第十二章 Another

男ならば

 ナモミがフローラ・ブランドのブティックに足を踏み入れてまだ間もない。店の外にいるのは俺と、その護衛の面々。この巨大な空中マーケットの遙か上空、『エデン』の町並みを見下ろしながらも、端末を眺めては時間を潰す。

 こんなにも高い位置にいるというのに、高層ビル群はまだ見上げられるほどのものが並んでいる。まるでブラシの中に迷い込んでしまったかのように錯覚する。

 眺めが良いことは確かだろう。落下はしない仕組みになっているそうだが、それでもほんの数歩で真っ逆さまになりそうな見晴らしの良さは昔を思い出す。

 成層圏から惑星にダイブして都市部の中枢区を襲撃したこともあったな。何故俺は今を生きているのかが不思議に感じてくる。

「ゼクラのアニキ。落ち着かないですか?」

 ふと、護衛の一人、ええと、ゴルルだったか。が、話しかけてきた。

 動く甲冑のような大男だ。銃弾は疎か、レーザー光線も通用しなさそうな頑強な見た目をしている。表面も特殊なコーティングをしているらしく、黄金に輝いている。

 いつぞやのコークス・コーポの警備員を思い出す。細部には違いがあるが、アレと同じ型なのかもしれない。

「ああ、すまない。ちょっとさっきの買い物の確認をしてたところで――」

「アニキは、ナモミお嬢様のことをどう思ってるですか?」

 口もない無表情な金属の顔面が迫る。随分と踏み込んでくるな。

「ナモミのことか? 同じ人間として、共に繁栄する仲間として、大切に思っているつもりだが……」

「アニキは愚直ですな。まるで教科書のような回答です」

 コイツは一体何を言いたいのだろう。同じ無表情でもプニカの方はもっと読みやすい顔をしているぞ。

「もっと気の利いた言葉を考えた方がよかったか?」

「ゼクラのアニキ。ソレガシは人類の将来が気になるです」

 単刀直入に言ってきたな。それだけを聞くとスキャンダルを求める野次馬のように思えてくるところだが。

「ソレガシの知る番いとは、細かな違いはあれど男と女で一つのセット。しかし、アニキには三人もの番いがいるです。繁殖の効率化という観点から見れば申し分ないです。ですが、誰にでも感情というものがあるです」

「浮気性、とでも言いたいのか?」

「ですな」

 確かに俺の中では一つの課題とはなっている。多くの女性と交わり、子息を残す。そういったことはあることを知っている。絶滅危惧種でなくとも、貴族や王族の立場の者がそのような政策をとることはある。

 それについてを疑問視するわけじゃない。

 知識のうちに入ってはいたが、そもそも俺は人造人間。繁殖なんてものとは縁がなかった。番いになるなどという発想を持ち合わせてはいなかった。

 覚悟を決め、人類の繁栄に向けて、日々励んでいるわけだが、相手は生憎と無感情に交わっているわけではない。ナモミもプニカもキャナも、それぞれ思うところもあることだろう。

「ソレガシは何も浮気を否定しているわけではないです。ただ、何処かで自然と優劣をつけてるのではないですか?」

「否定したいところだ」

「そう答えると思っていたです。アニキは愚直ですから」

 嫉み、妬み、関わるものが避けては通れない感情。おそらく俺はそれを恐れているのかもしれない。いっそのこと、三人とは常に対等な立場を保っていきたいなんて甘いことを考えてしまっているくらいだ。

「アニキ。確かに、繁殖は大事です。ですが、感情を殺すのは違うです」

「そう、見えていたか?」

「先ほど、ナモミお嬢様との接吻。じっくりと拝見させていただいたです。よぉく観察させていただいたです。ソレガシ、解析ツールは持ち合わせていないですが、アニキが他の女性たちに気を張っていたのが分かったです」

「そんなに分かりやすかったのか?」

「ですな」

 そこまでまじまじと観察されていたという事実に、気恥ずかしさを覚える。

 まいったな。ゴルルは一体何処までお見通しなんだ。

「……そうだな、俺は何処かで三人に優劣をつけていたかもしれない。誰が一番好きなのか、そうでないのか。だが、それを明白にしてはいけないとも思っていた。感情を殺す……そういうことになるのか」

「アニキ。平等にしようとする心持ち、よく分かるです。しかし、そんな小細工で女の心を誤魔化せるとは思わないですな」

「かえって傷つけてしまう、か」

「ソレガシも男として羨ましい限りですな。アニキはあのお三方の皆に強く好意を抱かれているです。それを平等に応えようとするアニキの姿勢にも感服ですな」

「俺は一体どうしたらいい? 命を紡ぐ者として、あの三人がいがみ合う環境を作りたくはないんだ。何処でもつれるのか、そしてもつれてしまったときそれをどうしたら元に戻すことができるのか。俺には、何も分からないんだ」

「女心というものをもう少し信じてやることですな」

「信じる……?」

「どうやらゼクラのアニキは心を触れれば割れる、割れたら二度とは元に戻れない。そんな脆いものだと思い込んでいるようですな」

 マシーナリーには心を読む機能でも搭載しているのか?

「恋い焦がれた女は強いんですぜ。嫉妬なんて心を焚きつけるスパイスです。アニキのように曖昧な感情で誤魔化すのはナマクラの刃で少しずつ傷をつけるのと変わらないです。最初こそ痛みは僅かかもしれないですが、重ねれば苦痛の絶えない癒えぬ傷になるです」

「随分とまあ、知ったように語るものだな」

 この男、口がないからてっきり寡黙かと思っていたが、とんだ饒舌だったようだ。よほど色恋沙汰に関心があると見える。

「はっはっは。少し説教くさくなってしまったですな」

「いや、ありがたく受け取っておくよ」

「ならば、改めて訊かせていただくです。ゼクラのアニキはナモミお嬢様のことをどう思っているですか?」

 最初の質問。それはさっきもはっきりと答えたはずだ。変わらない答えを返せばいい。しかし、それはきっと求められた答えではないのだろう。

「俺に歯の浮くような言葉を期待しないでくれ」

「はっはっは、素直が一番ということですな」

 見透かしたように言う。何処に目がついているのかは分からないが、このゴルルという男は、さぞかし意地の悪い目をしているに違いない。それだけは確信できる。

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