お留守番 (後編)

わたくしわたくしがよく分からなくなってきました。人類の繁栄のために。ただそれを目的に過ごしてきたはずなのですが、どうにもここのところ、自分が何のために何をしているのか、それまでハッキリとしていたものに靄がかかったようです」

 答えが出せず、疑問が出る。渋みがかった、酷く苦い顔で、プニカが俯く。

「ソレガシにはプニカお嬢様がどのような悩み事を抱え込んでいるのか分からないです。ですが、きっとそれはジェラシーというものなのでは」

「じぇらしー?」

 生まれて初めて聞いた言葉のように聞き返す。

「私は責任を持って、この『ノア』に留まっているまでです。それがどうしてじぇらしーとなるのでしょう。一体私は何にじぇらしーしているというのでしょうか」

 思考がまとまっていないのか、自分の口から発せられている言葉の意味も何も分からないまま、ただただ吐露される。

「こういってはなんですが、プニカお嬢様は何処か他のお嬢様がたと比べているものがあると思うです。それは外見であったり、態度であったり、色々です」

 ゴルルの言葉の意図は何も汲み取れない。しかし、言葉の意味を真っ向から否定するにもプニカにとって当てはまるところが多すぎる。

「みなさんとはあまり深く関わっていないソレガシがいうのも恐縮な話ですが、ナモミお嬢様も、キャナお嬢様も、そしてあのビリア姫様も、随分とまたグイグイとゼクラのアニキに積極的だったように見てとれたです。それはきっとプニカお嬢様も感じていたことと思うです」

「わ、私もゼクラ様には積極的なつもりですよ?」

 プニカはふと、張り合うように声を張り上げる。自分ではそんな大声を出すつもりではなかったのか、自分の口から出た言葉に少し驚く。

「あ、いえ、ええと、積極的という言葉の意味はよく分からないのですが」

 言い直すように、あるいは今の発言はなかったものとして扱うように、小声で言葉を紡いでいく。

「プニカお嬢様は、自分に自信がないですか?」

 さっきからゴルルの言葉が何処に向けられた言葉なのか、プニカにはどうにも分かりかねた。まるで遠くの方まで見通しているかのようで、そこまで考えの行き着いていないプニカは困惑するばかりだ。

「あの、ゴルル様のおっしゃる言葉の意図がよく……。いえ、確かにそうかもしれません。私は自分に自信がないと思っています」

 そういいながら何故かプニカはえらく下の方、自分の胸の辺りを覗き込むようにしながらそっと両手の平で何かあるわけでもないソコを上下に撫でる動作を繰り返す。

「あのナモミ様のように、はたまたキャナ様のように、何か憧れのようなものを抱いていたのだと思います。同じようにすれば同じようにゼクラ様が接してくれると思って。ゼクラ様はとても優しいお方です。ですが、ですが、なんといえばいいのか形容できる言葉が思いつきません」

 プニカの無表情が崩れる。

「ジェラシーです。きっとプニカお嬢様はそうやって他人と自分とを比較して自分を卑下していたのです。ゼクラのアニキは優しい男ですから、誰にでも優しくする。でもそれは平等の優しさではないのです。アニキ自身も気付かないうちに、です」

 何処か遠くを見つめるようにゴルルが言う。甲冑のような男の何処に目がついているのかは定かではないが、何かを思い返すようにプニカではないモノを見ているようだった。

「プニカお嬢様。あなたは決して魅力のない女性などではないです。優劣という曖昧な物差しに惑わされているだけなのです。心苦しかったのでしょう。ゼクラのアニキのそばにいることが」

 それを言葉として改めて聞いたことでたった今それに気付いたかのようにプニカがハッと顔を見上げる。そんなことを考えもしなかった。思いもしなかった。そんな驚きの表情を浮かべながら。

「そうなのですか? そう、なのですか……?」

 目の前のゴルルではなく、自分自身に問いかけるよう、プニカは言葉を反芻する。

「私は人類の繁栄のために目覚めました。この『ノア』の管理者として人類の未来のために生きてきました。そして可能性の芽をようやく見つけたのです。その芽を摘まないためにも私は私としての使命を全うするつもりで……」

 自分が何者なのか、自分が誰だったのか。確認するように、プニカは言葉を続けようとする。しかし、何処かで突っかかりができて、それ以上の言葉が出せない。これは違う、これは本心ではない、と自分自身に言い聞かせるように。

「……そう、私は赤ちゃんが欲しい。でもこれは使命ではなく、私個人としてで。私は自分の欲求に突き動かされるようになっていました。ゼクラ様がいればそれも叶うものなのだと思っていました。私が赤ちゃんを産んで、そして幸せに」

 プニカの頬に何かが一筋、流れていく。

「どうしてでしょう。何故なのでしょうか。満たされている気がしません。私は私の望むままにできているはずなのに。あれ……? なんででしょうか。私は、私は涙を流しているのでしょうか?」

 袖で顔をゴシゴシをこするも、プニカの赤く腫れ上がった目や、うわずった声はどうにもならない。

「……プニカお嬢様は、ゼクラのアニキのことを自分でも思う以上に想っているのですな」

 全身甲冑の男の手からタオルケットが出てくる。一体何処から取り出したものなのかは不明だが、ゴルルからソレを受け取るとプニカは覆い隠すように顔をうずめた。

「プニカお嬢様。余計なことを言ってしまい、申し訳なかったです。やはり本当は一緒に行きたかったのですな」

 そうはいっても、もう今更だ。ゼクラたちを乗せた護衛艦はしばらくは戻ってくることはないだろう。後悔したところで何が変わるということもない。

 ひょっとすればプニカの感じた何かソレが亀裂になって、いずれ深い溝になっていくのかもしれない。それでも、もう何もできることはない。

「わ、私は、どう、したら……」

 顔覆って途切れ途切れに弱く呟く。自分の気持ちも自覚できず、ただ胸の内から込み上げてくるソレに心を締め付けられながら、プニカは泣きじゃくる。

「お留守番していましょう。任務を終えたみなさんを温かく迎えられるように。ここは人類にとって数少ないホームなのですから」

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