Punica Report (4)

「あの……ごめん、ちょっとまた質問。ゲートって何?」

 ナモミが声を上げる。

 話に挙がっていたゲートこと、電送装置テレポーター(媒体をデータ化することで指定された複数の地点を電送によって行き来をする機構)のことが分からなかったらしい。

「媒体をデータ化することで指定された複数の地点を電送によって行き来をする機構のことです」

 間髪入れず、プニカが答える。

「はぇ?」

 ナモミは言葉を上手く飲み込めなかったようで、気の抜けた返しをする。

「要は転送装置ッスよ。簡単にワープできちゃう機械ッス。さっき手配したんス」

 エメラが補足する。ここでようやく理解できたのか、ナモミも「ああ、なるほど」と納得し、話の流れを把握できてか遅れて安堵する。

「ナモミ閣下。もし他に分かりにくかった点があれば、説明させていただくであります。遠慮はいらないのであります」

「ぁー、ぁー……大丈夫。大丈夫よ。とりあえず『ノア』に何かが衝突しそうだけど、どうにか対処できるし、ダメだったとしても逃げ道があるってところは何とか分かったから」

 焦ったようにナモミが返す。

 ここで変に首を振ったり、変な質問をしたら余計にまたわけの分からない言葉が飛び交ってくるのだろう、と思ったに違いない。正直なところ、ナモミはそれを避けたかったようだ。

 話の大体は間違っていないことだけは確認できたからか、ジェダは安心して頷く。

 この『ノア』において、ナモミは持ち前の知識が少ないと言わざるを得ない。それは不勉強だからということではなく、ナモミ自身、七十億年もの前から復元された人類であり、間の歴史や文化に関するものが大きく欠落しているためだ。

 そのことはこの場にいる全員が分かっている話で、特に絶滅危惧種保護観察員の面々はその対象者の一人でもあるナモミの不安を取り除くことに尽力すべく、手厚く対処することを心がけている。

 逆に、そのことを気負ってか、ナモミは申し訳なさそうな表情を浮かべる。それは言い換えれば過保護とも捉えられる。

 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥とはいったものだが、これだけ頻繁に聞くべきことが多いと一時を通り越して、一生分聞いて恥をかいてしまうのではないかという懸案事項も抱えているのだろう。

「惑星『サイプレス』の軌道上にはこの宇宙ゴミくらいしかないのか?」

 投影された映像の惑星を指さし、ゼクラが訊ねる。

 部屋一杯に表示されてしまっているせいか、さすがに見えない箇所、部屋の外の方まではみ出してしまっているため、その全容を確認できない。

「一応、衛星の軌道はこんな感じッス」

 エメラがそう言うやいなや、立体に表示されていた『サイプレス』や『ノア』が縮小されていき、それとともに衛星の軌道を示すマーカーが伸びていく。

 そしてより分かりやすくするためか、『サイプレス』の周りをゆっくり動いていた『ノア』が高速で回転する。

 見た感じでは先ほど表示された宇宙ゴミとは別方向へと大きく旋回しているようだった。

「この通り『ノア』は『サイプレス』の周りをしばらくは螺旋状に移動するッス。ある程度までくると円を描く軌道になる感じッスね。その状態になった場合、大体周回に数百日ほど掛かる計算ッス」

「六百七十三日でござる」

 瞬間的に緻密な計算をしたのか、捕捉するようにネフラが答える。

「宇宙ゴミが衝突する回数は一周に付き二回以上七回以下くらいが目安であります。数日後に衝突した場合、次に衝突するのは四百日くらいでありますな。誤差は六十日程度。何にせよ、宇宙ゴミ以外の漂流物は確認できないのであります」

「そうか、ありがとう。よく分かったよ」

 そういってゼクラがそっと言葉を切る。

 エメラもネフラもジェダも、言葉では簡単に説明しているが、目の前に表示されているマーカーやソレを算出している表は目まぐるしく数値を変動させ、何処の動きがどういった法則でどのようになっているのかはとてもじゃないが人の目と頭では把握しきれるものではなかった。

 大体『ノア』や『サイプレス』だけでなく、他の宇宙ゴミや惑星なども乱雑に動いているため、軌道のマーカーも数十本と並列に表示されており、根本的に目が足りていない。

 ただ、そんな表示されているものを真面目に見ようとしたのか、ナモミが案の定、目を回していた。

 少し考えれば見ようとすることが間違いだと分かるはずなのだが、それでも「今後のためにも理解できないとダメだ」という意思が強かったのか、見るからにヨレヨレしている。

「ナモミお嬢様、無理に理解しようとしなくてもいいのでござるよ?」

 とは言われたものの、割と手遅れでナモミも少し青い顔をしている。天体の立体映像を眺めているだけで酔ってしまったようだ。




「今日のミーティングはここまでにしましょう」

 一区切りを打つように、プニカが締める。

 それを合図に部屋いっぱいに投影されていた立体映像もスゥっと消えていく。

 安心できることも分かり、緊張も緩み、各々がミーティングルームの席を立つ。

「定例通り、今日の分のレポートを配布しておきます。後ほどご確認下さい」

 そういって、空中に文字列がびっしりと羅列したボードのようなものが表示され、手のひらに収まるカードくらいの大きさまで縮小すると、それと同様のものがミーティングルーム内に分散し、各々の手元の端末まで転送される。

 ゼクラがチラリとプニカのレポートに目を向ける。それは本当に事細かに記載されており、会話記録だけでなく、今の今まで表示されていた立体映像の情報までもキッチリと漏らすことなく網羅していた。

 それこそ惑星の軌道や移動距離を算出したもの全て。途方もない桁数の踊り狂う計算式が収まりきらないレベルでそこに載っていた。それどころか、専門用語から他愛もない言葉の解説を取り入れた単語帳のようなものまで記載されている始末。

 情報は記録していくに越したことはないが、ここまで詳細にしたところで、一体いつ、誰が何処で活用するのか、ゼクラには皆目見当も付かなかった。むしろ逆に読みづらくなって仕方ないのでは、と。

 おそらく全部に目を通すことはないだろうな、と思いつつも、ゼクラはそっと端末の中にプニカのレポートを収納する。

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