嘘はついていない (後編)

「さあ、この部屋だ」

 ぼんやりとしていたらいつの間にか部屋についていた。せめて今夜はぐっすりと眠れるといいのだけれども。そう思いながらも、犬の兵士さんが扉を開けるのをポケーッと眺める。

 次の瞬間、どういうわけか、扉の向こう側から後光が射して見えた。眠気が少し飛んだ気がする。一体何だ。何があるんだ。しばしばとした目をよぉく凝らしてみる。

 またもう少し眠気が引いた。いや、いっそ血の気も引いた。

「どうだい、気に入っただろ?」

 このバカ犬王子を蹴り飛ばしてやりたい感情は、疲労と眠気と、そして異常なまでの脱力感に奪われてしまった。

 あれぇー? 確かここはあたしの泊まる部屋ってことで案内されたんだよね?

 扉の向こうにあったのは、バカ犬王子の顔、顔、顔。

 銅像、胸像、彫像、絵画に家具に至るまで、今真横でドヤ顔していやがる犬を模したようなものがそこかしこに飾られている。なんだこのおぞましい部屋。悪趣味も度が過ぎると呆れてものもいえなくなるものだ。

 金銀財宝らしき輝かしい品々も、こうあちこちにあると逆に下品というか、少なくとも上品さ気品さを全く感じられない。

 ベッドはちゃんとあるんだろうね。そう思って、異様なオーラを放つ部屋に恐る恐る立ち入る。どれもこれも豪華であることは間違いないが、これを喜んで受け入れる奴なんて早々いるわけないだろう。

 寝室と思わしきスペースに辿り着く。うーん、これはどうなんだ。

 天蓋の付いたベッド。おしゃれなヒラヒラまでついちゃってお姫様気分が加速する。が、なんだろう。ベッドの柱もコイツをモデルにしたであろう彫像になっているし、ご丁寧にも抱き枕までバカ犬だ。何、あたし今夜コイツを抱いて寝ろっての?

 造詣凝りすぎでしょう。柱が彫像ってどんだけ匠の技の無駄使いなのよ。

 なんかこんなので一晩過ごしたら逆に疲弊しそう。というか、うなされそう。

「はっはっは。ビリアも俺様のことを片時も忘れないよう、いつでも俺様の顔を拝める仕様なのさ。これで寂しい思いをしなくて済むだろう?」

 大丈夫だよね? 変な電波みたいのユンユン飛んできてないよね?

 明日の朝になったらバカ犬のことしか考えられないようなアホ女に洗脳されちゃったりしないよね?

「姫様はお疲れの様子。後のことは拙者達に任せ、王子殿はまた明日に」

「ふん、まあ、分かったよ。優しい俺様だから気遣いもできるのだ。この俺様の用意した素晴らしい部屋でゆっくりと休むといい。ふはっはっはっは! ああっと、お前らは外でちゃんと見張りを継続だからな」

 そういって、犬兵士共々、うるさく、うざいヤツが部屋から去っていった。

 扉が閉まり、一息つこうと思った矢先に、エメラちゃんたちが飛んでいく。それはもう、何かの比喩とかじゃなく、物理的にバババっと部屋中を飛び回る。

 寝ぼけすぎて変な幻覚を見てしまったのかと思ったくらい。

 一体突然どうしちゃったのだろう。

「盗聴器や監視カメラの類いは無効化しといたッス」

 え? そんなのあったの? うわぁ、あのバカ王子、心底キモい……。

「ジャミング処理を施し、外部からの傍受もシャットアウトしたであります」

「一先ず、これでこの部屋だけでも自由に会話できるでござる」

 今の一瞬でそこまでやってくれたのか。いつものことながら、なんと手際の良い……。

「はぁ~……みんな、ありがとう……。もう本当、あたしダメだと思っちゃったよ……」

 ベッドの上に腰掛けて、深く溜め息を落とす。

 横目にあの王子の抱き枕が視界に入る。このバカ王子め! あっち行け!

「……ナモミさんっ!」

「え? 何?」

 突然声を上げられ、ふと見ると、エメラちゃん、ジェダちゃん、ネフラちゃんが並んで床に座り、揃って土下座してきた。頭もそのまま床にこすりつける勢いで。

「本当に、本当に、申し訳なかったッス……ッ!」

「我が輩たちがついておきながらもこの体たらく」

「拙者も、なんと詫びたらいいのか!」

「ちょ、ちょっとちょっと、三人とも……」

 急にそんな平謝りされても困る。

 ゼクをここに来ないように説得するときもこんな感じだったのだろうか。反省の二文字を強烈に思わせる見事な土下座だ。

「エメラちゃんたちのせいじゃないって。なんだかよく分からないけど、ワープへの干渉がどうとか、メチャクチャヤバい解析の達人みたいな人がいたせいだよ」

 本当によくは分かっていないけれど、例のあの人は結局何者だったんだろう。王族親衛隊らしいけど、元々は外部からやってきた傭兵部隊って話だけど。

「しかし……ナモミ殿をお守りするのが拙者たちの役目。いかなる事情があろうともそれを果たせなかったことは事実でござる……ッ!」

「か、顔を上げてってば! こうやってあたしも無事だったんだし、他のみんなも無事にブーゲン帝国に着いたんでしょ? 結果オーライ。みんなも助けに来てくれて感謝しかないんだから」

 こう、がっつりと土下座をさせてしまっていると、本当にますます姫様気分が抜けなくなってくるから勘弁してほしい。今日一日のことなんだけど、もうずっと長いことビリアちゃんのフリをしてきた気がする。姫様はコリゴリだ。

「それよりも、ここから抜け出す方法を考えなくっちゃ。早いところ抜け出さないとあの王子と結婚させられちゃうし」

 それだけはマジに勘弁してほしい。

「そうでござるな……」

「実はここに長居するのも危険であります。今回この城に潜入できたのは王族親衛隊の一軍が不在だったためであります。調べたところによると、例のワープに干渉する高度なトラップを作成したのもその一軍とのこと」

「ナモミさんの言う通り、連中はかなりの手練れみたいで、こちらの情報は洗いざらい向こうに筒抜けになっていた可能性もあるッス」

「えっ? ってことは、もうあたしが王女じゃないってバレてたりするの?」

「報告されていないだけでその可能性は高いのでござる」

 確かに船長じゃない方の、あの賢そうな人だったら何でもかんでも解析してそう。

「通信を傍受したところ、明日の朝には帰ってくるとのことであります」

「じゃあ、まずいじゃん! その人たちが帰ってきたら!」

 のんびりしている暇はなかった。

 今から寝ようとか思ってる場合じゃなかった。

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