脱出作戦 (後編)

 悪趣味なる客室の扉を抜ける。そこには当然のことながら、犬兵士が二匹ほど待機していた。

「なんだ、こんな夜更けに外出か?」

 いかにも不審そうに鼻をひくひくとさせている。

「しっ……。姫様は今、お休みになられたところッス」

 そういってエメラちゃんが小声でうながす。

「急な予定変更だったため、姫様の身の回りの世話をするのに十分な支度が整っていないのであります。本来であれば今頃はブーゲン帝国でありましたからな」

「諸々の準備のためにこの場を留守にするッス。その間、どうか姫様の身に何事もないよう、万全なる見張りを頼みたいッス」

「うむ、そうか。ならばその準備とやらを手早く済ませるがよい。ここは引き続き、我々に任せていただこう」

 すんなりと信じてもらえたようだ。犬兵士たちに通してもらえた。部屋の方にも目配せして、くんかくんかと鼻を鳴らす。納得したような表情をしているので、どうやら部屋の中には間違いなく姫様がいると判断したのだろう。

 本当に上手くいってしまうものなんだな、と感心してしまう。これが下手な変装とかなら匂い嗅いで一発アウトだったのだと思うと、ここの警備の厳重さも窺い知れるというもの。

 大体、廊下もこんな夜遅いというのに兵士の数が少なくない。一体彼らはいつ休んでいるのか気になる。

 あとは、この長い長い廊下を抜けて、城の外に脱出するだけだ。しかしまたこの廊下を歩かなきゃならないのか……。

 正直、もうヘトヘトが限界値振り切っているのだけど。

 今日という一日が何やら異様に長く思えた。そういえば、『フォークロック』の一日って二十四時間じゃないんだったっけ? うろ覚えだけど、既に徹夜明け並みの疲労感がある。

 この長い廊下もまるで無限に感じてしまうくらいだ。だけど、こんなところで倒れるわけにもいかない。早くここを抜け出して、みんなと合流しなきゃ。なけなしの力を振り絞るようにして、一歩、また一歩と先へと急いだ。


 ※ ※ ※


「この辺りまでくれば一先ず大丈夫ッスね」

 城を抜け出して、城下町へと続く街道の半ばでエメラちゃんが言う。

「ああ、やっと帰れるんだぁ……」

 疲労感がドッと溢れてくる。

「いや、まだまだ一休みくらいであります。ここからまた国境を越えて『フォークロック』を出発する準備をしないと」

「すぐに出国の手続きを行うと足がついてしまうッスね。何とかして国外のゼクラさんたちの方にも連絡を取りたいところなんスけど」

「そうだよね、早くこっちの状況を報告しないと」

 そういえば、向こうは向こうで大丈夫なんだろうか。サンデリアナの犬兵士たちがワンワンわんさかいるような城に突入して、ビリアちゃんを送り届けるって話だったけど、無事にことを済ませられているのかどうか。

 まさか何の問題もなく、あまつさえゆったりと帝国のディナータイムを楽しんでいる、なんてことはないだろう。確か聞くところによると、王族親衛隊の偉い人たちがブーゲン帝国に向かったとか言ってたし。

 むしろ、こっちよりも向こうの方が大変なことになっているのでは。

「ええと、ちょっと今回はイレギュラーが多かったッスね。サンデリアナ国の城に入るまでの手引きでこちらの情報を明かしすぎてしまったッス」

「え? それってマズイんじゃないの? 予定だともっとこう、隠密に、誰にもバレないようにいく感じだったような」

「ま、まあ、まさかナモミ閣下がビリア姫様の立場にいるとは思っていなかったのでありますから。なるべく波風立たない方向で連れ出す手段を検討した結果、あのようなやり方になってしまったのであります」

「あの厳重な警備の中、姫様に接触して且つ、姫様を連れ出すなんて所業、誰にも気付かれずに、は流石に無理だったッスからね」

 身分を明かすことで上手いことピースが繋がるように考えてくれたのだろう。あたしにはあまり理解できる頭がないけれど、合理的な作戦だったに違いない。

「ということは、どういうことになるの、かな?」

「向こうとの連絡も取れず、すぐの出国もできない状態でありますね」

「当初の予定ではこのままサンデリアナ国の宇宙空港に向かって何かしら宇宙船をチャーターするつもりだったッスけど、護衛の身分を明かしてしまった手前、このまま『フォークロック』を発ってしまうと色々と疑われてしまうッス」

 あれ……? 状況詰んでない?

「大丈夫ッスよ、ナモミさん。防衛システムの程度は大体把握できたッスから、隙間を縫うことも可能ということまでは分かっているッス」

「そう……なの?なんか結構厳重な感じがしてたけど。ほら、例のワープのジャミング?とか、ああいうのもあったし」

「我が輩たちが調べた限りではあのトラップは特定の条件下で発動する代物。その解析も済んでいるのであります。現状の問題は、そのトラップを作成した技術者にこちらの位置を察知されないようにすることであります」

「おそらく、サンデリアナ国に技術を提供した外部からのもの。周囲国と比べて文化レベルが高いのはそのせいッス。ただ、レベルが高すぎてこの国ではその技術者以外には扱いきれていないッス」

「で、ありますから、逆に我が輩たちはその技術者の動向を把握し、安全を確保して国外へーー」

 そこで、不意に「ふわあぁぁ……」とあくびが出てしまった。慌てて口を手で押さえる。さすがに眠気が臨界点突破だ。もう話の内容も分からなくなってきた。

「ご、ごめん、大事なところだったのに」

「いや、申し訳なかったのであります。ナモミ閣下もお疲れだということは重々承知のつもりだったのでありましたが、いやはや面目ない」

「一先ず、今晩は休むッス。後のことは全部ボクたちに任せてほしいッス」

「え?いや、でも……」

「移動用の車両も直ぐに作るッス。寝台も用意するッスから今夜はそこでおやすみいただく感じで」

「王宮の寝室とは程度が下がるのでありますが、そこはご容赦を」

 深々と頭を下げられてしまう。寝台がどの程度であれ、あの悪趣味な部屋よりかはマシだとは思っているのでもう寝れるならそれでいいと思っている自分がいる。

「いやいや、むしろこっちが謝りたいくらいだよ。お願いするね」

 ここは甘えさせてもらうことにしよう。

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