ずるいやん (5)

 俺は一体何をしているのだろう。

 俺は一体何をしたかったのだろう。

 かつて俺は、マシーナリーによって作り出された人造人間だった。

 戦争のための使い捨て兵器として量産されたうちの一つ。

 俺の生まれた存在意義は破壊すること。そこに集約されていた。

 だが、俺のそんな人生はマシーナリーの裏切りによって一度結末を迎えた。

 進化、そして強化されていく人間型兵器を持てあまし、それが脅威となった。

 そんな理由だった。

 もう俺に存在意義などないものだと思った。

 何故なら、棄てられたのだから。

 しかし、俺はこの宇宙に蘇ってしまった。

 俺の知らない時代、俺の存在意義のない世界に。

 何をまかり間違ったのだろう。

 この時代では、人類は絶滅の危機に瀕していた。

 そして、俺がその最後の要だと知った。

 だから俺は、自分の存在意義を改めることにしたんだ。

 破滅の存在から、人類の繁栄のために転身するべく。

 か細い糸を手繰るようにして、俺の結論はそこに行き着いた。

 二十億年前に俺を棄てたマシーナリーに助けを乞うと。

 俺は何かを間違えていたのか?

 俺は何を間違えていたのか?

 マシーナリーに棄てられた俺は、人類を根絶やしにしようとしていたマシーナリーにすがっていたのか。

 滑稽。

 あまりにも滑稽な話だ。

 俺は一体、何のために生まれてきて、何をするために生きてきたのか。

 全てはマシーナリーの手のひらの上か。

 存在が確立されてから今に至るまで俺はただ道化師のように踊っていただけ。

 これを滑稽と言わずして何と言おう。

 俺は一体何をしているのだろう。

 俺は一体何をしたかったのだろう。


 ※ ※ ※


「――ックン! ゼックン! しっかりしぃや!」

「……ああ、すまない」

 少しの間、放心していたらしい。気付けばキャナが俺の肩を揺すっていた。

 ズーカイは相変わらずの表情でそこに立っている。

 途方もなく無気力になり、俺はZeusゼウスを解除した。

 周囲を取り巻いていた鋼鉄の壁が溶けるようになくなり、エメラを含む、その場にいたマシーナリーたちが解放される。

 直ぐさま武器を構え直すが、それも無意味と察してか手を下ろした。

「ゼクラさん。あなたはここにいるべきじゃない」

「それはお前が決めることじゃない」

「申し訳ないッス……本当であれば伝えるべき話じゃなかったッス」

「エメラ、お前は俺たちが絶滅することを望んでいるのか?」

「そっ! そんなわけないじゃないッスか! ボクたちは人類の皆さんを守るために『ノア』に派遣されてきたんスから!」

 勿論、そんな質問はしなくても答えは分かっていた。

 この『ノア』にいるマシーナリーたちは絶滅危惧種保護観察員として、人類のために活動するために存在している。

 マシーナリーだって一枚岩ではない。中には過激派もいて、中にはエメラのような友好派だっている。そんなことくらい、俺だって分かっている。

「ゼックン。ゼックンが気にする話ちゃうよ。そらあかん連中もおるけど、こっちにはエメちゃんたちがおるやん。それはそれ、これはこれや」

 そう簡単に割り切れる問題ならよかったんだがな。

「俺たちはマシーナリーに保護される対象として、捕捉されている。存在そのものが認知されている状況と言ってもいい」

「せやけど!」

「もし、人類の存在を疎む組織の目に入ったら、俺たちはどうなるんだ?」

「そんなん、絶滅危惧種として守られてるから手を掛けられるわけあらへん」

「なら、俺たちが今後の将来、繁栄するにまで至って、絶滅危惧種から外れたら?」

「そ、それは……」

 人類と違って、マシーナリーには実質的な寿命と呼べるものがない。

 百年先、千年先、万年先であったとしても、あるいは何億年も先であったとしても、人類の存在を亡き者としたい連中が消えてなくなることはない。

 今から数百年前。大規模の爆発を引き起こされた。かつて何十京人にも及ぶ人類が死滅するほどの大爆発を意図的に行われた。

 それと同じ事がこれからの未来に起こるはずがないと決めつけられるか?

「ボ、ボクたちはそこまで薄情な考え方は持っていないッス! 今は絶滅危惧種として保護する立場でこうやって並んで立っているッスけど、そうでなくなったとしても、手のひらを返したりなんかしないッス!」

「ありがとう、エメラ」

 そう答えたが、今の俺の言葉はあまりにも軽く、惨めに思えた。

「ボクは、人類を、ゼクラさんたちを、同情のような目で見ていた節も、あるかもしれない……ッスけど! 仕事だからやっているだけなんて浅い理由じゃないんスよ! ボクだけじゃなくて、ここにいるみんなも、全員……ッ!」

「分かってる、分かってるつもりだ」

 本当に俺は分かっているのか?

「いかがですか? ゼクラさん」

 ズーカイの言葉にゾッとした。なんてことはない、ゆったりとした口調で、とても端的な必要最低限にまとまった、短い言葉だったのに。

 コイツの言い分はもう分かった。コイツは確かにこう言った。「人類は絶滅してはならないのですか?」と。一種族に固執する理屈がない。

 それはズーカイが人類ではなくなり、機械人形オートマタとなったから出た発言だと思っていた。だが、その解釈は違っていた。

 その先の将来、マシーナリーの意向一つで人類の未来などどうとでもなってしまうだろうことを予見しての発言だったのだろう。

 俺が今こうして生きていることも偶発的なものでしかない。

 次なる根絶やし計画が発令されたとき、今度こそ人類は絶滅する可能性もある。

 それを前提として考えると、今の人類の繁栄などという計画はあまりにも些細なものに思えてしまう。

 俺は一体何をしたかったのだろう。

 俺は一体、何のために生まれてきて、何をするために生きてきたのか。

「アホォッ!」

 ピシャン。破裂音のようなソレが直に響いた。頬から伝わる衝撃に気付くと、俺はキャナに叩かれたのだと、遅れて認識した。

「何小難しいこと考えてんねん。そんなんどーでもええやんかっ! ゼックンはうちらを何だと思うてん? 将来絶滅されるかも分からんからもう愛したくない言うんかっ? ちゃうやろ? なぁ、そう言てよ!」

 頬が痛かった。たかだか素手のビンタ程度、大したことないはずなのに。

「うちも一所懸命やったんに、そんなん、ずるいやんか!」

 キャナの声が耳を刺した。

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