第十一章 After

それは恥ずかしすぎるッス (前編)

 遥か高い天井まで届くほどの高層ビル群。スケールが違い過ぎるが、まるで柱のよう。見上げる空は眩いくらいの青だが、太陽光ではないらしい。

 そもそも、この『エデン』から届く範囲に太陽などなかったし、さらにいえば、地球と違って『エデン』の表面はドームのように包まれていたはずだ。

 というか、物凄く高いとはいえ天井が見えているのだから、一応はここは地下ということでいいのだろうか。いや、があるのかも分からないけど。

 まず太陽がないことを前提としているのなら、太陽光が降り注ぐような構造をしていないのは至極当然といえるのか。常に空には太陽があった頃を知っている地球出身者にとっては、違和感を覚えてしまう。

「ナモミお嬢様。空ばかり眺めていかがなされた」

 小さな女の子、ネフラちゃんが言葉通りに目の中をチカチカとさせながら下から覗き込んできた。仕草が可愛い。小動物か、この子は。実際には生まれてから、というのか製造されてから八億年くらい経っているロボットとのことだけど。

「いえ、ちょっとね。『ノア』では空を見上げることもあまりなかったものだから、なんかこう、広いなぁ、って思っただけ」

「そうでござったか。それはそれは大変窮屈な思いをされていたのでござるな」

「きゅ、窮屈だったってことはないけど、まあここまでは広くなかったかな」

 あまり狭い狭いと文句たれては失礼か。

 思い返せば、『ノア』ではを意識するような場所は限られていた。公園のような場所もあったし、青空が見える場所もあった。せいぜいそのくらいのもので、普段は普段、であるという認識が強かった。

 プニーの心遣いによって、あたしの部屋やよく訪ねる場所なんかには外の風景らしき映像の流れる窓などが手配されてたりはするんだけれど、それらはあくまで仮想的バーチャルなもの。生活環境の微妙な齟齬は未だ拭いきれない。

「それに、ここって賑やかだもんね。都会って感じがするし」

 『ノア』には生きて歩いている人類が四人だけだし。

「そうでもないでござる。これでも出歩いている者は少ない方でござるからな」

「そうなの?」

 見渡すとマシーナリーの方々が沢山いるように見える。ただ、その中にあたしたちの護衛さんがいっぱいいることを考慮すると、確かに記憶にある大都会と比べれば少ないようには思える。誰かを足をうっかり踏んでしまうほどの密集はない。

「都会かどうかでいえば勿論『エデン』は都会でござるが、賑やかさでいえば電脳モールの方が段違いでござる」

「で、電脳モール……」

 また分からない言葉が出てくる。

 ええい、何度も屈してたまるものか。勘で答えてみよう。

「ってことはつまり、サイバーな空間があって、そっちの方面にみんな行っちゃってるから現実世界、こっちの外にはいないってことなんだね」

「その通りでござる」

 勝ったぜ。

「んー、でも電脳世界的なものがあるなら逆にこっちの方って必要なのかな、って感じがしちゃうね」

 要はインターネット通販の物凄いグレードアップ版のようなものなのでは。

「確かに電脳世界を拠点とし、生活する者もいるでござる。中には我々のように身体ボディを持たない者もいるくらいで。最低限の暮らしなら不自由しないでござるからな」

「へぇー……凄い世界。そういうこともできるんだったら、今回あたしたちもわざわざ生身で『エデン』まで来なくてもよかった気も。なんかこう、頭のデータだけ送って」

 ここに来るまで実際のところ、かなりの時間を掛けている。宇宙船にも乗って、ワープもしてきて、その上で今こうやって動く歩道に乗りながら護衛に囲まれて移動しているわけだし。

「電送も万能ではござらんからな。常駐ではなく任意でならば逐一、頭脳ブレイン電子化コンバートや安全な防護壁プロテクトを用意するための権限も必要になるでござる。それに改竄の危険性を考えれば尚のこと」

 おおい、また分からない言葉が飛び交ってきたよー。

「で、でも、エメラちゃんとかたまに身体のパーツを『エデン』から転送してきて換装したりしてるよね。あんな感じで飛ばしてくるのとはまた違うの?」

「それはボクが権限を持っているというのもあるッス。でも基本的にこういう公共の場にはプロテクトが掛かっているッスからね。簡単な部品ならいざしらず、人間やマシーナリーなんて緊急時でもない限りホイホイと転送なんて使えないッス」

 以前に『エデン』を訪れた際、そういう場面に出くわしたような記憶はある。

 コークス・コーポであたしたち以外の客が全員外まで転送されたり、はたまた銃器やら弾丸やらが次々に転送されてきて、控えめに言っても酷い目にあった。

 アレは緊急時だったということなのか。いや、エントランスフロアのあの人が特別な権限を持っていて、特別に人間嫌いだったから起きた事件か。

「もしそれが個人的にできたら強盗し放題でござるな。特定のサーバーまで瞬間的に移動し、ハッキングして逃亡まで楽々にビューンでござる」

「それもそうか……。そういう線引きはあるよね、さすがに」

 とどのつまり、技術水準が上がるということはそれだけ犯罪のスケールもグーンと上がってしまうということか。技術的にのではなく、しているというのが正しいわけだ。

「ちなみに、今回の訪問でもいくつかの規約の壁があって、権限で免除しているところもあったりするッス。生身の訪問でこれッスから、電脳移動なんてとんでもないッスよ」

 そういって、エメラちゃんが目の前に変な模様のついたモニターらしきものを表示させる。よくよく見るとその模様は、恐ろしく小さい文字列だった。端から端までびっしりと埋め尽くされている。拡大して読むにしてもこれじゃ辞書並みだ。

 いくらか免除しておいてこの数、この量の決まりごとがあるのか。

 読む気が起きないけれど、一歩間違えたら本当にその場の一歩で銃殺刑ものじゃないの、これ。

「初めて『エデン』来たときとかプニーとかよくそれをスルーできたね……」

「正規の手続きを踏んだだけなので、それほど難しくはありませんでしたよ」

 プニーがケロっとして言ってみせる。しかし心なしか、このプニーのいつもの無表情はちょっとドヤ顔に見えた。

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