隠密作戦 (3)
位置が分かっていれば容易いことだった。
それなりに廊下も広いとはいえ、エメラの移動速度ならばそう時間も掛からない。重力発生機構も搭載しているので、壁を歩くことも、天井を歩くことも、宙を歩くことさえも可能だ。
問題となるのは、ステルス迷彩を見破れる装備を搭載している兵士の存在くらい。似たような兵士がそこら中を徘徊している中、この兵士にだけはエメラの位置はバレてしまう。
しかし、それも些細なことだった。装備の予算面の問題か、この城の技術レベルの問題か、ステルスを看破できる兵士はそこまで多くなく、また特殊なゴーグルをつけているため、判別すること自体はそこまで難しくはない。
しかも、範囲内を索敵するレーダーのような機能もないらしく、ただ視界に入らなければいい。空間を縦横無尽に移動することのできるエメラにとって、見つからないようにバルコニーまで移動することは困難ではなかった。
音も立てず、姿も見せず、誰にもその存在を認識されることのないまま、隠密かつ迅速にエメラはバルコニーに続く階段へと辿り着く。
だが、不思議なくらい、事が上手く運びすぎていることに、エメラは違和感すら覚えていた。何故なら相手は自分たちの持ちうる技術によるセキュリティを看破し、高度な権限を持ってナモミをさらっていった集団の主のはずだ。
それにしてはあまりにも警備のレベルが低い。
もしかするとこれは誘い出す罠なのでは。エメラに緊張が走る。階段の先に思いも寄らぬものが待っていてもおかしくはない。
偽物のビリア王女が、侵入者を捕捉するべく待機しているのでは。その可能性は濃厚すぎる。階段を上り終えて、エメラの視界に夜空と、夜景が映る。
廊下もだったが、かなり広いバルコニーだった。見晴らしも良く、警備の数は廊下と比べればやや少ない程度。兵士の視線が集中するその先に、思いの外、薄手のドレスに身を包む何者かが立っていた。
エメラは奇妙だと思った。
何故なら、この城は、この国は
ところが、そこに立っていた王女らしきソレは後ろ姿からでも分かるくらいに、体毛が少ない。そのまま肌が露出して見えるくらいだ。間違いなく偽物だ。
ここにいるのは偽物であることが確定した。必要としている情報を得られ、エメラはこの場を直ぐさま立ち去ろうとした、そんなときだ。
王女らしきソレが振り向く。
(……っ!?)
あらゆる状況を想定していたエメラも、ギョッとしてしまう。
一体何を見てしまったのかと言えば、救出すべき対象であり、保護すべき対象でもある絶滅危惧種のナモミがそこにいたからだ。あろうことか、王女の格好をして。
エメラの頭脳は高速で状況判断をする。
近々王女の結婚式が行われることは確定した事実。だが、王女は極めて高い確率でこの場にいる可能性は低い。つまり偽物が存在することは明白。そして、目の前で高級なドレスに身を包み、兵士に護衛されているナモミは王女ではない。
他に王女と呼ばれるに相応しいものも見当たらない。
よって、これらの情報から王女の偽物はナモミのことだった。
ナモミの顔を認識してコンマ何秒にも満たない一瞬でエメラはそう断定した。
とはいえ、エメラもそれで全てを納得したわけではなかった。当然の話になるが、どういう経緯があってナモミが王女の偽物になったかという疑問。本物の王女は獣人族であり、ナモミは人類だ。誤魔化しようがない。
容姿も種族も丸っきり違う上に、ここサンデリアナ国では隣国であるブーゲン帝国のビリア王女を知らないものはまずいない。一時は王女も失踪したとはいえ、国民の記憶の中から消えるにはまだ早い。
何よりナモミは、さらわれた身だ。わざわざ王女の代役のために全く関係のないものをさらってくるなんてあり得ない。何処の世界に誘拐してきた者を王女の偽物に仕立て上げる国があるというのか。リスクが高すぎる。
いくつもの謎を残してしまった。ただ、エメラにとってはそれらは今、考えるべき案件ではない。少なくとも、捜していたナモミを見つけ出すことができたのだ。
あとはここから何とか連れ出すことを考えなければならない。
『ナモミさん、ナモミさん、ボクッス、エメラッス。この声が聞こえたら、あくびをするフリをしてほしいッス。周りは監視されているから、なるべく自然な感じで』
ナモミはビクリとする。思わず周囲を見渡そうとするが、堪える。ナモミの視界にはエメラの姿はなく、先ほどからジィッと監視している兵士くらいしかいない。
何やら、耳元付近に直接小さな声で何やら囁かれたかのようだった。
「ビリア王女、いかがなさいましたか?」
今のちょっとした動きも不審に思われたのか、兵士の一人に話しかけられる。
「なんでもない。少し風に当たりすぎて寒くなっただけじゃ。う~ん、そろそろ中に戻るかのう」
そう言って、ナモミが少し普段とは違う口調ながらも、エメラの指示通りにあくびをしてみせる。
『喋らなくていいッス。今、通信端末を付けるから、兵士の死角になる位置に腕を持ってきてほしいッス。手すりの下の方に腕を伸ばしてみるッス。バレないように、自然に、自然に』
それはちょっと無茶ぶりなのでは。そう思いつつも、ナモミはもう一度振り返り、バルコニーの手すりに身体を寄せて、少し乗り出すようにして手すりの反対側へと手を伸ばしてみる。
「ビリア王女、あまり乗り出すと危険ですよ」
「分かっておるよ。妾だって子供じゃない。仮に落ちたとしてもおぬしらが助ければよかろう。何のための見張りじゃ」
ナモミは手首の辺りに何かの感触を覚えた。しかし、その腕には目に見えるものが特にない。まるで透明なリストバンドか何かを付けているかのよう。
『声に出さないで言葉を送信してみるッス。腕に念じる感じで』
『えっと、これで聞こえるかのう? じゃなくて、聞こえてる?』
『大丈夫ッス。バッチリ聞こえてるッス』
『ああ、よかった。エメラちゃん、今何処にいるの? ゼクも一緒にいるの?』
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