ブラックマーケット (2)

 早くマーケットから出て行きたかったが、あまりに人混みが多く、思うように身動きが取れなかった。まさか通りすがりの人々をなぎ倒していくわけにもいかない。向こうは一般市民たちだ。ここが戦場で相手が機械民族マキナなら話は違っただろうが。

 買い物に夢中になっていたせいもあってか、かなりの深部にまで立ち入っていたようで、出口が遠く感じた。誰も見ていないのなら跳んでいくのも手かとは思ったが、あいにくなことに俺の両腕には機械パーツが沢山あった。

 ジャンプする度にその重量で地面に穴を空けかねないし、下手したら機械が故障させてしまう可能性すらある。そうでなくとも、着地地点に人がいたらそのまま圧死させてしまうだろう。一番あってはならないことだ。

 走るのもダメ、跳ぶのもダメとなると、地道に歩いて抜けるしかなさそうだ。

「……あの人が……」

「……目を合わせるな……」

「……しっ、こっち見てるぞ……」

 周囲のざわつく声がよく聞こえた。

 非常に気まずい状況だ。ほんのつい今しがたの騒動が伝播したのか?

 それにしても随分と早い。いや、何かしらの通信機器を利用しているのだろう。

 気のせいではないし、誤魔化しようがない。どうやら俺は注目されているようだ。

 ただでさえ、こんなノロノロとしているというのに、騒ぎが広まっていけばいくほどに網の目が小さくなっていくのも同然。このままでは――。

「こんにちは」

 真正面からの、ほんの簡単な挨拶。

 突然目の前の人垣が割れて少々開けた空間になっていると思いきや、そこには三人ほどの男がポツリと立っていた。かなり身なりがいい。こんなブラックマーケットには不釣り合いなくらいに、高級感のあるスーツを着こなしている。

 そして、ソレが目に付いた。

 黒い毛皮を纏った毛皮のエムブレム。

 スーツの肩にしっかりと付けられていた。

 ソレは、このミザールを牛耳っているマフィア、アルコル・ファミリーを示す印。この惑星で最も喧嘩を売ってはならない組織の掲げている紋章。

 目の前の男たちは間違いなくこちらの正面を切って挨拶をしてきた。認識されてしまっているということだ。やはり、悪目立ちしすぎたか。

「ああ、こんにちは」

 とりあえず挨拶を返してみる。

 辺りの一層ざわつく声、視界の端に映る人々の哀れむような瞳。それらが意味するところはとってもシンプルなことだろう。「あの人、アルコル・ファミリーに目を付けられてしまったんだ。可愛そうに」といったところではないだろうか。

「キミは、見かけない顔だ。旅行者かね?」

 優しい口調ではない。極めて威圧的だ。

「そう、今日きたばかりの、至って何の変哲もない旅行者さ。うちの船の燃料が底をつきそうだったものでね。色々と資材も調達していたところなんだ」

 穏便にことを済ませられる気がしないが、誤解のないように話を進める。

「何やら先ほどは騒ぎを起こしたみたいだったが……」

「騒ぎというほどのものじゃない。こちらの機械パーツをめぐんでほしいと言われたから、一つ手渡そうとしただけだ。ちょっと重かったらしくてうっかり落として怪我をさせてしまった。それについては申し訳ないと思ってる」

「ふむ」

 あのいかつい男と比べると、思慮深い様子が窺える。どのような話で伝わっているのか分かりかねるところだが、表情を見る限りでは状況の把握はできたみたいだ。

「それは災難だったな。確かに、なかなか重そうなものを抱えている――」

 そういいながら男は俺に歩み寄り、何の許可も得ず、俺の腕からパーツの一つを手に取ろうとした……が、直ぐに重さを理解したのか、撫でるだけで終えた。

 心なしか、一瞬だけ表情が滲んだように見えた。

 その一連を見てか、後ろの二人の男がいきり立った調子で、今にも攻撃をけしかけてきそうだったが、冷静な方の男が優しくソレを制止する。

「――質問し直す。キミは、何者だ?」

「んーと……旅行者、放浪者、無法者、異邦人、異国人……この辺りのどれかで納得のしてもらえると助かるのだが。ここを訪れたのは本当に予定外なもので、今すぐにでも発ちたいんだ」

「キミは、我々が何者か分かっているのだろうな」

「アルコル・ファミリー。ここを訪れる者がその名を知らないわけがない」

 ここに来る直前にザンカから聞いたばかりなのだが、その辺りは伏せておこう。

「そちらにとっては俺たちは怪しいものかもしれない。しかし、こればかりは誓って言わせてほしい。縄張りテリトリーを侵す気はない。お騒がせしてしまったことも謝罪する」

「キミの心臓には毛が生えているのか?」

 あ、凄い怒りを感じる。どうしたものだろう。できるだけ穏便にことが運ぶように説明したつもりなのだが。

 後ろの男二人も、その怒りに同調しているのか、こちらを強く睨み付けてくる。

 また飛びかかってきそうな雰囲気だったからか、また目の前の男が制止する。そいつらは飼っている猛獣か何かか?

「やめておけ、お前たちには何もできない」

 なだめている様子を見ると、本当にペットか何かのように思えてしまう。

「ふぅ……キミは我々をアルコル・ファミリーと知って、そのような態度でいられることに、正直驚きを隠せない。いや、キミには余裕になれる程の実力があるのだね」

 その言葉使いからその男の苛立ち具合を察せる。

 もう少し怯えた演技でもしておくべきだったか。

 余裕のある態度がよほど気にくわなかったらしい。

 思えば、ここはアルコル・ファミリーの領域であり、アルコル・ファミリーに対して刃向かうものなどいない。アルコル・ファミリーこそが絶対的な支配者であることは揺るがない、そんな世界だ。

 本来ならば、瞳が涸れるほど涙を流しながら、喉が掠れるほど赦しの言葉を垂れ流し、額の皮がすり切れるほど地べたに頭を押しつけるのが正解だったか。

「我々にとって、キミは、危険因子だ」

 男は間髪入れず、袖の下から小型の銃器を取り出し、ノータイムで銃口をこちらに突きつけ、そのまま躊躇いもなく引き金を引いた。

 超圧縮型レーザー特有のキュイイィンという高速度反射の音が耳を刺激する。

 目の前の男の焦るような表情が、ゆっくりと余裕を取り戻す様が見てとれた。

 それは、ほんの数秒にも満たない一瞬の出来事だったが。

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