第十三章

潜伏者

「ふぅ、ごちそうさま」

 名前のよく分からない料理をたいらげて一言。

 フランス料理とも、イタリア料理とも思えない、芸術センスの妙に高い、炒め料理のようなものだった。

 機械都市というからには燃料オイル的なものがポンと出てくるものかと構えていたけれど、そんなわけはなく、出てくる料理はまともに食べられるもので安心した。

 普段『ノア』で食べているものは栄養価を重視した食感の異なるサプリメントみたいなものばかりで、それなりに美味しくはあったけれど目新しさはなかった。

 たまに、プニーにわがまま言って、あたしの時代の料理のレシピを伝えてそれっぽいものを作ってもらっちゃったりしているくらい。

 その点でいうと、この『エデン』での食事はといえば、これほどの満足感はない。

 ゼクとあたしに加え、護衛数人ぞろぞろな上に遠くからも監視された中、デートなんていうにはちょっとロマンに欠けていたことは確かだろう。

 それでも、ゼクと二人で歩く『エデン』の街は何もかもが新鮮で、『ノア』にいたときよりも何だか心が風船のように浮き上がって降りられない、そんな気分だった。

 それは暗に、プニーやお姉様、はたまたエメラちゃんなど他のいつものメンツがいないから、この抜け駆け感に浮わついているだけなのかもしれない。

 あたしもなかなかに単純なもんだ。

「んー……」

 ふと、さっきフローラさんにマスクを改良して作ってもらったゴーグルを色々と弄ってみて分かったことがある。

 これを通してものを見てみると簡単な情報解析ができるっぽい。

 この機能自体は改良する前からついていたものだが、それがかなりのグレードアップしている。

 例えば。

「ん? どうした、顔に何かついてるか?」

「んふふ、別に。ちょっとね」

 Z-o-E-a-K-k-Rズィオエアケケラ

 ゴーグル内にゼクのコードが表示されてきた。

 なるほどね、マシーナリーにとってはコードなんて見れば分かる程度のものだったのか。これはもう、名札を首からぶら下げて歩いているようなものだ。

 仮に、今この目の前にゼクと全く同じ顔をした別人が現れたとしても、今のあたしには一目で分かるということだ。

 逆に、ゼクが元の顔が分からないくらいに整形したって同じこと。コードの役割というものが今更分かったような気がする。

 多分プニーもこのコード読み取り用の端末を常備していたに違いない。何せ、自分と同じ顔のクローンたちに囲まれて何百年も生活してたらしいし。

 でもまあ、今は別に必須でもないから付けてないのかな?

 初対面のときにコードを確認してたくらいだ。常に見えている状態ではなかったのかもしれない。

 あと、このコード以外にも心拍数やら感情の状態も割と普通に見えちゃってる。

 確かあれだっけ。嬉しいときはエンドルフィンだか、興奮してるときはアドレナリンだか、人間って脳内でドバドバ出してるもんなのよね。

 そういう数値を測って算出すればその人の考えてることが何となく分かる。これはそういうアプリなのだろう。採血とかしたわけでもないのに測定できるなんてとんでもない技術もあったもんだ。

 で、ゴーグル越しに見えるゼクはというと、嬉しいという感情がやや漏れて、警戒に近い意味で緊張しているというデータが見えている。

 これってあれか。とどのつまり解析すると、このデートを楽しんでいるという半面、この『エデン』で何か危険が迫っていないか気を張っているということか。筒抜けすぎて丸分かりすぎるんじゃないの?

 なんか、ズルいというか、むしろいっそこんなのを覗き見しているあたしがキモい感じさえしてきた。

 使いすぎないよう自重しておこう。できれば。

 こんなものを眺めていたら人としてダメになっちゃいそう。

「なんだ、ナモミ。さっきからニヤニヤして」

 ほらもうダメになりかけてる。

「なんだかこうしてるのが嬉しくなっちゃって」

 物凄いおかしな顔しちゃってるんだろうなぁ。頬がゆるんでしまらない。

「そ、そうか。嬉しいなら何よりだ」

「ナモミお嬢様がご機嫌でいられてソレガシも嬉しいです」

「ゴルルさんたちのおかげでもあるんだよ。護衛してもらえてるからこそ、こうやって安心していられるんだから」

「ソレガシ、感涙です。今後ともこのおとこ、ゴルル、この身に代えてもお嬢様とアニキの命を守るです」

 ゴルルさんが自分の胸をバッコンと叩き、金属製の音を立てる。なんて頼もしいボディガードさんなのだろう。

「ありがと」

 本当だったら『エデン』は機械の都市で、人間は異端者。中には尋常じゃないくらいに人間嫌いなマシーナリーもいて、下手したら息をつく間もなく、襲撃されることもある。いや、むしろされたこともあるわけで。

 そんな中で、こうやってしていられるのも、ゼクたちのおかげでもあり、護衛のみんなのおかげでもある。あたしは感謝しなければならない。

 大体、不思議なもんだ。人類と機械は国交断絶レベルで不仲な存在だって聞かされていたのに、それはほんの一部だけの話だ。

 エメラちゃんにしても護衛のみんなにしても、そんな様子はなかった。

 こんなかわいい服を着込んじゃって、ゼクとデートまでしちゃって、贅沢にもほどがあるというもの。浮かれっぱなしもいいところだ。

 人類は今、滅亡の危機にあるというのに。

「さて、大分時間を使ってしまったな。そろそろ合流の時間だったと思うが」

「エメラ姐さんもやっと交渉まで済ませたようですな。位置情報を送ったところ、たった今こちらに向かってるそうです。なぁに、すぐ飛んでくるですな」

 どうやら楽しい楽しい護衛つきデートタイムもこれで終わりのようだ。

 名残惜しくはあるけれど、贅沢のオーバーラインはとっくに超えているのだ。文句の一つだって出しようがない。

「ああ、確かに取引が全て完了しているな」

 ゼクがタブレットを確認する。あますことなく、『エデン』での買い物が終わったらしい。それはつまり、ここでの用事も全て完了したということだ。

「プニーやお姉様の方も用事終わったのかな」

「ジェダ姐さん、ネフラ姐さんからも連絡は承ってるです。皆さんをお連れしてゲートまで向かっているとのことですな」

「それならこっちもエメラと合流したら早いところゲートに戻らないとな」

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