第十章 After

もうお嫁に行けない (前編)

 それをどう表現したものか。

 逆3Dプリンターとでも言えばいいのだろうか。

 パッと見、オーブンレンジのような機械の中に、キレイに盛り付けられたいかにも美味しそうな料理が置かれていた。これから加熱するのかと言えばそうではない。

 料理はできたてホヤホヤだ。

 では、一体何をするのか?

 端的に説明するなれば、ここは調理場という名の、データ入力部屋で、丁度今、あたしの作った料理のデータを今後の食事の献立に入れるべく、スキャニング処理をしていた。主に、そっちのあれこれはプニー任せだったわけだけど。

 そんなとき、ふと思った疑問があった。

 むしろ、どうして今まで考えたことがなかったことが疑問なくらい。

「ねえ、プニー。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「はい、なんでしょうか」

 そうこうしているうちに、スキャナ上部のモニター内にカツ丼やらカレーライスやらハンバーグやらが表示され、いつでも同じものが作れるようにレシピ登録される。これからは自ら調理をする必要がなく、ボタン一つで自動的に出てくるのだ。

 疑問というのは、概ね、これについてのことだ。

「料理の材料については、まあこないだ聞いたから分かった。要はどっかに工場的なのがあって、肉なり野菜なりを作って加工してるってことで」

 肉を生成する機構の衝撃は未だに忘れられない。

「今日作った料理もそこから加工された素材を持ってきた、っていうのも分かった。まあ、これまで何度か作らせてもらったわけだしね」

 もうどのくらいの料理をここで振る舞ったのかは覚えていない。

 あたしの記憶にある限りの料理を作ってはスキャンし、この『ノア』での食生活というものを充実させてきた。勿論あたしの趣味が色濃いところはあるけど。

「今までの料理もそうだし、これまでのもそう。食材とか好き勝手に出させてもらっちゃってたんだけど、これって費用というのか、お金、的なのって掛かってるのかなぁなんて」

 そもそも食事に限った話じゃない。

 あたしはこの時代の金銭を持っていない。無一文だ。

 にも関わらず、この『ノア』では衣食住、不自由なく過ごしてしまっている。

「お金……ですか?」

「金属的な、そのゴールドじゃなくて、マネーよマネー。ゼニゼニ。もしかしてそういう概念ってここにはないの?」

 あたしの時代の常識。大概のモノには価値があり、それを得るためにはその価値に見合うお金を支払う必要がある。しかしあたしは『ノア』でお金を払った記憶なんて一度もない。

 モノを作るにも、はたまた使うにも、何かしらの手間や過程というのがあるし、そこで価値が生まれるだろう。遠くからモノを車で運ぶだけでも運送料とかあるし、モノに手を加えるにしたって加工費とかそういうのが出てくる。

 ひょっとしたら、と思ったことはあった。

 今まで『ノア』では便利すぎる生活を送っていたから、手間や過程なんてないに等しいから、価値というものが、金銭による交換というものがないのでは。

 もしあるとするなれば、あたしはとんでもない借金を背負っている、あるいはプニーに負担させてしまっているということになる。

「勿論ありますよ」

「え? あるの!?」

 それじゃあ、あたしは今までずっと無銭飲食し続けていたということになるのか。

「そうですね。思えばナモミ様や他の住人には目に見える形で負担させてもらったことはありませんでしたね。概念としてはナモミ様のいた時代からございます」

「じゃ、じゃああたしもいつかお金払わなきゃならないの?」

「いえ、当分は問題ないかと思います。今は特例措置として無償提供の制度が働いています。我々人類は緊急の状態、いわば被災者という扱いですので」

「あ……、そうなのか」

 それを聞いたらホッと納得してしまった。いや、被災者という立場で安堵してしまうべきではないのだけど。というか絶滅危惧種なんだけど、あたしら。

「また、それとは別にベーシックインカムも導入されております」

「べ、ベーシックインカム……? って何?」

「ナモミ様のいた時代にもあったという記録がございますが」

 う、なんかあたしが世間知らずだったみたいだ。もう少し政治的なところに関する知識を蓄えておけばよかった。

「ええと、少なくとも『ノア』の住民に対してお金が支給されるということです。ネクロダストから蘇生された時点で、正規の手続きを持って住民登録が済まされておりますので例外なく、ナモミ様にも貯蓄されております」

「へぇ……いつの間にか預金されてたんだ……」

「あまり込み入った説明の場を設けませんでしたからね。確か定期ミーティングの際には簡単な説明と規約についての資料を配付したとは思いますが」

「ああ、あの住民どうこうの……」

 確かにかなり前に、そんなものを貰ったような覚えがある。下手な利用規約、例えば携帯電話とかのああいうヤツなんかよりも文章量が膨大すぎたから詳細まで読み切ってなかった。そうか、アレに書いてあったのか。

 常識的に考えてもみれば、目を通さなかったあたしが悪いわけだ。

「ああ、じゃあ、一応この時代にもあたしのお金っていうのはあるんだ。ちゃんと貯金もされて」

「そうです。折角なので通帳を確認なさいますか?」

「そうね。大体いくらぐらいお金持ってるかくらいは見ておこうかな」

 プニーが端末を操作する。目の前に立体的なモニターがフオンと表示されてくる。簡単なタブレットくらいのサイズだ。しゃっしゃとフリック操作していくと、おそらくは銀行と思わしきアプリのようなものが出てくる。

「こちらがナモミ様の預金になります」

 とは言うものの、数値についてはよく分からない。一応翻訳ソフトを入れているとはいえ、そもそもの通貨の単位すら分かっていないのだから。

 ただ分かることは、結構ケタが多いということくらいだろう。

「ちなみに、これって多いの? 物価もどのくらいか分からなくて……」

「基準を設けますと、丁度今し方ナモミ様に調理いただいた料理の価格が材料費込みでこのようになります」

 そういってプニーが参考となる価格を併記してくれた。

 預金残高と料理の値段ではケタが違う、というのは当たり前の話なのだが、それでも相当な額であることだけは理解できた。

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