第二十一章

王女、帰還す

「もうそろそろ『フォークロック』に到着するであります。ゼクラ殿」

 傍で付き添ってくれたジェダがそっと報告する。どうやら気付いたら寝入っていたようだ。自分でも思っていた以上に疲れていたのかもしれない。

「ああ、ありがとう。すまないな、こんなときにこの調子で」

 いつまでも横になっていても仕方ない。重い頭を起こし、ベッドを降りる。寝起き特有の酷い目眩がする。まるで酒でもあおったみたいに酷い気分だ。

「なんのなんの。我が輩たちの任務は皆の者の安全を確保することであります」

 そういえば、ナモミは。それを口に出そうとしたとき、頭の端を鋭い何かで執拗に突かれるような、何かが走った。ああ、言うまい。そればかりは言うまい。

 だが、確認だけはしておきたい。

「あれから、進展はあったのか? サンデリアナ国との連絡はどうなっている?」

 ジェダは口を結ぶ。それは進展はなかった、ということでいいのだろうか。そのことが意味することは、あまり深くは考えたくはない。

「ぁー……、通信は特には繋がってはいないのでありますが、件の船は『フォークロック』に停泊中の模様。こちらの動きはおそらく把握されているものと思われますが、依然として動きはないのであります」

「それは、少し妙じゃないか? 向こうの目的は王女ではなかったのか。サンデリアナ国に属しているだけの海賊か何かか」

「いえ、それはないかと。サンデリアナ国の王族の息の掛かった蛮族は考えられないのであります。船自体を略奪した可能性も考慮して盗難記録も調べ上げましたが、件の船は間違いなくサンデリアナ国の所有するものであり、乗船している者も王族親衛隊であることが分かっているのであります」

 どういうことだ。こんなにも向こうの考えが読めないとは。本当に王女が目的ではなく無作為に人攫いをしている無法者の国家だとでもいうのか。

「相手がキングナンバーを利用しているということもあり、あまり解析を進めると危険と考え、船に向けてのコンタクトは避けておいたのでありますが、どうにも向こうには優れた技術者がいるようであります」

「優れた技術者、ね。それもそうか。ワープに干渉するなんて芸当ができるヤツなんて、リスクが大きすぎて俺の時代でも数えるほどしかいなかった。権限と技術の合わせ技みたいなもんだからな」

「渡航領域の申請を感知するシステムと、ワープホールの生成機構への介入をオートメーションで行う、ブービートラップだったことが判明したのであります。これは口で言うのは容易いのでありますが、こちらのステルスも看破されるほどで」

「ということはなんだ。相手は誰をさらったのか分かっていない可能性もあるのか。いや、そもそも、さらったという事実にも気付いていない可能性も」

「そこであります。我々の仮定では、孤立した位置にいたナモミ閣下が王女と勘違いしたものだと。そこまではあっていると思うのであります。しかし、仕掛けがオートシステムのため、おそらく王女以外を補足してしまうこともある程度は想定されているのではないかと。つまり、こちらが何者であるかまでは向こうも把握できていないものと思われます」

「王女を護衛しているとは向こうも気付いていない、ってことか。せいぜいマシーナリーがお忍びで来ている程度の認識か」

 そうなるとだ、当初こちらの憶測では王女と取り違えてナモミをさらってしまった相手は改めて王女と引き渡すであろうと読んでいたが、そもそも王女がこっちにいるものとは考えていないとしたら、わざわざこっちに向けて要求を出すはずがない。

「くっ……!」

 誤算だ。読みが甘かったか。だが、向こうは無作為に人攫いをしているという事実には変わりない。そうなると次に考えるべきことは。

「ちなみに、件の船は『フォークロック』へ直行したため、余所の惑星に寄ってモノの売り買いをしたという記録は残っていないのであります。さらに『フォークロック』には人身売買するような都市もないのであります」

「今、俺の思考を読んだか?」

「予測させてもらったのであります」

 笑顔で答えられてしまった。俺もかなり気遣われてしまっているのだな。

「そうか」

 となるとだ、今、最悪のパターンがなくなったといってもいい。無事であるかどうかが確定されたわけではないが、ナモミの安否の心配が僅かばかりでも和らいだ。

「さてと、もう頃合いであります」

 ジェダが手のひらを上に向ける。ディスプレイが表示され、そこには惑星がもう間近までに映っていた。記憶が正しければ、これこそ惑星『フォークロック』に違いない。事前の資料でも何度か確認したはずだ。

「今後の計画は定まったのか?」

 一人、仮眠を取ってしまったこともあって酷く申し訳なく思う。

「勿論、バッチリであります。着陸するまでに段取りを今一度確認させていただくであります」

「ああ、すまない。頼むよ」


 ※ ※ ※


 護衛艦が宇宙空港へと堂々と降り立つ。

 機械都市『エデン』のときは、その場所自体が中へと入っていく構造で、重力もコントロールされた場所だったため、比べると随分と勝手が違う。こちらは広大ともいえる野ざらしの滑走路があり、惑星の重力のまま、着陸する。

 やはり他の惑星との行き交いする大事な中継地点ということもあってか、他の宇宙船も多く停泊している。大小問わず、この辺りは『エデン』とも大差ないだろう。

 この空港近辺は戦争の爪痕が見られない。特別に軍艦のようなものが目に付くわけでもなく、倒壊した建物も視界の限りに映らない。それもそのはず。ブーゲン帝国の首都から少々離れたところに位置する土地だからだ。

 事前に田舎町とは聞かされていたが、俺のイメージしてる田舎とは異なってみえる。高層の建築物も密集しているようだし、広大な田畑が占めている感じでもない。

 都会かと言われると、それはまた判断に困るところではあるが、少なくともサンデリアナ国との国境から離れたところにあるためか、件の戦争とは無縁だったらしい。

 まさか首都に直接赴くわけにもいくまい。こちらには王女がいる。わざわざ首都から離れたここに護衛線を着陸させたのは無難で、リスクの少ないルートを検討した結果だ。

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