第二十三章

隠密作戦

 惑星『フォークロック』にあるサンデリアナ国の首都は同国の近隣の街と比べれば大きく栄えており、昨今は隣国のブーゲン帝国に負けじと劣らぬ発展を遂げていた。

 そんな首都にある王族の住まう城を中心に、今宵は賑やかさが増していた。

 まるで、お祭りごとのように愉快な声々が反響してくるかのよう。

「ジェダ、そっちの方はどうッスか?」

 そんな賑やかな城下町の陰、閑散とした路地裏の暗がりに囁く声が点る。

「尋問された王女候補と接触できたのであります。しかし、ナモミ閣下ではなかったのであります」

 そこへ小さな言葉が返ってくる。しかし何処にも声の主は見当たらない。

「ネフラの方はどうだったッスか?」

「あいにくと、ヒューマンらしき種族の目撃情報はなかったのでござる」

 落胆にも近い、吐息のようなソレがほのかに消え入る。

 これらの声の主は、マシーナリーであるエメラ、ジェダ、ネフラの三人だ。不測の事態によってさらわれた絶滅危惧種である人類を救出するべく、今、サンデリアナ国へと潜入捜査を進めているところだった。

 姿が見えないのは、位置を特定されないための施行によるものだ。

「ということは情報を統括してみると、ナモミさんは城にいる可能性が高いッスね」

「どうするのでござるか? 城への侵入を試みるつもりでござるか? もう少し情報を探ってみては」

「これ以上動き回るとマークされるであります。情報収集はここいらが潮時かと」

「そッスね。なんとかして城に入る方法を考えた方がよさそうッス」

「正規の手続きは無理でござるよ。ここはチェックが厳しいでござるからな。足がついてしまうのでござる」

「ならば、潜入しかないのであります。極めて危険な選択ではありますが」

「ナモミさんのためッス。このリスクも背負えないようじゃボクらもただのポンコツッスからね」

「致し方ないのでござるな……」

「ところで、エメラ、ネフラ。そっちにも噂は耳に入っているでありますか?」

 直接的に示唆せずとも、その噂がなんなのかは自ずと伝わる。それくらいに、この街ではその噂話が蔓延していた。

「さっきからやたらと騒がれてる結婚式の話ッスか? なんか妙な話になってるみたいッスね。王女が見つかったとか、王子と結婚するんだとか、そんなのばっかッス」

「あれからビリア姫が捕まったのかと思ったのでござるが、噂の発生時間帯や国内の航空状況から見て時系列が合わないでござる」

「捕まったとされる噂の発生源はここサンデリアナ国。それもここの時間で換算して噂が広まりだしたのは今日の昼前くらい。しかしここにはそれらしき護衛機の発着は確認されてないのであります。勿論旅客機の客も確認したのでありますが、ビリア姫はいなかったのであります」

「悪質なデマか、サンデリアナ国が姫の偽物をたてたか。どっちにせよ、厄介なことになりそうッスね。時間はないッスよ」

「おそらくこれにより警備は厳重になると考えられるのであります。何せ、姫が偽物だとバレたら一大事でありますからな」

「気を引き締めていくでござる」

「じゃあ、みんな、城に集合するッスよ」

 そういって、声が途絶える。

 この表通りから隔離されたかのような裏路地には、最初から誰もいなかった。誰かがいた痕跡さえ、影も形もない。

 ここにあるのは街灯に照らされる寂しげな石畳と、人気のない建物ばかりだ。誰かの声が聞こえたのかどうかさえも、その場に誰かがいても気付くことはなかったのかもしれない。

 今夜、この裏路地には誰もいなかったし、何も起こらなかった。途方もない静寂がそれを証明していた。


 ※ ※ ※


「ルートは構築できたッスか?」

 城下町の途切れ目、雄大な城に見下ろされる門からやや距離を置いた、人目につかない暗がりでエメラが言う。

「高い城壁が取り囲んでおり、主な入り口は正面だけとなっているのであります」

 巨大な門を目で指しながらジェダが答える。

「ただ、この城壁は比較的最近に無理矢理増築された記録が残っていたのでござる。ブーゲン帝国との戦争を考慮しての軍備でござろうな」

 ネフラが集積したデータを展開しながらその手のひらに小さな城の立体模型を提示する。短期間で集めたにしては異様なまでに膨大な量だ。

「古い下水道や旧裏門などが塞がれてはいるものの、内部的には残されているのでござる。ここに上手く入り込めれば中への侵入も可能かと」

「痕跡を残さず工事するにはどれだけ掛かるッスか?」

 手のひらの上にドリルのようなものを模したソレを提示しながら訊ねる。

「地下にまで広げた監視装置は確認されてないでござるから、数分もあれば下水道への侵入は可能。そこから城の地下通路に辿り着くまでにまた数分。囚人用の独房はこの付近でござるから、ここにナモミお嬢様がいると予測」

 城の模型の内部が拡大して表示され、そこへまるで蟻の巣が高速で作られていくかのようなシミュレートが表示されていく。

「もしいなかった場合はどうするつもりでありますか?」

「その場合は侵入した形跡、痕跡を消しつつ、城の上層部まで上がる手立てが必要ッスね」

「廊下は広く、見通しがいいのでござる。また兵士も多く徘徊していて、下手な変装ではすぐバレるでござるよ」

「ステルスは機能するでありますか?」

「ええと、正面の門にはステルス無効化の感知システムがあるみたいッスけど、廊下に出られれば使えないこともないッスね」

「でも兵士の中にはステルスを破る装備を持ったものも徘徊しているのでござる。数も少なくないのでござる。移動ルートも特定ができないから危険でござるよ」

「侵入を開始した時点で処罰、城の内部に入ったら解雇、さらに見つかったら解体ものであります。何処までカバーできるか分からないでありますが、覚悟はできているでありますか?」

「ナモミさんのためにここまで来たんスよ。覚悟できていないわけがないッス」

「というか、ナモミお嬢様の身に何かあったらその時点で拙者たちもアウトでござるから結局同じことでござるよ」

「では、作戦開始するであります」

 刹那、城の傍らで談合していたような気がする三人の女の子の姿が忽然と消失する。あとに残るものは何もなく、とっくにいずこかへと移動していた。

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