異邦人 (後編)

 ミザールでは、大概の者は中央のマーケット付近にある発着場を利用する。そこはアルコル・ファミリーの息が掛かっているため、結構な金を吹っ掛けられるが、それでも十分な利益を得られると分かっているので、余裕を持って支払う。

 しかし、中には利用しない者もいる。例えば、金に余裕がない者や、ミザールをよく知らない素人。はたまた、たまたま迷子になった者なんかもそうだろう。

 何にしても、ミザールの発着場ではなく、町外れのスラム側に船を停める者で共通していることは、アルコル・ファミリーとは関わっていないパターンが多いこと。

 まさかアルコル・ファミリーの領域と知って、ただの買い物を済ませて帰ろうなどと考える者なんてそう多くはないはずだ。いたとすれば、相当の世間知らずか、よほど腕に覚えのある実力者くらい。

 仮に後者だったとしても、頭の足りていない無謀な者であることは間違いない。

 少なくとも、ブロッサはそのように判断した。

 誰がやってきたのかは知らないが、ソイツらはカモなんだと。

「みんな、狩りだよ」

 ブロッサの言葉に、喜々とした表情を浮かべる子供と、怯えた調子の子供、そして何のことかサッパリ分からないといった様子の子供とで分かれる。

「美味しいもの、食べられるよ!」

 一先ず理解していようがいまいが、次の言葉で子供たちは一斉にはしゃいだ。


 ※ ※ ※


 比較的に幼い子供たちは拠点に残し、武器を構えた子供たちが配備につく。

 武器というのも様々で、棒きれのようなものであったり、錆びたナイフであったり、中には何処から拾ってきたのか銃器もあった。

 例え相手が大の大人であったとしても、地の利と数の差に分があるこちらが一斉に攻め立てれば勝ち目はある。ブロッサはそう確信していた。

 金目のものさえ手に入れば、それでいい。それさえあればマーケットだって受け入れてくれる。泥まみれだろうが血まみれだろうが、何の問題はない。

 ただ、相手がアルコル・ファミリーだった場合はその限りじゃない。勝手に行動しないように、事前に伝達はしてある。合図をするまでは何もするな、と。

 シンと静まりかえったスラムは、人気のないゴーストタウンを装いつつも、そのあちこちに凶器を携え息を潜めた子供たちが待機する。

 相手は何人だ。アルコル・ファミリーの関係者か。武器は持っているのか。

 慎重に、慎重に、カーテンの裏からブロッサは見張る。

 廃墟の通りに、何者かが訪れた。

 それは三人の男だった。

 武器らしきものは持っている様子はない。しまっているだけかもしれない。

 第二陣の合図を送る。気付かれないように取り囲んで攻撃の準備だ。

 だが、まだ攻撃は仕掛けない。相手がアルコル・ファミリーかどうかを見定める。

 緊張が解けない。ブロッサの額から汗がしたたり落ちそうだった。

 男たちは何かひそひそと喋っているようだが、ブロッサには届かない。

 もしかして気配がバレた? いや、そんなはずはない。脳内で自問自答する。

 そう落ち着きを取り戻すように、ブロッサは小さく息をつく。

 距離を置いているから向こうからこちらが見えるはずはないんだ。気配だって分かるはずもない。向こうは完全に油断しきっているに違いない。

 そっと、見定める。

 アルコル・ファミリーには仲間の証となるエムブレムを身につけていることを、ブロッサは知っていた。それは黒い獣のようなものをかたどった紋章だ。

 ない。何処にもない。肩にも、胸にも、そのエムブレムが見当たらない。

 確定した。アイツらはアルコル・ファミリーとは関係ない。

 ブロッサの中で、高揚感が高まる。次の瞬間には、ソレが声に出ていた。

「今だぁ!!」

 勝利の確信を持って、合図の掛け声。これで仲間のみんなに美味しいご飯を食べさせてあげられる。そんな幸せのビジョンを刹那に思い描いていた。

 が、消えていた。

 仲間との団らんが、ではない。三人の男たちが忽然と姿を消していた。

 確かに直前までブロッサの目で捕捉していたはずなのに。

 もしや、幻だったのか。そんな思考が巡ってくるも、すぐに否定する。もしブロッサが見ていた幻だったのなら、仲間の誰にも見えていないはずなのだから。

「ふぇっ? えええええぇぇっ!!!?」

 突如、まるで明後日の方向から悲鳴が聞こえてくる。

「え? 今、そこにいたのに……え? ど、どうやって? お、おばけぇぇ!?」

「ひぇぇぇぇ!! 捕まったぁぁぁ!! た、たす、助けてぇぇぇ!!!」

「おいおい、あんま暴れんなよ。なんもしねえって」

「おいたはダメですよ。悪い人だったら死んじゃってたかもしれないですよ」

「ごごごごご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃぃぃ!!!」

 急に思いもよらない方向から同時に声が上がってくる。ブロッサの頭は混乱を極めた。ただ、理解した。仲間のピンチなのだと。

 一体誰が何をしてどうなったかなんて理解する必要はない。今まさに仲間たちが大変なことになろうとしている。だったら自分のとるべき行動は?

 ブロッサは隠れ潜んでいた廃墟から飛び出し、通りのど真ん中へと出る。

 そして見上げてみると、屋根の上に男たち三人。それと仲間たちが捕まっているのが見えた。

「そいつらを離せ、ゲス共!」

 渾身の力を込めて、腹の奥から叫ぶ。

 自分が囮になればいい。ブロッサの中でその結論に行き着いた。

 心臓がバクバクいっている。だが、ここで怯むわけにはいかない。

 そう思っていたのだが、屋根の上にいたはずの男たち三人は瞬きをする間に、ブロッサの目の前に立っていた。ブロッサとの身長さは倍近い。思わず倒れそうだった。

「……ッ! あたいの子分らが迷惑かけたな!」

 腰から下の感覚がない。

 ガクガクと揺れて、ちゃんと二本足で立てている自信がない。

「お前がリーダーか?」

「そうさっ! あたいがここの縄張りのリーダーさ!」

 思いっきり虚勢を張って見せる。

 しかし、そんな思いとは裏腹に、ブロッサは意識が遠のきそうだった。何やら自分の股間が湿っぽいような感じさえしてくる。

 改めて実感していた。自分たちは強者なんかではないのだと。たった三人の異邦人を目の前にして、自分が無力であることを自覚せざるを得なかった。

 自分には誰一人守れないのだと、思い知らされるばかりだった。

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