第十四章

命短し恋せよ乙女

「あれ……、ここは?」

 リフトを降りると、そこは見覚えのない場所だった。

 おかしい。端末の操作は弄っていないはず。本来だったらここは居住区域へと続く通路になっているはずだ。

 だが、まるでここは工場か何処かの製造ラインのような場所だった。ゴウゴウと機械のけたたましい音が響き渡る。

 元々人が立ち寄って作業することを想定していないのか、妙に薄暗く、歩ける範囲を必要最低限のライトが点灯しているくらいのもので、かなり視界が悪い。

 今まで来たことはないけれど、どうやら工業区域のようだ。

 なんだってこんなところに来てしまったのだろう。

 どう見渡したってプニーの姿も見当たらない。もしかして、セキュリティを弄った何者かがリフトの移動先まで書き換えてしまったのだろうか。

 やられた。ゲートで足止め食らった辺りで気付くべきだったか。きっと向こうはこちらを監視している。これも時間稼ぎか。

 早くプニーを探してノアのセキュリティをどうにかしないといけないのに。

「ええと、そうだ、通信!」

 あたしは腕時計のように身につけていた端末に手を触れる。立体的なスクリーンが投影され、『ノア』の住民一覧が表示された。といっても数人足らずだけど。

 言ってしまえばこれは未来の高性能なスマホみたいなもの。この通信用アプリを使えば簡単に連絡が取れるはず。

 これでプニーの顔アイコンをタップすれば……と思えば、あろうことか、プニーだけがいない。ゼクも、お姉様も、エメラちゃんもちゃんと登録されているのに。

 用意周到すぎる。よりによってプニーを除外するなんて。

 一体誰が仕組んだことなのか分からないが、怒りで頭に血を上らせてる場合じゃない。あたしの指先は直ぐにゼクのアイコンをタップする。

「ゼク、ゼク、聞こえる?」

『ナモミか、どうした。プニカには会えたのか?』

 顔アイコンがそのままモニターに切り替わり、テレビ電話になる。

「ううん、なんかリフトが操作されてたみたいで、全然違うところに飛ばされちゃったの。プニーもいないし、連絡も取れないし」

『ああ、やっぱりそっちもか。俺たちの方も試したんだが、プニカだけ通じなかったんだ』

『なんや思うてたよりヤバいみたいや……、これは単純なセキュリティのエラーやない。誰かが意図的にやらかしたもんっぽいで』

 事の重大さのグレードが釣り上がる。やっぱり状況は思っていたよりも深刻だったみたいだ。

『ナモミさん、今何処にいるんスか?』

「ええと、多分、工業区域、だと思うんだけど……」

『ま、マズイッス! そこは無人領域エリアだからセキュリティシステムが一番強化されてるッス! 今すぐそこから離れ――』

 ブツリと通信が途絶える。何が起こったのかと察するよりも早く、もう一度かけ直そうとするも、通信アプリそのものが消去デリートされていた。やっぱり誰かに監視されていたみたいだ。ここまでやるのか。むしろここまでできるのか。

 やっぱりこの『ノア』にあたしたち以外の誰かがいるんだ。その確信が持てた。

 しかし、エメラちゃん、今なんて言った?

 ここは

 それはちょっとシャレにならないんじゃないの?

 引き返そう。そう思ってリフトの方に振り返ると、ご丁寧に扉がガッチリと閉まっていた。ボタンをタッチしても反応しない。ウソでしょ?

 逃げ場がない。しかも今は誰も守ってくれる人がいない。

 さっきまで、『エデン』にいたときはあんなにも沢山の護衛さんたちに囲まれて、安全な檻の中で悠々と過ごせていたのに一転、状況がひっくり返った。

 セキュリティをかいくぐって、ここから脱出しないといけない。

 今の時代のセキュリティのレベルがどんなものか。

 それはついさっきも体感したばかりだ。下手したらゲートであたしはシャッターに切断されるところだったのをもう忘れてしまうほど危機感がないわけがない。

 それに、あの『エデン』での記憶もまだ新しい。

 壁という壁から機関銃が突き出してきて、縦横無尽、全方位から射撃されたあのときの恐怖は未だ滲んでいない。

 途端に、足が竦む。

 ここで一歩でも動いてしまったら得体の知れない何か、防犯システムに迎撃されてしまうかもしれないという、極めて現実味を帯びた想像の恐怖が這い上ってくる。


 ウィィィン。

 暗がりの向こう、羽虫のような音。あるいは、マナーモード中のスマホか。ドキリとして、そちらの方に目を向けると、があった。

 正確に言うのであれば、あれはおそらく監視カメラのようなもの。ソレが宙に浮かんで辺りを見回していた。

 暗い通路の中を飛んでいく赤く小さな物体。アレが蛍とかだったならどんなに良かったことだろう。

「まずい……、こっち来ちゃってるっ」

 咄嗟に床にビタっと伏せる。多分全く意味がない、とその直後に気付くも、立ち上がるに立ち上がれず、そのまま匍匐前進で通路の端の方へと逃げようとする。


 ビィーーッ、ビィーーッ。

 案の定と言うべきかもしれない。そのは確実にあたしの姿を捕捉していた。アラート音のようなものを響かせて、次の瞬間にはパトランプのように赤い光をクルクルと回し、周囲を照らす。

 どう考えても全方位を見渡せているのだから下手に動いたら見つかるのは当然じゃないか。そもそもあたしの方から見えているんだから。

 一番ヤバい状況になってしまったのでは。

「んもうっ!」

 とてつもなく不格好なクラウチングスタートを切る。

 そして当然のように赤いクルクルの目は追尾してくる。


 ビィーーッ、ビィーーッ、ビィーーッ。

 気が気でない。

 耳鳴りがするほどの大音量でアラート音を延々と響かせる。

 薄暗かった周囲が赤いランプに照らされて若干先が見えるようになったのは好都合と言えなくもないのかもしれないが、何処に行けばいいのかも分からない。

 ここは来たこともない工業区域。

 圧倒的に地の利がない。

 いつも過ごしている『ノア』だというのに自分の居場所すら把握できていない。

「ぅあっ!?」

 焦りすぎて床にけっつまずく。痛い。顔面からいった。

 そして振り向くとが、あっさり追いつく。

 狙いをすますかのように、情けなく床にペタンとなっているあたしを見下ろし、そして定まったのか、から赤いビームが放たれてくる――。

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