機械民族に統治され、所変われば奴隷のように、所変わればペットのように、所変われば家畜のように、人類は支配下にある。それは紛れもない事実だ。

 だが、所変われば今、目の前で広がっているように、当たり前の生活を送る人々もいる。勿論、これもまた機械民族の支配下ということに変わりないのだが、それは生きることを保障された世界と言い換えることもできる。

 また、機械民族の統治の外の世界でも、これと似た光景を最近見たことは記憶に新しい。人々は、当たり前のように生きている。保障があろうと、なかろうと。

 人としての当たり前、普通の生活。ソレは一体なんだろう。

 飯が食えることか? 病気にならないことか? 武器を手に取らないことか?

 おそらくはそんなことなんかではないのだろう。

 当たり前だの、普通だのは、誰かの理想を固めただけの幻想だ。俺の思い描く日常が誰かの日常にはなりえない。

 惑星『セレーネ』も、惑星『カリスト』も、人々は当たり前に生きている。

 そうやって少しずつ、未来を紡いでいくのだろう。正しいも、間違いもない。

 生きて、何かを選択して、いずれは死ぬ。長いか、短いかだけ。


――もしも、この当たり前が消えるとしたら?


 俺たちシングルナンバーの司令塔にあたる機械民族は言っている。戦争は間もなく終わろうとしていると。それを真に受けている者がどれだけいるだろう。

 けして短い歴史ではなかったはずだ。人類を兵器として生み出し、武力を持たせ、戦争の道具として使ってきた。その歴史の到達点に俺がいる。

 人類の最終進化形態と呼ばれた、コードZ。

 これまでに多くの機兵大国として栄えてきた星々を制圧し、破壊してきた。いつの間にか、俺の功績によって惑星の破壊者スター・ブレイカーなどと呼ばれるようにもなっていた。

 このまま俺たちの世代を踏み台に、人類はさらなる進化を遂げていくのだろうか。俺のような存在すらも淘汰されて世界から必要とされなくなっていくのだろうか。

 戦争がなくなるというのなら必要とされない未来には希望は持てるだろう。

 だが、次なる世代が現れるとするならば。

 次なるファクターが生まれてしまうのならば。

 今、目の前で生きている人々さえも巻き込むような、そんな未来が待っているのだとするならば。

 それは人類にとっての未来は閉ざされているも同然なのではないだろうか。

 そんな未来は、確約などされてはいないはずだ。

 しかし、俺たちの今、守っているソレは、その可能性を秘めている。これだけは紛れもなく言えることだろう。人類の可能性の開拓する、そのファクターだ。

「おや、ゼクラ、さんじゃないです、カ」

 人混みの中を、ガシャンガシャンと、独特の金属音を立てながらも掻き分けて現れたその男は、半身を機械に覆われた俺たちの仲間、ゾッカだった。

「お前、ジニアと一緒じゃなかったのか?」

 確か、マーケットで色々なものを買いあさるようには聞いていた。半ば、ジニアに引っ張られていくように連れていかれていったはずだ。

「ええ、それぞれが欲しいもの、もありますので、一旦分かれまし、タ」

 相変わらずも、変に雑音の多い男だ。特にこう雑踏にまみれた場所だと尚のこと、聞き取りづらいところも出てくる。

「ゼクラ、さんはどうしてここ、ニ?」

「特に目的があったわけじゃない。気が休まる場所を探していたところだ」

 逆に、余計なことばかり考えてしまって、気が休まるどころじゃなかったのだが。

「でしたらこの先に、静かな場所があります、ヨ」

 そういってゾッカはモニターを出力する。簡易なマップが表示されていき、そこに公園らしき場所が明滅していた。

「私も粗方、欲しいものは手に入りました。少し休もう、と思っていたところです。ゼクラ、さんがよろしければ、ご一緒して、モ?」

「ああ、別に構わない」

 ガシャコン、ガシャコン、と金属音を隣で鳴り響かせながらも、俺とゾッカの二人はヘルサの街を闊歩していく。少々奇妙な光景だったようには思う。多少なり視線を感じる程度には。

 今残っている『サジタリウス』号の乗組員ではコイツとも随分と長い付き合いになってしまったものだ。

 これまで色々な奴らが『サジタリウス』号の乗組員として共に任務を全うしてきたが、ペーペーの見習いも、歴戦連ねた猛者もみんな平等にあっさりといなくなってしまった。情など沸く余地すらないほどに。

 でも、コイツは不思議と残っている。

 ザンカも、ジニアも、ズーカイも、どういうわけか残っている。奇跡的なものなのか、偶発的なものなのか、はたまた必然的なものだったのか。

 ひょっとすると惑星『セレーネ』を発てば、いずれ誰か欠けるかもしれない。そんな未来を、ふと想像すると、心の奥でそれを恐れている自分がいることに気付く。

 まいったものだ。惑星の破壊者なんて呼ばれている破壊兵器の俺に、これほどまでの情が沸くくらいコイツらと共に戦い続けているとは。

「この通りの、先です、ネ」

 繁華街を抜けた先、開けた空間がそこにあった。

 幾重にも分かれた楕円形のプレートが植物の葉のように連なり、何とも立体感のある公園と思わしき広いスペースだった。ところどころに、観葉植物のような何かが敷居、はたまた垣根のように立ち並び、芸術的な調度品のように見えた。

 中でも高いところに位置する一際大きなプレートからは泉が沸いているようで、下へ下へと滝のように水がさらさらと煌めきながら流れ落ちていた。

 まさしく憩いの場と呼ぶに相応しい光景だ。眺めているだけでも、なんとなしに心が洗われるような気持ちになってくる。自然惑星でもなかなかお目に掛かれない人工的な建築美を垣間見たように思える。

「では、少し、お話でも、しましょう、カ」

 何処か含みのある雑音にまみれた声で、ゾッカは花弁を模したような形状のベンチに腰を下ろした。

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