LILIUM-LN0508P FILE 02 (後編)

 コロニーの宇宙空港に着いたとき、そこは随分と慌ただしかった。

 寂れた印象しかなかったせいでリリーは少し驚いた。しかも、ここに来ているのはいずれもこれからコロニーを出ていく人ばかりだ。

 一体何事かとリリーの傍にいた監視員の男が手元の端末を操作する。そこから表示されたのは一つのニュースだった。

 異常恒星連続膨張。それは意味の分からない妄言のような内容だった。どうやら今まで観測の外だった恒星が次々に現れて、大規模の爆発を起こすらしい。

 異常という言葉では足りないくらいに異常事態なのは明白だった。そんなことが現実に起こりうることなのか。

 この近辺で観測されていなかった恒星など存在しうるのか。その時点で情報ソースが怪しい。

 よからぬ輩による胡散臭い情報拡散としか思えないニュースだったが、少なからずともこのコロニーの住民たちは鵜呑みにして避難しようとしているようだった。

 途方もない長距離移動用の窓口もパンクしかねないほど詰めかけているし、はたまたネクロダスト申請の緊急窓口まで開設されている始末。

 先ほどまでは意にも介さない様相だったリリーも、だんだん周りの喧騒に感化され、不安が持ち上げられていった。

「行こ」

 リリーは早足に、シャトル乗り場まで急ごうとする。しかし、その足は言葉通りの意味で浮足立っていて、滑る床の上をもがくようにふわふわとして、思うように進めていなかった。

 ほんの少し前なら当然にできていたはずの二足歩行が、こんなにも困難になるとは思ってもみなかった。リリーの心の不安定さがそのまま反映されてしまっていた。

 空港からシャトル乗り場へ、さほど大した距離も進んでいないのにもかかわらず、既にリリーは疲労感に苛まれる。焦燥感と苛立ちの混ざりあう不快な感情を抱え込んだまま、リリーはシャトルを待った。


 ※ ※ ※


 住宅区域に着き、おぼつかない足取りで歩を進め、途中何度かバランスを崩しそうになるも、なんとかようやくしてリリーは実家へと辿り着いた。

 ここにくるまで、やはり誰ともすれ違うことはなかったが、それは住民が少ないという意味ではなく、本当の意味で皆この場所を離れていったことを示していた。

 ひょっとしたら、この玄関の先にはもう誰もいないのかもしれない。ふとそんなことを思いつつも、扉を開く。

「……おや? まあ、まあ、まあ。キャナちゃん。帰ってきたんねぇ」

 リビングの奥、記憶の中の通り、いつもと変わらない、そんなふわふわの笑顔を見せる老婆がそこにいた。けして安心できるような状況ではなかったが、リリーはホッと安堵していた。それはこの場所がこの場所のままだったことに他ならない。

「ばっちゃ、ただいま」

 ゆったりとした足取りで老婆に近寄り、そしてそっと肩を抱く。

「博士、再会を喜ぶところを失礼しますが、早急に避難した方がいいでしょう。空港もどうやら混乱しているようで、今から申請しに行っても時間を取られるでしょう」

 件のニュースは信憑性には足らないものではあったが、それでも緊急の避難命令であることには変わりない。その情報がもし正しいとするならば、近いうちにこのコロニーを含むかなりの広範囲が爆発の巻き添えとなる見込みだ。

「分かっとる。……なあ、ばっちゃ。ちょっとお出かけしよ? な?」

「なぁに? どしたん? おやおや、そんなに慌ててんでも」

 急かすように、リリーはチェアの背もたれの箇所に手を掛ける。するとチェアの足下が浮遊し、移動モードへと切り替わった。老婆は何が起きているのか理解する間もなく、わたわたとしているうちにチェアごと運び出されていく。

「今、申請が通りました。空港へ急ぎましょう」


 ※ ※ ※


 リリーたちが空港に戻ると、そこは先ほどよりもまた酷く混乱していた。また、違う速報が流れたらしい。別な恒星が発見されたとか。

 まるで何者かに仕組まれているかのような悪意すら感じられた。あたかも、これから戦争を始めようとしている人類に向けての罰のような。

 表示されているダイヤが目まぐるしいくらいに変わり続けている。

 過疎化の進む辺境のコロニーだ。通常の運行でさえ、あちこちのコロニーを経由する必要があった。

 元より運行数の少なかったこのコロニーでは明らかに避難者に対して便の数が足りていない。もはや空港は避難所のように、数少ない住民たちですし詰め状態だ。

 かなり早い段階で申請を送っていたはずだったが、それでもリリーたちは今日明日にこのコロニーを発てる見込みもなかった。

 完全な足止めに落胆している監視員の男をよそに、ふとリリーはこの混雑の中、妙に空いている窓口が目についた。

 それはネクロダスト申請の緊急窓口だった。あれは通常の便とは異なる。

 そもそも本当に利用とする人もそうはいないのだろう。

 死亡届を出した上で、生命活動を停止させ、光速射出機構ハイカタパルトによって宇宙の果てに飛ばされるだけ。到着地点さえ定められていない。本当の意味での緊急の措置。勿論その後、回収されることがなければ永遠に宇宙を彷徨うことになる。

 そのとき、果たしてリリーは何を思ったのだろう。老婆のふわふわとした笑顔をまじまじと眺め、そして一つの決意を抱いた。

 ふとリリーが監視員の男の死角で指先を動かす。

 そこには何も触れるものがない。

 しかしそれでも慎重に、気を集中させ、その指が見えない何かをなぞる。

 端から見たら、特に何もなく、言葉通りに手をこまねいているだけだ。

 しかし、リリーの視線の先、緊急窓口の申請用ディスプレイが、無人のまま、起動し、そして登録申請の情報が勝手に入力されていった。

 ほどなくして、許可が下りたことを告げる画面が展開されていた。

 それを確認すると、監視員の隙を突き、リリーは老婆のチェアを押しながら、浮かび上がり、ゲートへと言葉通りに飛び込んでいった。

「博士? リリー・カーソン、一体何を?!」

 一瞬の油断に呆気にとられて追いかけようとするも、一歩遅かった。申請を通していない監視員の男はそのゲートに行く手を阻まれる。

「リリー? 誰やそれ。うちはキャナちゃんや」

 振り向きざまにとびきりのふわふわ笑顔を残し、チェアに座る老婆を引き連れて、二人はネクロダストの搭乗口へと消えていった。

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