結婚しちゃった (2)
※ ※ ※
「名残惜しいの。皆の者、達者でな」
もふもふとした手を振り、ついでに尻尾も振る。
ブーゲン帝国の首都、新生女王に就任したビリアちゃんの治める城にある飛行場にて、あたしたちはお見送りをされていた。
当初の目的は全て果たしたからだ。色々と過程で想定外のトラブルもあったけれども、何にせよここであたしたちがするべき事は全部終わり。
宇宙から流れ着いてきた迷子の仔猫ちゃんを送り届けて、犬の兵士たちをワンワン鳴かせて、それでおしまい。ここからもっと大変なことが起きるのだろうけど、それはあたしたちの話じゃない。
「ありがとうね、ビリアちゃん。わざわざ女王様直々にお見送りなんて光栄だよ」
「にゃっはっは。何を言うておる。今やこの国ではヒューマンは救世主じゃからの」
ソレはゼクの仕業なんだけど、上手いことキレイに伝達する手段がないものだろうか。なんか知らないうちにあたしは神の巫女とかいうポジションになってるらしい。いや、急すぎて何のことかと思ったし、結婚の話以上に唐突すぎる。
事の明瞭に把握できているのはブーゲン帝国の上層部とサンデリアナ国の一部くらいらしく、民衆ではそういう情報が錯綜していてて混乱状態になっているとか。
チラリと目線をそこに向ける。
甲冑の二人組が「任せてくれ」と言わんばかりにサインを送ってきた。あの二人はゴルルさんの部下のブロロさんとシルルさんだ。しばらくは惑星『フォークロック』に残り、事後処理をしていくらしい。
しないといけないことが色々と増えてしまったのだから仕方ない。
下手をしたらゼクの話が飛躍しすぎてとんでもないことになるし、ゼクと結婚してしまったあたしも何やらとんでもない存在みたいに語り継がれてしまうので、早急に対応してもらわなければ。
思ったけど、この惑星『フォークロック』って技術面的にはかなり高度なものが入り込んでいる割にはこのブーゲン帝国や近隣国では神を崇めたりとか科学的なものとは逸れた宗教観のようなものが根強いみたいだ。
それこそ弾丸一つにも力の神様が宿っているから威力があるのであって、火薬がどうとか、そういう知識は土台にはないっぽい。勿論、住民全員が全員そういう価値観ではないみたいだけれど、こういう感じらしい。
そんな背景もあって、ブーゲン帝国を制圧したというサンデリアナ国の王族護衛部隊をバッタバッタとなぎ倒したゼクは力の化身、神の化身、偉大で崇高なるなんやらかんやら凄いものの化身、ってことになってるようだ。
ゼクが申し訳なさそうな、複雑な苦笑いをしている。当人は反省しているので許してあげたい。
「またいつでも来てよいのだぞ」
「うん、国の方が落ち着いてきたら教えてよ。そのときは遊びに来るからさ」
軽い感じで返答しちゃったけど、相手は帝国の女王なんだよなぁ、と思い返すともう少し厳かな感じに対応すべきだったのでは、と内心思った。
気軽に友達の家に遊びに行くのとはワケが違う。
国の方が落ち着いてきたら、などと無責任に口にしてしまったけれども、これも簡単な話じゃないはずだ。何年かかるかも分からない。
「神とその巫女であるならば盛大に歓迎するのじゃ」
毛むくじゃらの顔がニャハハと笑ってみせる。
その瞳の奥には静かな闘志が秘められていることをあたしはよく知っている。隙あらば、ゼクを正式に婿として迎え入れる心づもりでいるのだろう。
さっきからチラチラとゼクの方見てるし。
「色々と迷惑を掛けてしまったな」
その視線に気付いてか、ゼクが一言添える。
「何を言っておる。何度も言うが感謝の言葉しかない。少々予定を違えたのじゃろうが、妾もなるべくおぬしたちの都合のよいよう配慮するからの。何も心配もいらぬ」
女王の口からそう言ってもらえると心強いことこの上ない。
本来であれば、ビリアちゃんも宇宙を漂ったまま、ブーゲン帝国も事実上消滅する瀬戸際だった。
話し合いの筋も違えば、ひょっとすれば『フォークロック』に送り届けるなんてことにもならなかったかもしれない。
ましてや、本当に事が隠密に穏便に済まされていたら、ビリアちゃんもあのバカ犬と結婚させられて、ブーゲン帝国丸ごと乗っ取られる可能性もあった。
終わってみれば、ブーゲン帝国はサンデリアナ国の支配から逃れて、ビリアちゃんも無事に女王へと就任にまで至った。
全部が全部、丸く収まったわけではないけれど、ここまでの結末は本来ならば望み薄だったはずだ。
それをゼクがたった一人で成し得てしまったのだからビリアちゃんの言葉もその通りだろう。感謝の言葉しかないんだ。
なんだかもう凄い人が旦那様になっちゃったもんだなぁ。
思い起こせば、昔も昔、何十億年前から英雄として語り継がれていたらしいし、当人は後ろめたく思っていても、残してきた功績に見合うだけの人間だということだ。
あたしの旦那がチートすぎる古の英雄な件について。
「さあ、そろそろ出発の時間ッスよー」
エメラちゃんが言う。振り返れば、もうみんな乗り込んでいた。
「じゃあね、ビリアちゃん」
「うむ。次くるときはゼクラとナモミの子供の顔を期待しておるぞ」
とてもいい笑顔で言われたものだから、こちらもとびきりの笑顔で答える。そうして、あたしは惑星『フォークロック』を後にした。
護衛艦に乗り込むと、玄関を潜るみたいに、本当にお別れなんだなっていう実感が途端に沸いてきた。振り向けばまだビリアちゃんの姿はそこにあったけれど、扉が閉まり、見えなくなる。
そして船は発射の準備に取りかかり、滑走路へと移動していくようだった。窓を探して見るも、外の見える丁度いい窓が見当たらない。単なる飛行機じゃなくて宇宙船だからあまりそういうところは考慮してない設計なのか。
廊下を渡り、とりあえずコクピットへと向かう。
そこではいくつものモニターが表示されていて、周囲の情報がよく見えた。
ビリアちゃんの姿もまだそこに映っていた。もう結構距離も離れているはずだけれども、こちらの方を見ているみたい。やっぱり名残惜しいんだろうな。
「離陸するッス」
エメラちゃんのその言葉を合図に大きな揺れを感じることもなく、あたしたちを乗せた護衛艦は宙へと向けて発進した。
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