子を孕まさせろ! (2)
重力がないのにどうやって動くのかと思えば、何やら推進力をもたらす機構が備わっているらしく、思った方向にスゥーっと移動できる。まるで魔法みたいだ。というか、お姉様みたいだ。めちゃくちゃふわふわしている。ふわふわのふわふわだ。
何で動いているのか、どうやって動いているのか、理解しようとしたら激しい頭痛に苛まれそうだからあまり深くは考えないでおこう。
もう何度か見る機会もあったのでよく知っている話だったが、『ノア』の表面はタマゴのように白く、見渡す限りの地平線もみんな白い。
地面といっていいのか、『ノア』は薄ぼんやりと発光している。そういえば付近に太陽的なものはないんだったっけ。おそらくこの明かりがなかったら辺りは漆黒に包まれていたに違いない。
見上げた空は黒く、広がって、視界に収まりきらないほど宝石が散っているように見えた。そして、驚くほど静寂だ。時間が止まってしまっているかのよう。
目の前をエメラちゃんやジェダちゃん、プニーが『ノア』づたいに移動しているというのに、何の音もしない。
まるで、あたしだけ切り離されているかのよう。
そりゃまあ、そうだ。ここは宇宙空間。空気がない。音とは空気の振動によって伝わるものなのだから、聞こえなくて当然。
そんな当たり前のことなのに、あたしはソレをその身で経験したことがない。それがとても新鮮に感じられた。ああ、宇宙なんだな、って。
偉大でもなんでもない一歩を、『ノア』に踏みしめる。体がガクガクする。重力も何もないせいだ。
途方もない浮遊感と、得たいの知れない科学の推進力が互いにぶつかって、変な揺れが起こってしまったようだ。何やってるんだろう、あたしは。
みんなに置いていかれまい、と先を急ぐ。
広大な『ノア』の白い水平線をたどり、そう間もなくしてソレが視界に入った。
まあ、なんの形容もない。
ソレは岩だ。大きな大きな岩。
そう表現しかできないだろう。
流れ星のようなものだと思ってみてもやはりどうみてもロマンの欠片もないただの岩である。
岩、岩、岩。
美しいくらいに白く広大な平原にインクでも垂らしたかのようにぽつぽつと、いくつかの岩のかたまりがこびりついていた。
いくら『ノア』がタマゴ型とはいえ、完全な球でも円でもないらしく、凹凸があちこちにあるようで、いい具合にくぼみのところに岩が引っ掛かってしまっているようだ。
しかしまあ、それも結構な数だ。隕石が一個、二個、コツーンって当たったレベルじゃなかったみたいだ。あるいは、いくつか砕けた後なのかもしれないけれど、少なくともこの数は尋常ではない。
ドッカンドッカンとまあ景気よくぶつかってきたのだろう。これを今から片付けるなんて言われたらうんざりしてしまう。
しかしそこはマシーナリー。物凄い手際のよさで、身の丈の数十倍以上はある巨大な岩をひょいひょいと綿のように軽く除けていく。
無重力なのだからあたしでもやろうと思えばできるのだろうけれど、それにしたって物珍しい光景だ。見ていてなんとも爽快感のあるテキパキ感だ。
ひとつ、またひとつと岩が宇宙の果てへと放り投げられていく。いつの間にやら二人とも腕や足を伸ばしたり、増やしたりしていて、作業の早さも凄いことになっている。
手伝った方がいいのか、少し迷ったけれども相手は大岩。下手に触れない方がいいだろう。綿のように軽かったとしても綿のようにふわふわと柔らかいわけじゃない。それに汚染されている可能性があるというのだからなおのこと触るべからずだ。
それに、一面に散らばる岩もさっきまでは一日かけても片付けきれない数と思っていたのに目を離した隙にもう半分近くまで終わっている。さすがはマシーナリー。早すぎる。もはや苦労のうちにも入らないレベル。
そんな岩の撤去作業に勤しむエメラちゃんとジェダちゃんを横目に、あまり風情はないけどガチでリアルな流れ星たちをまじまじと眺めていた。やはり岩だ。どう見ても岩だ。
『待ってください』
何処からともなくプニーの声が頭にキィーンと直接響いてきた。通信端末を使ったらしいけれど、すぐには気付けなかった。何せ、何処の方角から聞こえたのかさえ、分からなかったくらい。
慌てて見回すとプニーはエメラちゃんのすぐ近くまで飛んでいた。言葉通りにビューンと。
見ると一際大きく歪な形をした大岩だった。彫刻か何かかと思うほどに複雑な形状をしている。例えるなら鷲のような鳥。翼を大きく広げた怪鳥。
こんなものが漂っているというのだから宇宙って広いもんだなぁ、とのんきに構えていたけれど、どうやらプニーはこの鳥の彫刻のようなものに関心があるようで、エメラちゃんの前に立ちはだかる。
今にも持ち上げて放り投げようと掛かっていたエメラちゃんは硬直してしまう。下手したらプニーが弾き飛ばされて宇宙の果てをさまようところだ。
『ど、どうしたんスか?プニカ先輩』
『信号を感知しました。対象物は目の前のこちら。おそらくカモフラージュ加工されたネクロダストのようなものだと思われます』
その言葉に、エメラちゃんはギョッとする。遠くで作業を続けていたジェダちゃんもビックリした様子で手元の大岩を恐る恐る置き、こちらに飛んできた。
『これがネクロダスト……ッスか?』
『我々のセンサーでは感知できなかったのであります』
何の話をしているのか分からないけれども、少なくとも深刻なのは分かる。
ネクロダストってなんだったっけ? 宇宙に放り出す緊急ポッドだったかな。あるいは宇宙葬するための棺桶だったか。
いずれにせよ、中には何者かがいて、生きているか死んでいるか、どちらかの状態でいることには変わりない。
それにしても、どう見ても大岩だし、鳥の形をしているという点を除けばおかしなところはない。それにこの時代の文明最先端を行くマシーナリーの二人が気づかなかったのだから話を聞いても未だ信じがたい。
そもそもあたしはネクロダストというものが一体どういう形状のものなのか知らないわけなのだけど。
少し手元のゴーグルを弄ってみる。このゴーグルは特注品。対象のものの状態を見ることもできる凄い代物だ。やろうと思えば人の心も読めないこともない。
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